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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

改竄

作者: 須原綺奈子

 珍しく快晴の日だというのに、気分は正直だ。長い年月をかけても、立ち直れる気がしない。顔を見ることもこれが最後だと言うのに、棺桶の前で俯き、彼女を見れないでいる。普通、大学に入りすぐに出来た彼女を、2年半で失うとは思わないだろう。しかも、どこの誰だか分からない人に刺されるのが原因で。これからの生活はどうなるのだろう。彼女がいなくなった寂しさをどこにぶつければいいのだろう。そう考えながら葬儀場を出て、外にある喫煙所に向かった。胸ポケットに入れていたタバコを手に取り、無気力で力の入らない指でライターをつける。俯いたままタバコを吸う視界の横から、灰を落とす手が伸びてきた。

「お前、絶対1人で生きていけないだろ」

 少し馬鹿にしたような言い方で言葉をかけられる。でも首の力を入れて顔を上げることすら出来ない。声で高校時代からの親友だと分かり、一応目線だけでも彼の方に向ける。

「やっぱそんな目になるわな。俺はいつでもお前の話し相手になってやるから、落ち着いたら連絡してこい」

 簡単な返事をする気力もない。今は誰の声も聞きたくないのにこうやって話しかけてくる。それが彼なりの優しさなんだろうと思いながらも、鬱陶しさを感じた。それくらい今は誰とも話したくない。タバコを普段より早めに吸って、原付を置いた駐車場に早足で向かう。

 人通りの少ない場所にある質素なマンションに帰り、一直線にベッドに飛び込む。今は何も考えたくない。そうやって現実逃避をして枕に顔を押し付ける。目を覚ますと外は暗くなり夜になっていた。スマホのロック画面には親友からのメッセージが入っている。またかとは思いながらも既読を付ける。

「落ち着いたらいつものとこ来い」

 彼が言ういつものとこは、高校時代に2人で見つけた夜空が綺麗に見える場所だ。2人の間で何かあった時はそこに行くようにしていた。相変わらず虫の居所は悪いが少し寝たからか、気が楽になったような気はする。めんどくさいとは思いながらも重い足を引きずりながら、そこに向かうため家を出る。

 少し街から離れた場所で、人も来ない。不規則にそびえ立つ木をかわしながら奥へと進み、広い丘に出る。遠目からでも親友が寝転がっているのが見える。ここに来るまで結構歩いたはずだけど、それでも足は気分と同じく重い。この足の重さはいくら親友でもどうにもできないくせに。相変わらず人の良心を踏みにじるような考えは健在らしい。そんな考えを持ちながら彼の横に近寄り腰を下ろす。そのまま俯き、芝生を見つめる。

「・・・おせぇよ」

「すまん」

 特に会話が弾む訳では無いけど、葬式の時とは違ったように感じた。顔を上げ、静かに芝生に仰向けになって横たわる。

「ここ久しぶりだよな。前いつ来たっけ」

 むりやり話をしようとしてるのが丸見えだ。別に今は嫌ではないけど。

「去年かな」

 何時間ぶりに声を発しただろうか。この一言で会話がしやすくなった気がした。

「よしじゃー、お前彼女いなくなったから次は俺と付き合うか?」

「ぶち殺すぞ」

 流石に即答する。でもそんな冗談を笑えるくらいには回復しているらしい。彼のおかげという事を認めざるを得ない。彼女の事とか少し話をすると疲れて、自然と2人で星空を眺めていた。しばらく夜空を見上げていると涙が零れてくる。親友はそんな俺の隣で、何も言わずにただ一緒にいてくれている。やっぱり高校からの付き合いともなると、言葉を交わさずとも色々分かり合えるらしい。

 そうやって彼と夜空を眺めだいぶ時間が経つ。横を見ると、気持ちよさそうに寝ている姿が目に入る。寝ている彼を人の来ない木々に囲まれた丘に、一人残して帰っていいものだろうか。一応彼を揺さぶって起こそうとはしてみるけど、なかなか起きない。こんな彼を無理に起こすのも気が引けたから、仕方なく1人で帰ることにした。街に近づいて来ると同時に、朝日が姿を現してきている。マンションに向かう途中でも、やはり1人になると寂しさがこみ上げてくる。あそこにもう少しいて、あいつと話しておけば良かったな。話した内容は大して覚えていないくせに、後悔することだけは一人前だ。大学に行けばまたあいつと会って話せる。今はあいつに頼るしかない。そう思えば足取りは軽くなっていた。家に帰り大学に行く準備をして家を出る。

