表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/124

3-20

 ■マリユス視点


 転移罠だと!? 解除コードは確かに照合されていたのに、何故だ? 施設の暴走か? 


「転移!? 凄い! エルフは転移の魔道具を作れたのですね!」


 ノーネット女史が目を輝かせて喜んでいる。確か、エルフの技術に興味があると言っておられたな。知的好奇心が旺盛なのは良いことだ。しかし、転移した事実に喜び過ぎて、周囲の状況が見えていないようだ。


「どこかに魔道具の本体はありませんかねぇ~。」


 しゃがみこんであちらこちらを観察し始めてしまった。これは早々に現状を共有し、共に問題解決に当たるべきだろう。


「ノーネット女史。恐らくだが、これは罠だ。我々だけ、皆とは別の場所に飛ばされたようだ。」


 私がそう話しかけると、彼女は大層驚いた顔をした。


「うへ!? ……マリユスが喋った。」


「いや、そこではない。ノーネット女史。」


 確かに普段、私はシンクと手話をすることが多く、発声を伴う会話は殆どしていない。移動中はモンスターの襲撃を警戒しているし、街中ではチンピラ等に対応する必要性から、例の指輪は基本的に自室に入った時しか嵌めていないためだ。それでも、初めて声を聞かせたわけではないと思うのだが。

 私は周囲を手で指し示す。


「あ~、本当ですね。フィーリア達がいませんね。……ということは……。」


「うむ。おそらく……。」


 我々の憶測は一致したようだ。その時、部屋中央が光り始めた。転送術式か……何が送り込まれてくるのやら――む! これは、エンシャイルドバフ!? 何故このような物が?


『ピーガガガ……、録音サレタ音声ヲ再生シマス。』


 その後語られた内容で、我々が転移された経緯とエンシャイルドバフが配備されている理由は分かった。ここの管理者は”エスタバン”の管理者と同一だったのか……成る程、『PASSWORD』への恨みも頷ける。あれはエルフの間でも、失敗談として非常に有名だ。

 さて、のんびりもしていられない。この後、エンシャイルドバフと戦うことになるだろう。私は急いで指輪を外し、メイスを両手で構える。


 この指輪のおかげで本当に助かっている。魔人が信仰する神により、我々エルフは呪われてしまった……いや、調査結果によると、種族としての存在のあり方を作り替えられてしまった、という方がより正確らしいのだが。体から常にMPが抜けていくという、本来なら異常な状態が、いわば現在の正常なのだ。そのため、通常の呪いを想定した解除法などでは全く改善は見込めない。以前シンクが試しに、と神聖術やエステティックの使用を申し出てくれたのだが、そういった理由からやんわりと断らせてもらった。


 約300年前、エルフは歴史から突然姿を消したとされているが、原因はこの呪いによるものだ。人族の管理を勤めていた者達は何処かへ去ったのではなく、文字通り、消えてしまったのだ。我々エルフの身体は、人族のそれよりも、魔素の比率が非常に高く構成されている。よって、死ぬとモンスターと同じように、魔素となり消えてなくなる。この遺跡からエルフの遺骨などが出土していないのはそのためだ。


 魔人の信仰する神がエルフに呪いをかけた時、生き残れたのは研究所にいた僅かな人数だけだった。それ以外は、自身に何が起きたか正しく認識することもできずに死んでいったのだろう。慌てて神聖術による解除を試みた者は余計なMPを消費した分、自らの寿命を削ってしまったに違いない。


 生き残った僅かなエルフ達は、自身の体に何が起きたのか慎重に調べた。その結果、MPが絶えず身体から抜け出てしまうこと、神聖術等では解除不可能なことが判明した。もはや一刻の猶予も残されていない我々は、ひとつの賭けに出た。当時、実験の途中であった「経口摂取により食料をMPへ変換する技術」と「MPの体内貯蓄量の増加法」。これら2つの研究から得られた成果を、自らの身体へ組み込む改造を行ったのだ。まだ臨床試験にも至っていない研究だ。生体に適合する保障は無く、悪くすれば死亡してしまう危険性もあった。しかし、そのまま座していたところで、MP回復ポーションの尽きた時が死ぬ時なのだ。賭けざるを得ない局面だった。そして、我々はその賭けに勝った。


