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■3人称
タリウス教の聖地、カルボにある中央教会。その一室で、2人の男が向かい合って座っている。
タリウス教のトップ、教皇ガストーネ。そして、教皇に次ぐ地位にいる、大司教エラルドだ。
「神の封印地が見つかっただと?」
「あぁ、ギョンダーの南にある漁村で見つかった。地元の漁師の船が難破し、海を彷徨っている時、海底にある建造物を見つけたという。調査したところ、そこが封印地のひとつであることが分かった。」
教皇の位のほうが立場は上であるにも関わらず、交わされる会話は身分の差を感じさせない。まるで親友のような気安さがあった。
エラルドからその話を聞いたガストーネは、白いローブの肩を僅かに上下させ、渋い顔を浮かべた。
「……厄介だな。海の底とあっては、以前のように森を切り開き、魔素を散らして守護竜を弱体化させるというわけにはいくまい。……ふむ、どうするかな?」
思案するガストーネに、横合いから声がかかる。
「それならば、私が行こう。」
何もない空間から滲み出るように、1人の男が現れた。男は白を基調とした全身鎧を身に着けている。冷たく艶やかな鎧は細部に金の装飾が施されており、落ち着いた中にも優美さを併せ持った意匠をしていて、纏う者の地位が高いことを窺わせる。
「おぉ、グスタフ卿! 魔人の中でも最強と謳われたそなたが赴いてくれるのであれば、間違いないな。」
グスタフと呼ばれた鎧の男は、思案する顔を浮かべた。
「……ふむ、ギョンダーも近いことだ。ついでにアイルーン家の小娘も狩ってくるとしよう。」
「何と……そうしてもらえると助かる。卿の手を煩わせるには及ばぬ仕事だが、済まぬな。」
タリウス教トップである教皇ガストーネは、本来であればここまで相手に敬意を払うことは無い。それだけグスタフという人物は特別なのだ。
「何、気になさるな。では行って参ります、教皇ガストーネ様。」
「あぁ、頼んだぞ。神殿騎士団長グスタフよ。」
グスタフは現れた時と同じように、空間へ溶け込むようにその場から姿を消した。
「さて、残す封印は2つだが、グスタフ卿が出てくれるならば、海底の神殿の封印は解けたも同然だ。あとは禁断地の封印のみか……鍵の捜索を急がせねばな。」
教皇ガストーネの呟きに、大司教エラルドは答える。
「あぁ……そうだな。公爵は既にこちらの手に落ちている。しかし、奴は鍵について何も知らないようだ。前王妃と繋がりのあった公爵夫人は行方をくらませた。呪いをかけ、行動を起こすのを待っていたが、未だに姿を現さない。おそらく、もう死んでいるだろう。息子が何か受け継いでいるやもしれぬと泳がせてはいるが、公爵が知らなかったのだ。そちらも望み薄だろうな。……息子のほうは今、ギョンダーにいるようだ。そろそろ始末をつけるとしよう。」
「やはり、王家の者を調べるしかないか。」
エラルドは青いローブを纏う身を僅かに乗り出すようにして、にやりと笑った。
「エセキエル王家の皇太子が近々成人を迎える。そこへ表敬訪問するというのはどうだ? さすがに王家も公爵家の異変には気付いているだろう。公爵家に意識が向いている間は、こちらの動きを敏感に察することはできまい。」
「残す封印がひとつになれば、多少派手に動けるだろう。……うむ、それで行くか。」
「あぁ。最悪は全戦力を以てエセキエル王国を潰せばよい。我らが神さえ復活されれば、全てが些事となろう。」
「この世界に真の安寧がもたらされる時は近いな。」
「「世界に、我らが神の祝福を。」」
■シンク視点
ギョンダーへ向け、旅は順調に進んでいる。
俺たちがいたエセキエル王国と商業ギルド自治領の国境間には山脈が横たわっている。山越えか……とうんざりしたのだが、何とこの山脈には人工のトンネルが存在していた。
トンネルを作った人物はかなりの有名人らしく、元々は土術に長けた冒険者であったらしい。
その冒険者は功績により、貴族に取り立てられたそうで、その後もあちらこちらで道や橋、トンネルを整備し、街道侯の異名を持ったそうな。その貴族は代々、特定の領地を持たない。街道こそが彼らの領地であり、彼らが手掛けた道や橋、トンネルには通行料が課せられ、そこから道の施工を依頼した領主、国、街道侯へと税が納められるらしい。
トンネルの通行料はそういう理由からそれなりに高額だったが、安全に山脈を越えられるとあっては寧ろ格安だろう。
トンネルの道幅はかなり広く、馬車も余裕を持ってすれ違えるほどだ。空気や魔素が澱まないようよう、魔道具で風を流しているらしい。
季節でいえば今は秋も深まり、紅葉が見頃を迎えている。山脈の山頂付近はうっすらと雪化粧されているくらいだから、山越えを選んだ場合はもしかすると春まで通行止めになっていたかもしれないな。……魔道具やステータスで強引に突破できるかもしれないけど。
トンネルを超えると、大きな関所があった。巨大な石作りの門が二重になっている。関所の王国側で出国手続きをし、手前の門を通り、次の門で入国手続きを行って、ついに商業ギルドが自治を行う領域へと足を踏み入れた。
とはいえ、ギョンダーまではまだ少し距離があるようだ。関所を超えた辺りの山間は宿場町になっていて、温泉も有名だという。旅の疲れを癒すため、この日はちょっと奮発していい温泉宿に泊まることにした。温泉……そう、温泉といえば、サービス回! 様々なラッキースケベ的なイベントが起こる筈!
