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俺の葛藤をよそに、話は進んでゆく。
トラフィム団長曰く、近衛騎士団が俺達の調査に協力するといっても、詳細な予備知識のない人間をいきなり遺跡の未公開エリアに放り込むわけにはいかない。近衛騎士団が主となるのは遺跡外部の守護で、場合によっては内部で問題が起きた際に働くこともあるが、調査や発掘そのものは現場の研究員達が主体となっている。彼らの指導・指示を受けながら、連携して調査に当たって欲しい……とのことだった。それは確かに尤もな話で、俺達の中に反対する者がいる筈もない。
トラフィム団長が外の近衛兵に何やら伝えると、さほど待つ事もなく、扉を叩く音がした。
「失礼します。」
そう言いながら入室してきたのは、作業着の上に白衣を着た男性だ。年齢は30代くらいだろうか。背が高く痩せ型で、伸ばした髪を首の後ろで一つにまとめている。
「主任研究員のヨーシフだ。」
トラフィム団長がそう紹介する
「トラフィム団長、この者達は?」
「本日より、調査に参加してもらうことになった冒険者だ。専門家ではないので、基本はそちらの指示に従ってもらうことになっている。まずは、今分かっている範囲の遺跡の情報を共有してくれ。」
「なっ……冒険者を調査に、ですか!?」
そりゃ、面識もない冒険者の面倒を見ろといきなり言われれば、驚くよな。訝しげながらもそこそこ穏やかそうな人柄に見えたヨーシフさんが、にわかに気色ばんで鼻を鳴らした。
「失礼ながら、また貴族の差し金ですか? この遺跡の調査だなんて、一体どこの誰が許可を――」
「王室……いや、ここの責任者として私が許可を出す。この者達を調査に加えるのは、近衛騎士団からの命令と思ってもらって構わない。」
「近衛騎士団からの……?」
何故? と顔に書いてある。研究者じゃなく冒険者、しかも遺跡に関してはちょっと聞きかじった程度で、実質的には素人だもんな。どう考えても邪魔にしかならないし、余計なことしそうだよね。管理局の窓口で会ったおっさんの対応からも分かるが、ヨーシフさんの言葉からも、これまでろくでもない問い合わせが余程あったんだろうなと窺い知れる。
なんせ物はエルフの遺跡。アムリタを作っていたという程の技術力なら、探索すれば珍しいお宝ありそうだもんな。遺跡=ダンジョンのようなノリで、良く分かってない貴族が冒険者を送ってきたことがあったのだろう。出土品狙いで遺跡に入るなら、それはもう泥棒と変わらない。
出土品は情報の宝庫だ。何がどのような形でどこにあったかで、その時代の文化を測ることができる。例えば、金製の鳥の小さな置物があったとする。その場合、まず金が当時どれくらいの価値があったもので、純度はどのくらいか? どうして鳥の形なのか、当時は鳥という生物にどんな意味を持たせていたのか? 他の出土品との位置関係やサイズ、出土した場所は何のために使われる場所だったのか……それらの関連性を調べることで、たったひとつの置物から数多くの情報を得られるのだ。
ヨーシフさんに連れられ、退室した。そのまま建物を出て、管理局の脇の関係者用通路から丘を登る順路に合流する。
「ヨーシフさん、これから――」
「私語は慎みたまえ!」
「どこへ行くのですか」と尋ねようとしただけなのだが、取り付く島もない。冒険者が相当嫌いと見える。本当に、今までここへ来た冒険者は何をやらかしたんだろうか?
そんなヨーシフさんの刺々しい様子に、全員が気圧されている。まぁ、遺跡に対して何をどうしたらいいのかは誰も知らないのだし、ここは黙って従っておこう。
丘を登りきると、採掘現場が一望できた。元々あったという町の面影は存在せず、掘り返されているあちらこちらから、遺跡の一部であろう建造物が顔を出している。手前側は一般公開されている場所なのだろう、観光客らしい風体の人々が周囲を眺めながら歩いているが、奥側の未公開の区画は柵と天幕で仕切られていた。
さて、目に入る範囲でひときわ目を惹くのは、公開エリアのほぼ中央に位置している噴水だ。美しい女性の像が両手のひらを上にして、掲げ合わせている。そこから水が溢れ出ており、そのまま下に流れ落ちている。像の足元には水を溜めておく部分があり、その水面から溢れた水は周囲に彫られた溝を伝い、遺跡の奥へ向かって流れているようだ。
像そのものや貯水部、溝にはパッと見、目立つ汚れも欠損も見当たらない。……これ、空から落ちた上に土を被っていたんだよね? 修復したにしても異常にきれいで、まるで新品のようにも見える。更に気になるのは、この像の女性だ……どこかで見たことのあるような……うーんだめだ、思い出せない。
(女神様よ! あんた、大恩のある相手を忘れてんじゃないわよ!)
ラグさんからめっちゃ叱られた。って、俺の心の中を覗けるのか、ラグさん!?
いやいやしかし、そうは言っても15年前のことだし、だいぶ記憶もおぼろげになっている……と思いきや、どういうわけかはっきりと女神のことを思い出せた。そうだ。これはあの善良なる光の女神にそっくりだ。だけどラグさん……俺が記憶しているのは蔑みの目で俺を見下ろす女神の姿であって、この像のように優しげに微笑んではいない。もうひとつ言わせてもらうと、色がついてないと良く分からない。あの赤い瞳が再現されていれば、すぐに分かっただろうけどね。
それにしても……ここまで似ているのは偶然にしてはでき過ぎている。そういえば、『遺跡の調査に関わると面倒事になる』とか言われていたっけ。この像と何か関係があるのだろうか?