 ここ、ポーション生成施設”ダンヘル”は、呪いの発動直後に魔人の総攻撃によって落とされた。MPが身体から抜け出てしまうことで混乱の真っ只中であっただろう施設内のエルフ達は、碌な抵抗もできずに敗れてしまった。魔人も、そのような状況で身を隠して忍び込む必要を感じなかったのだろう。中枢まで一直線に突破し、浮遊制御装置を即座に破壊したそうだ。それこそ、エンシャイルドバフを再配置する余裕すらなかったのだろう。ここが落とされた結果、MP回復ポーションの供給が絶たれ、エルフは更なる窮地に立たされたというわけだ。


 研究所から操作可能な施設、設備の殆どを一旦閉鎖した。人族がお互いに戦争を始めてしまい、エルフの施設の悪用による戦線の拡大を防ぐため、やむを得ない処置であった。人族の開戦には魔人が関与したことも、後の捜査で分かってきた。魔人とその神は、どうあっても人族を滅亡させたいようだ。


 施設を閉鎖したあと、僅かばかりとなった我々は交代で世界を見て回っている。残りの人数では、善良なる光の女神様からエルフに与えられたお役目――人族を正しい方向へ導くことは、到底できない。魔人とその神の動向を探るため、そのままでは目立つ耳の形を変えて、私は旅立ったのだ。


 私の旅は現時点で既に、大成功といえる。指輪を手に入れられたこともあるが、何より、人族の進化を目の当たりにしたことだ。エルフ亡き後、人族は魔人の脅威にさらされていた。人族の脆い身体と力では、魔人には到底敵うものではない。だが、人族は諦めず、魔人に対抗するための術を編み出していたのだ! 素晴らしい!



 さて、現在進行形の問題の解決に当たらねばな。人族の可能性を示してくれた1人であるノーネット女史を、まずは守らねばならない。


「ノーネット女史、エンシャ……ゴーレムが動き出すようだ。私が前衛を勤めよう。」


 返事が無い。チラッとノーネット女史を見ると、食い入るようにエンシャイルドバフを見つめている。


「す、凄過ぎます……! 転移して現れましたよ! ということはこのゴーレムの中に、転移のための魔道具が組み込まれているのでしょうか? そしてこの装甲は全身ミスリル!! しかも魔染がこんなに進んで……!」


 これは……うむ、私だけで戦うしかないようだ。ノーネット女史はエンシャイルドバフを見つめながら、何やらうっとりしている。もとより、エンシャイルドバフには生半可な魔術は効きはしない。天級レベルでも、ほとんど無効化されてしまうだろう。

 他の皆は大丈夫だろうか? ルイスの雷はエンシャイルドバフとは相性が悪い。補助魔法に長け、複数武器を扱えるシンクが一緒であればいいのだが……組み合わせ次第では、エンシャイルドバフに勝利するには非常に困難を極めるだろう。

 ……無駄だとは思うが、リスクを犯す前にエンシャイルドバフを停止できないか試してみよう。


『我は全権管理者代行マリユス・アロイジウス・フェッセル。認証コード「S27194」。エンシャイルドバフよ、戦闘行為を中止せよ。』


『現在、えまーじぇんしーもーど。認証こーどハ受付ケラレマセン。戦闘停止指示ハ中央管制室カラノミ行エマス。』


 やはり無理か。エンシャイルドバフが攻撃態勢に入ったようだ。


「ノーネット女史、後ろへ!」


「へ? あ、はい!」


 強めの声で指示を出したことで、エンシャイルドバフを間近でじっくり観察していたノーネット女史は事態を認識したらしく、下がってくれた。装甲を見るのに夢中で、先ほど私がエンシャイルドバフへ指令を出していたのは聞いてなかったようだな。聞かれていてもグラトコヴァ語は理解できないだろうが……シンクは何故、この言葉を知っていたのだろうか? ”嘘看破”は使っていなかったので分からないが、あの挙動不審な態度からして、絵本云々というのは嘘なのだろう。私達以外にも、生き残りのエルフがいたのだろうか? その人物から教えを受けたとすれば説明はつく。詳しく話を聞きたいが、私自身、エルフであることを隠している身の上だ。それでいながらシンクから一方的に情報を聞き出そうというのは、余りにも虫の良すぎる話だろう。


「あ、あの! これ、どうにか壊さずに機能停止できませんかね?」


 ノーネット女史に請われ、逸れていた意識をエンシャイルドバフへ戻す。私としても、エンシャイルドバフを破壊などしたくない。魔人相手に非常に有効な機体でありながら、残存数が少ないのだ。


「この部屋には出入り口がない。おそらくだが、破壊せねばこの部屋から出ることは叶わないだろう。」


 さて。私自身、エンシャイルドバフと戦うのは初めてのことだ。私の技はどこまで通用するだろうか?