……なのだが、普通に一泊しただけで、これといって何も発生しなかった。「入口は男女別々なのに実は中に入ったら混浴でしたー!」的な読者サービスは存在しなかったよ。眼鏡を外して男湯に浸かるルイスを見て、他の客が一瞬ぎょっとしては「何だ男か……。」と呟いていたくらいだ。
完全に山を越えると広大な平野になっている。見渡す限り続いており、地平線が見えたくらいだ。
平野には山間から流れた小川の集まった、大きな川が流れている。しっかりとした治水工事がされているようで、頑丈そうな土手が築かれていた。氾濫の心配はほとんど無いという。川はギョンダー近郊を通るようで、旅客船による定期便の運行もあるようだ。しかし、ルイスが致命的なまでに船酔いすることが判明し、陸路で移動することになった。
ギョンダーへ向かう道中、上質な赤土が取れるとかで、レンガ作りの盛んな町があった。作られたレンガは船で川を下り、ギョンダーまで運ばれるらしい。付近一帯は野菜類、特にネギの産地としてもかなり有名らしく、美味しくいただいた。焼きネギうまいよ、焼きネギ。
さて、ここまで来ると旅の目的地であるギョンダーは目と鼻の先らしい。
トンネルを抜けてから1週間程で、ついにギョンダーの外壁が見えてきた。思えばモイミールを発ち、ずいぶん時間がかかったような気がする。あちらこちらで寄り道しては、盗賊やら悪徳商人やらモンスターを狩りまくったからな。この旅の間にフィー達の名声はずいぶん上がった。
ギョンダーへ近づくにつれ、都市外壁から離れた場所にもうひとつ、壁に囲まれた場所が見えてきた。そちらの方は尖塔が立ち並んでおり、壁には六芒星が淡く光っている。
「あれは何かしら?」
フィーが呟くと、近くにいた冒険者風の若い男が教えてくれた。
「君達、ギョンダーは初めてかい? あれがダンジョンさ。あの壁でダンジョンの拡張を抑制しているらしいよ。」
ほうほう、ダンジョンを管理できる技術があると聞いていたが、魔術的なものだったんだな。もっと単純に、ダンジョン内に入ってモンスターを間引いていたり、周囲の魔素を散らしているのかと思っていたよ。
「ギョンダーが初めてなら――」
「それは一体どんな理屈なのですか!? 何系統の術なのですかね? 封印……となると闇術でしょうか?」
「え? それは、うーん、えっとだな……。」
男は続けてフィーに話しかけようとしたのだが、ノーネットが目をキラキラさせながら口を挟んできたため、遮られてしまった。答えられず、すごすごと男の仲間と思しき一団へ戻っていく。男は仲間に冷やかされているようだ。
……そうか。いくら自由騎士とはいえ、フィー達は地元の有名貴族。名前も顔も売れていたから、ナンパをしてくるような無謀な奴は今までいなかったのだが、ここは他国だ。今後はああいう手合いも増えていくかもしれない。
長身でスタイルの良いカッツェ。金髪碧眼で目を惹く美少女のフィー。そしてロリコンにはドストライクであろうノーネット。この3人をナンパ男やロリコンから――
「シンク、何か失礼なことを考えていませんでしたか?」
……エスパーなのかな?
