1-7
ニコラスによる模擬戦はその後も順調に進行し、最後にあの女戦士が進み出た。
場がどよめき、指笛を吹く者もあった。
ニコラスはそれまで無造作に新参の相手をしていたが、マイクロフトに顔を向けた。
マイクロフトは頷いて見せたが、ニコラスは動かない。
「ハーディングさん」
と女戦士が呼びかけた。
女だと分かっていても、この場で女の声を聞くと、改めて不調和を感じた。
言葉遣いを聞くに、貴族の令嬢らしい。
貴族の令嬢がなぜこんなところで傭兵の真似事をしているのだろう、と私は疑問に思った。
ニコラスは振り返ったが、相手にするのが嫌で仕方ないといった様子で肩をすくめた。
「どうか、わたくしのことは他の男性方と同様に扱っていただけませんか」
彼女の名がメアリー・アドラーということを私が知ったのはもう少し後のことだった。
このときの彼女は、後の彼女からは考えられないくらい上品な話し方をしていた。
発音と言い回しには妙に古風なところがあった。
ニコラスはメアリーをじっと見てから、ため息をつき、唸るように言った。
「俺は女を相手にするのは嫌いなんだ」
このとき、ニコラスは別に騎士道云々ではなく、単に女の体力をなめているからそんなことを言うのだろう、と私は思った。
後になって知ったが、実際、ニコラスはごく限られた例外を除いて、女性一般を肉体的にも精神的にも弱い存在として軽蔑していた。
ただ、ニコラスは女子供や老人を痛めつけることに強い抵抗感を持っていて、部下であろうと上官であろうと、虐殺や強姦をする者に強い嫌悪感を抱いていた。
「そうおっしゃらないでください。剣の腕には自信があります。わたくしの剣のことは小隊長も認めてくださいました」
そう言いながら、メアリーは挑発的に教練用の剣を手でもてあそんだ。
ニコラスは再び大きくため息をつき、何か呟いてから、彼女に向き直った。
確信はないが、私にはその呟きが「リジーじゃあるめぇし」と聞こえた。
試合開始の合図から間髪入れずに、メアリーがニコラスに斬り込みをかけた。
それを受け流すニコラスは相変わらず仏頂面だが、メアリーの剣は弾き跳ぶどころか、怒涛のようにニコラスを襲った。
これは意外と期待できるかもしれない。
どうにかしてあの澄まし顔に一泡吹かせてやってほしいものだ。
メアリーは剣術の心得があるらしく、剣の動きが鋭く、変幻自在で、さしものニコラスもカウンターで剣を弾くには手首の捻りが追いつかないように見えた。
マイクロフトを始めとして、見物の古参隊士たちも彼女の剣裁きに感心している様子だった。
メアリーはしばらく畳みかけてから、距離をとり、息を整えた。
ニコラスは例によって追いかけもせず、構えもとらないで、剣を持った右手をだらりと下げている。
無関心に見えて、意外と頑固なところがあるのかもしれない。
私を含む新参の隊士たちは、勇ましい女戦士に声援を送った。
メアリーは落ち着いたもので、鷹のような目でニコラスを見据えていた。
彼女は口元で少し笑っていた。
「構うことはないぞ、ニコラス」
とマイクロフトが呼び掛けた。
「さっきも言ったが、本人の意志で入隊する以上、遠慮は要らない」
ニコラスが首をゴリッと鳴らした。
剣を持ち直してから、肩まで持ち上げて、飛び出した。
メアリーはニコラスの一撃目をかわして斬り返して見せたが、それよりも早くニコラスの右足が彼女の足を薙ぎ払っており、呆気なく倒されてしまった。
彼女は負け惜しみも何も言わなかったが、立ち上がろうと手をついたとき、口惜しさと憎悪に燃える眼でニコラスを見上げた。