 エンシャイルドバフの設計思想は、相手の攻撃にひたすら耐え、魔壊光を浴びせるというものだ。装甲のあちらこちらについているガラス球――射出装置から放たれる魔壊光は、魔人の体を構成している魔素を強制的に分解する兵器だ。魔壊光は魔人にしか影響しない。人族が浴びても、ちょっとピリっとする程度だろう。勿論エルフの身体にも影響はない。

 さらに特筆すべきは、天級の体術を模倣している点であろう。ここまで複雑かつ俊敏な動きを可能としたゴーレムは、エンシャイルドバフを置いて他には無い。

 さっそくその性能を遺憾なく発揮し、ジャブを放ってきた。これを正面からメイスで受ける。


 ゴン!


 殺し切れなかった衝撃がダメージとして来るが、私には”ダメージMP変換”のスキルがある。ダメージ分に相当するMPを消費することで、HPの損耗を防ぐものだ。この体にまとわりついた脂肪に見えるものは丸々MPだから、残量はまだ余裕がある。しかし、かといってあまり悠長にはしていられない。こうして対峙している間にも体からMPは抜け続けているのだ。今のMP残量ならばエンシャイルドバフとの戦闘中は問題なく動けるだろうが、それも効率よく戦闘を終えられるならばの話だ。

 エンシャイルドバフの腕のガラス球が光る。魔壊光が来るが、これは私の身体には害をなさない筈だ。無視しても問題は無い。

 しかし、魔壊光を受けた肉体の一部が、予想に反し弾け飛んだ! バカな!!


「マリユス!!」


 ノーネット女史が緊迫した声を出す。


「戦闘には支障無い。大丈夫だ!」


 弾け飛んだのは、脂肪に見えるMPの部分だ。実際そこには血液が流れているわけでもない。魔素を体に留めるための器のような部分だ。物を食べ、脂肪として蓄える。元々生き物に備わったあり方を模倣することで、強引に成立させているのだ。そうこうしているうちに弾け飛んだ部分は塞がった。


「マリユス! そ、それ穴空きましたけど、本当に大丈夫なのですか!? それと、何か、体が小さくなってませんか!?」


 MPが魔壊光で削られた分、体が小さくなったようだ。


「脂肪に見えるのはMPだ。ダメージはMPが肩代わりしてくれる。よって、ダメージを受けると小さくなるが、支障はない。」


 魔壊光によるダメージか……実験途中の研究を自らの身体に施したのだ。このような思わぬ落とし穴があるのは仕方のないことだろう。しかし、困ったな。魔壊光をかわしながら戦うのは非常に骨が折れる。そして仮にエンシャイルドバフへ順調にダメージを蓄積できたとしても、最後に自滅攻撃がある。この部屋はそれが最大限生きるように作られている。どこで自滅攻撃が発生しても、部屋全体が魔壊光の影響範囲になり、逃げ場がないのだ。エンシャイルドバフがこの部屋に現れた時点で、転移系の魔術は使用できなくなっている筈だ。攻めてきた魔人を確殺する罠、それがこの部屋の本来の意義なのだ。


 つまり、自滅攻撃に移る暇を与えず、一撃で機能停止まで持っていく必要が出てきた。私の手札で一撃で倒せるとしたら、天術の”ディメンション・セイバー”しかない。しかし、あれは詠唱時間がかなり長い。どうしたものか……エンシャイルドバフの攻撃を捌きつつ思考を巡らせていると、ノーネット女史が魔術を放った。


天級(アブソリュート)・メイルストローム!」


 エンシャイルドバフが水球で覆われる。その水球は瞬く間に3段の水の塊に別れ、上から右回り、左回り、右回りと、敵を捻り切るように回転し始めた。

 エンシャイルドバフの魔術耐性は高い。しかし、質量を伴う水属性の攻撃ならば、物理ダメージとしての効果が期待できる。

 エンシャイルドバフも流石にこれには身を屈め、防御耐性を取らざるを得なかったようだ。


(ノーネット女史がこの魔術で足止めしてくれれば、詠唱が間に合いそうだな。)


 とりあえず、今からでは詠唱が間に合わない。私は別の魔術の詠唱を始めた。

 攻撃したことで、ノーネット女史がターゲットされるだろう。エンシャイルドバフの攻撃を、私では完全に押さえ込むことが難しい。そのため、何とか正攻法以外でノーネット女史の安全を確保する必要がある。

 メイルストロームから開放されたエンシャイルドバフが、ノーネット女史へ迫る。やはり速い!