さて、街へ入るための列に並ぶ。改めて周囲を見渡してみると、広範囲に畑が広がっている。既に収穫は終わった後のようで、薄曇りの空の下、寒々しい姿を晒していた。
審査を受け、門をくぐりギョンダーの街へ入ると、目に飛び込んできたのは赤いレンガ造りの建物の群れだ。落ち着いた赤い色の建物は外の寒々しい景色と対照的で、とても温かみを感じた。古ぼけてはいるが、独特の味わいがある街並みだ。
「着いたねぇ~。ここにお母さんとお父さんの情報が……。」
「そうだな。俺もベンノさんの情報を集めないとな。」
「じゃ、とりあえず情報を集めるために、冒険者ギルドへ行きましょう!」
ルイスと俺の呟きに、フィーは元気な声で答えた。フィーたちは相当ダンジョンへ来たがっていたからな。待ち切れない、といった感情が動作の端々から読み取れる。
俺とルイスの人捜しは時間がかかるから、まずは生活基盤を整備しないとな。そのための情報収集という意味でも、最初に冒険者ギルドに顔を出しておくのが良いだろう。
冒険者ギルドは街の中心地の、広場に面した場所にあった。大きな建物が2つ並んでいる。片方は商業ギルドの建物で、荷馬車がひっきりなしに出入りし、商人たちの喧騒がここまで聞こえてきている。冒険者ギルドの建物のほうは、冒険者と思しき人々が頻繁に出入りしている。戦士風の鎧姿や、魔導士風のローブ姿、レンジャーのような身軽な恰好の者……顔つきを見ても、俺達と同年代の若者から、熟練者を思わせる渋いおっさんまで、様々だ。
それらを物珍しそうに眺めながら歩いていると、声をかけられた。
「兄ちゃん! ギョンダーは初めてかい? 良かったら案内させてくれよ。」
声がした方を向くと、12歳くらいの少年がいた。右腕の肘から先が無い。少年の後ろには6歳くらいの少女がいた。2人ともやせ細っており、薄汚れた身なりをしている。俺は一瞬憐れむような表情を浮かべてしまったが、それを慌てて消し、少年に向き合う。少年は俺の表情を見ていた筈だが、不快感を表すことなく、むしろ積極的に売り込んできた。
「この街の裏道は入り組んでいるから、初めてだと分かり難いんだよ。清潔な宿屋や美味しいって評判の店、良心的な価格の日用品店なんかも案内できるぜ。……あと、治安が悪いから近寄っちゃいけない場所とかもな。」
「……あ~、それは幾らだ?」
俺の質問に少年が提示したのは、普通の店で食べるランチ2食分ほどの金額だ。安いのか高いのかよく分からんな。そう考えていたのが顔に出たのか、半額でいいよと少年は言ってきた。
「じゃぁ、案内をお願いしようかしら? 料金は最初の提示額でいいわよ。」
俺が答えるより先に、フィーが少年に話しかけた。確かに不慣れな土地では案内があったほうがいい。治安の悪い場所へうっかり入ってしまったら、トラブルになるだろうしな。
「そうこなくっちゃ! 俺はラキ。こっちは妹のリズ。」
「私達、ちょっと冒険者ギルドに用事があるの。案内はその後になってしまうけど、良いかしら?」
「分かった。ここらで待ってるよ。」
フィーの言葉に素直に頷くラキを残し、冒険者ギルドの入り口へ向かう。
「……シンク。あの子の腕、治すの?」
フィーが小声で俺に聞いてきた。う~ん……。
「今すぐ生き死にに関係する状態ではなさそうだから、少し様子見かな。治すのは別に構わないんだけど、それによる影響度を先に調べたい。」
「影響度? シンクの能力がばれて、権力者が寄ってくることについて?」
「そっちもあるけど、それよりも、あの子達の生活状況かな?」
「どういうこと?」
「フィーはあの子達に案内を頼んだけど、それって隻腕を憐れむ感情も少しあったんじゃない?」
「……無いとは言えないわね。」
「つまり、そういうことだよ。隻腕の方が、憐れみを買える。となると、そのほうが稼ぎがいい筈だ。腕を治して他に働き口があるのならいいけど、無いなら生活を困窮させてしまうかもしれないだろ?」
「う~ん……。」
フィーは納得がいっていないようだな。話は分かるが、実際そこまで収入に差が出るものなのか判断がつかないのだろう。かく言う俺も、確固たる自信を持って言っているわけじゃない。しかし、治した後になって「余計な事をしてくれた」となっても遅いからね。ダメだったからやっぱり切り落とすか、ってわけにはいかないしな。
日本では障害者には、障害者年金という形で金銭が支払われる。
それに、障害者雇用枠で雇っていた人間がいきなり健常者になっても、会社も困ることだろう。税金の優遇措置もあるからな。
治すことによって、それだけで誰もかれもが人生バラ色になるかといえば、絶対にそうとは言い切れない、ということだ。時間はあるのだから、しっかり調べてから行動しても遅くはないだろう。まずは本人が希望するかどうかだな。
「あの子達に案内を……ダンジョンを管理している方法について、案内してもらえないでしょうかねぇ……。」
ランチ2食分の価格で最重要機密っぽいものの案内頼む、流石にそれは無理だと思うよ、ノーネット。
お読みくださりありがとうございます。