ヨーシフさんはずんずんと遺跡の奥のほうへ進んでいく。もうちょっと見学させて欲しいのだが、そんなこと言える雰囲気ではない。やがて、周囲と比較しても警護が一番厳重そうな天幕へと辿り着いた。
「いいか。これから遺跡の内部を案内するが、許可無く内部の構造物……壁や扉、床などに触らないように。いいか、絶対に、触るなよ?」
ヨーシフさんは「本当は両手を拘束したいところだ。」と小さく呟き、警護に当たっている近衛騎士団の人へ身分証らしきものを提示した。
これは……最低限の義理として、ささっと遺跡を案内し、ちゃちゃっと説明して厄介払いしようとしているように見えるな。
楽しみにしていた皆には悪いけど、俺もそれで良いような気がしてきたよ。何せ近衛騎士団が守るほど重要な遺跡だ。うっかり何か壊しでもしたら目も当てられない。
勿論、俺達の中には意図的に破壊活動するような物騒な奴はいない。しかし……しかしだ! 他でもないルイス、こいつは何かと「持っている」奴だ! 何かの拍子に躓いて、うっかり手をついた場所に絶対に押してはいけない系のボタンがあったり、或いは躓いたことによって妙な仕掛けを作動させてしまったりするに決まっている。
そんな確信めいた予感から「変なミスするなよ!」という念を込めてじーっとルイスを見つめていたのだが、「?」を浮かべた顔で見られた。俺の必死のアイコンタクトは伝わらなかったようだ。
ヨーシフさんに続き天幕へ入る。すると目に飛び込んできたのは長方形の建物だ。表面は白くつるっとしていて、大きさはちょっとした小屋ほどだ。木製の扉がついている。遺跡の内部って、この小屋の中だろうか? ずいぶんと小さいな。
「本当に、何も触るなよ?」
ヨーシフさんはもう一度念を押してから扉を開いた。扉の先には下り階段が続いているようだが、暗いのでここからではよく見えない。
ヨーシフさんが一歩踏み入れると、どうだ。薄暗かった室内に突然明かりが灯った。光源を探し天井を見ると、まるで埋め込み式の蛍光灯のような四角い形の明かりが整然と並んでいる。
照らし出された壁も床も白くつややかで、まるで病院のようだ。
(何だか、俺の思っていた遺跡と違う……。明かりが自動で点いたってことは、対人センサーでもあるのかね? これじゃまるで現代日本だな。)
高度な魔法文明が栄えていたと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。そして機能が今も生きているとは。そう言えばアーラさんも言っていたな、遺跡の一部の機能が復活したとか何とか。ヒントは十分にあったが、俺の脳みそは世界不思議発見的な感じになっていたので、そっちの方向に考えが至らなかった。
道理で「触るな」としつこく言われる筈だ。機能が生きているのだから、何が起きても不思議じゃない。もしここが軍事施設だった場合、兵器の暴発なんぞも十分あり得る。平成の世ですら、戦争時の不発弾処理とかの話はあったからなぁ。何かお腹痛くなってきた……お腹痛くなってきたので早退していいかな?
「「「うわぁ~」」」
俺の思いとは裏腹に、突然点いた光に一同は素直に感嘆の声を上げている。流石にそれに対しては、ヨーシフさんは何も言わなかった。フフッと笑みを浮かべるのみだ。
「下に行く。この先通路が分岐しているところがあるが、私から絶対に離れないように。」
階段を下りていくと、踊り場に出た。そこにプレートがあり何か書いてある。よく目にする大陸共通語では無さそう……なのだが、読めるな。遺跡だから古い文体とかだろうか? こういう時、習っていなくてもスキルが知識を補填してくれるので、非常に便利だ。プレートには「↑空中庭園」と書いてある。……読み方も違うようだな。まあ日本語も、古文なんかは現代語と発音が違ったからな……あ~、ひょっとして古文じゃなくて方言とかかもしれないな。 方言になると同じ日本語とは思えないくらい言葉が違うからな。
更に階段を下っていくと、廊下に出た。廊下は左右と正面にまっすぐ伸びている。ヨーシフさんは正面に伸びる廊下へ進んだため、それに追従する。ほどなくして突き当たった壁に、大きな扉があった。
扉は自動ドアのように平坦で、取っ手らしいものは見当たらない。そして、横にはカードスロットに似た装置がある。これは……見たまんまカードキーで開くタイプの扉、ってことだろうか?
「現在、遺跡の内部はここまでしか調査できていない。この扉を開ける手段が無いのだ。強引にこじ開ける案も出てはいるが、ここまでの通路で明かりが自然に灯ったことからも分かるように、この遺跡の機構は生きている。何が起こるか分からない。」
他の通路も、突き当たりにはここと同じような扉があるらしい。
俺はカードスロットらしき装置へ近づいてみる。そこには入力キーらしきものと小さな画面も存在した。カードを紛失してもパスワードが分かれば開く、ってことかな? 他に何か手掛かりが無いか、顔を更に寄せて目を凝らす。
「こら、そこ! 迂闊に近づかない!」
むむ! 怒られてしまった。
「それを誤って操作すると、小型のゴーレムが飛んでくるのだ。そいつらはかなり強いぞ。どうやら麻痺攻撃しかしてこないようだが、討伐には近衛騎士団で相手しなければいけないレベルだ。」
ははあ、警備ロボット的な感じかな? パスワードを複数回間違えたので迎撃に来るとか、そんなところだろう。
……もうこれは、魔法文明、現代日本も通りすぎて完全にSFだな。
ヨーシフさんの話を聞いて、俺はそっとルイスの裾をつかむのであった。
文が出てこない……そういうときは強引に何かしら書くことでどうにこうにかなることが分かりました。
次の更新はもう少し早くできる……筈です……
お読みくださりありがとうございます。