「”アクセラレート”!」


 アクセラレートは自身の時の流れを遅める効果がある。知覚的には周囲の時間がゆっくり流れているように見える。だがこの術は効果時間が非常に短く、エンシャイルドバフが繰り出す拳からどうにかノーネット女史を抱え上げて避けるのが精一杯であった。そのため、追撃で放たれる魔壊光を避けることができず、直撃を許してしまった。



 ■ノーネット視点


 幼い頃、好きでよく読んでいた絵本がある。

 魔人に攫われたお姫様が、エルフの王子様に助け出される……内容は、今思えばありきたりだ。でも、綺麗なドレスを身に纏った女の子が、凛々しい青年にお姫様抱っこをされていた挿絵には、子供心に憧れた。何度も眺めながら、「私もお姫様抱っこされてみたい!」と、強く願っていたのを覚えている。その話を侍女から聞きつけた父がお姫様抱っこをしてくれたのだが、そうではない。あの絵本に出てきたような、きらきらとした王子様にされたかったのだ。


 それなりの年齢になるまでそんな夢を描いていたが、現実とは残酷なものだ。生まれ持った私の瞳と髪は黒色で、絵本に書かれていた金髪の女の子が着るような、華やかなドレスは似合わない。

 黒は女を美しく見せる……そのような言葉がある。確かに、母のように出るところが出ていれば大人の魅力とでも言おうか、ツヤっとした美人になるのだろう。しかし、私は体型が……そう、凹凸がなく控えめだ。パッドで盛るのは何だか負けた気がするし、それを気にしてこだわっているみたいに周囲に見られるのではと思うと、とても使う気がしない。実際、そんなものを使った日には余計子供扱いを受け、馬鹿にされるに決まっている。

 あとは目尻が上がっているためか、別に怒ってなどいないのに「不機嫌そうに見える」と言われたことが過去に何度もある。ならば、と殊更に笑顔を意識し、微笑んでいるつもりでいたら「何かいたずらでも考えているのか?」と兄に揶揄された。要は、不愛想な顔ということなのだろう。


 そんな私を見初めるステキな王子様など、いるわけがないのだ。社交界の場で私に寄ってくる男といえば、ミロワール家との繋がりを求めている連中か、そうでないなら只のロリコンと相場が決まっている。まぁ、子供好きな老紳士に、孫娘のような扱いを受けることもあるけれど……。


 諦めるというよりは、醒めていた。所詮、夢は夢なのだ、と。しかし。

 私は今、金髪、緑目のどえらいイケメンに……お姫様抱っこをされている。


 ゴーレムが凄い速度で目の前に迫り、一撃貰うことを覚悟していた筈。あれかな? 私はゴーレムの攻撃を食らって、死んでしまったのだろうか? そして今、天国にいて天使に抱かれているとか……?


「ノーネット女史! 済まないが、もう一度メイルストロームを使ってもらえないか?」


 え?


「も、もしかしてあなたは、マリユス!?」


「うん? あぁ、そうだが?」


 このイケメンがマリユス!? 確かに眼差しと声は間違いなくマリユス……あのポテっとした体型は一体どうしたのだろうか? 私は今、マリユスの引き締まった身体に包まれている。え? 私、マリユスにお姫様抱っこされている!!?


 マリユスとの最初の出会いは、モイミールの冒険者ギルドだった。いつまでも食べている不思議な人。どこから食料を出しているのか不思議で、不躾にじーっと見つめてしまったのを覚えている。

 そのすぐ後にギルドで起きた、女の子への暴行事件。彼女を守るために立ち上がったマリユス。それで知ることができた人となりには、好感を持てた。

 いつも紳士的で、私のことも一人の淑女として扱ってくれる。子供と侮るような態度を取られたことは、思えば一度も無い。

 私は人を漠然とした印象でとらえることが多い。親切な人、怒りっぽい人、大きい人、小さい人……そもそも、他人というものにあまり興味がなく、個々をある程度認識できれば良いという程度に思っている。私が覚えるのは、その人の纏う雰囲気が主なのだ。