 大学につき講義室に入ると、一番後ろの席に座り親友を待つ。でも、いつもなら講義が始まる5分前には来る彼は講義が終わっても来ない。あいつも昨日の疲れが取れてないのか。自分でも納得の行かない予想をして、食堂で彼が現れるのを待つ事にする。あいつ、どうしよう。ん、どうしよう?なぜ今どうしようというセリフが頭に浮かんだのか自分でも分からない。やっぱり疲れてるからか。今はどんな非日常的なことが起きても、「疲れているから」で片付けられる気がする。無心でただひたすらに箸と顎を動かし、少しずつ昼食を減らしていく。いつもなら美味しく感じる食堂のご飯も、彼女がいないだけで味のないゴミを食べているようだ。結局食堂にも彼は現れず、今日1日は久しぶりに1人で過ごすことになった。

 今日の大学が終わり、乗ってきた原付に向かう。気分が落ち込んだままではあるくせに、咄嗟にまたあの場所に行きたいと思えた。帰る途中にバイクを近くに置いて向かおうかな。思い返してみると、1人であの場所に行くのは初めてだった。細道に入ったところでバイクを路肩に停め、木々の奥深くへと進んでいく。今日も快晴で、星空は綺麗に見えそうだ。そんな微かな楽しみを抱えあの丘に向かう。少し早足になりながら、木々の間を抜け丘へと視線を向ける。

「はっ?なんでいんの」

 遠目からではあったけど確実に彼だと分かった。恐怖心を覚えながらも恐る恐る近づいて行く。彼との距離が近づいてくるにつれて、気づいた事がいくつかある。1つ目は最後に見た彼の体制と今の体制が変わっていないこと。2つ目は位置も昨日と変わっていないこと。そして最後に、彼の表情を伺えるほどの距離になって分かった。彼が死んでいること。それは横に座り脈を測ってみて確信に変わる。この短時間で一気に絶望へと突き落とされる。たった2日で自分にとって大切な人が2人いなくなったんだ。もう自分もそっちに行ってやろうかとさえ思うようになる。ただの蝋人形のように彼を見つめ時が過ぎていく。ふと彼の首に視線を移しよく見ると、首を絞められたような後が残っている。ロープではなく手のあとが痣になってはっきりと見える。それに気づき、痣に重ねるように彼の首に自分の手を持っていく。

「なんで・・・違う俺じゃない・・・」

 首の痣と自分の手の大きさや形が同じことを、受け入れることができない。自分の記憶には彼を殺した事なんてもちろんない。はず。


「よしじゃー、お前彼女いなくなったから次は俺と付き合うか?」

「ぶち殺すぞ」

「冗談に決まってんだろ。・・・お前犯人見つけたらどうしたい?」

「どうって、そりゃ殺したい。どんな理由であろうと、俺の手で」

「そっか」

 しばらくの沈黙が流れた後、彼は口を開く。

「俺が殺したんだ」

「面白くないぞその冗談は」

「冗談じゃない。ほんとだ」

 即答され、やけに信ぴょう性もあった。もちろん信じたくはない。

「頼む冗談だと言ってくれ」

 少し間を開けて彼は答える。

「ごめん・・・」

 彼に跨り、首に手をやるのには時間はかからなかった。首を押さえた手に全体重を乗せるイメージで、彼が1ミリたりとも動かなくなるまで押さえ続ける。理由なんかを聞いている心の余裕はない。彼の息の根を止めることに一心不乱になっていた。しばらく押さえ続けると、酸素を欲しがる口が更に開く。瞼も半開きになり、完全に動かなくなっている。その状態になっていることに気づいたのは、彼が死んでから少し経った後だろう。そっと首から手を離し、彼の上から体をどかす。彼の言動を振り返ってみると気づいた。彼は慰めるために話しかけてきたんじゃない。俺の不幸を見て楽しんでいたんだ。それは今回に限らずだった。俺の身に何か不幸があると、友達を装って近寄り建前では慰め、本音ではその俺の姿を見て楽しんでいた。もっとその事に早く気づけばこうならなかったんだ。もっと早くこいつを殺しておけば。



「こいつ、どうしよう」

 幸いにも1日放ったらかして証明できた。ここにはやっぱり人は来ない。ならばこのまま放っておいてもいいかもしれない。かと言ってもし見つかればまずい。しばらくこいつの処理について考える。そういえばここをもっと先に行くと、崖があったな。それを思い出し彼の腕を掴み、引きずりながら崖に向かう。満天の星空の下から潮の音が響く。こいつを放り投げたら、ついでに俺も彼女に会いに行こうか。どうせ1人になったんだからそれもありだと思った。1つ大きなため息をつき、掴んでいた腕を力一杯崖の方に放り投げ、海に叩きつけられる音をしっかりと耳に入れる。ひと仕事終え崖に座り、足をぶらつかせながら、しばらく夜空と波音を堪能する。

今度は俺があいつを嘲笑う番だ。

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