 ヨーシフさんの指摘で、初めて金髪、緑目であることを意識した。いつも食べていて丸々としている姿で記憶していたので、髪や瞳の色までは意識が向いていなかった。

 それでも、どこか遠く、今でない場所を見つめているように感じるマリユスの眼差しは、不思議と印象に残っていた。でも、異性として見たことはない。恋愛というものに憧れはあったけど、自分が色恋沙汰の中に立つ姿は、全く想像できなかった。


 私の今の興味の対象は、何をおいても魔術だ。魔素を操り、事象を発現する。魔術でただ火を熾すのでさえ、謎と神秘に満ちている。そもそも火とは何か? 魔術以外のアプローチで言えば、物体が燃焼する現象だ。魔術を用いずに火を熾し、魔術で熾したそれと比較してみる。その結果、魔術の火は何も燃える物がなくても存在できることがわかった。いや、この場合、普通の火は魔素を燃料に燃え続けることができない、と言うべきなのだろうか。。

 魔術と、魔素を用いない現象との乖離。一見万能にも見える魔素の力。火になり、水になり、土になり、風になる。しかし、その一方で魔素を人が操るとなると、一定の法則以外は変化を認めない。モンスターのように魔素から生まれる生物が存在するにも関わらず、人が意図的にそのような生物を作ることはできないし、死んだ生物の蘇生も未だ成功していない。それは何故なのか?

 現在の技術では不可能と思われている「巨大な島を浮かべる」ことも、エルフは成し得ていたとされる。それはつまり、私達にとって未知の、或いは理解の範疇を超えた魔術の深淵が、存在することを意味している。


「ノーネット女史! メイルストロームを頼む!」


 マリユスの声で我に返った。どえらいイケメンにお姫様抱っこされるという、あまりにも想像の埒外のことが起きたせいか、思考が迷走してしまった。

 マリユスは私をお姫様抱っこしたまま、必死にゴーレムの攻撃を避け続けていた。あぁ、そうだった! 私の接近戦の腕前は、杖術が地級程度。天級レベルの戦闘にはとてもついていけない。マリユスはそのため、今こうしてお姫様抱っこをすることで私を守ってくれているのだろう。

 慌てて魔術の詠唱を始める。ゴーレムからの攻撃を避ける度、目まぐるしく視点が変わるが、不思議と落ち着いて詠唱できる。マリユスの、ゴーレムを見据えた横顔が端整でカッコいい……いやいや、何を思っている、私! 詠唱だ、詠唱に集中しなくては。詠唱はスキルに任せてしまえばよいというものではない。魔素の動きを理解し、正しく操り、導く必要がある。そうして初めて、本来の威力を発揮するのだから――!


天級(アブソリュート)・メイルストローム!!」


 うん、我ながら良い出来だ! しかし、この魔術にゴーレムへの効果が大して期待できないのは、さっきの攻撃で既に把握できている。せいぜい動きを止めるのが関の山。真意を問うべくマリユスを見つめる。


「さすがノーネット女史。美しい魔素の変換だな。」


「ッ……!」


 人によっては「術が発動さえすれば魔素の動きなんてどうだって良い」なんて暴言を吐く輩もいるというのに、そこに気づいてくれるなんて……! 感激の余り、いっそ肩を掴んで揺さぶりたい衝動に駆られるが、いやいや淑女としてそれは如何なものか、と思い留まる。 

 マリユスは無駄の無い、だがとても丁寧な動作で私を下ろした。あぁ……もうちょっとお姫様抱っこされていたかった……って、私は何を考えているのか!?

 そんな葛藤を知る由も無いマリユスが、魔術の詠唱を開始する。てっきり、他の属性の魔術を使うのだとばかり思っていたのに、耳に響いたのは大陸共通語ではなかった。この言葉は……そして、この魔素の流れの淀みの無さは一体……? まるで、お祖母ちゃんが極級魔術を使う時のような熟練を感じる。

 私の魔術でゴーレムの動きを止めている間に、マリユスの魔術は完成したようだ。


「”ディメンション・セイバー”!」


 そう叫んで、手を上から下へ振り下ろした。何が起きたのか、正確には分からない。気が付くとゴーレムは頭から真っ二つに切り裂かれ、完全に沈黙していた。


 ……佇むマリユスの横顔に、何か、キュンっときた。


次話で3章が終わりです。

お読みくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