3-15
更新が大変遅くなりまして申し訳ありません。
目に付いた盗賊や悪徳商人を片っ端から退治していったことで、フィー達の名声はますます上がっていった。その顛末の幾つかはモイミールでの件と合わせて、続編として劇に組み込まれた程だ。
そんなこんなで寄り道しまくったのもあり、『朽ちた庭園』到着がいよいよ目前に迫る頃には、周囲の風景から夏の気配が消え、秋めいた風が吹くようになっていた。平野部ということもあり、まだ紅葉などは見られないものの、空気が澄み、空がとても高く見える。
この空模様は何故か旅愁を誘う。前世でも、秋になると無性に旅行したくなったものだ。渓流沿いの温泉旅館で、岩風呂に浸かってゆっくりしたい……そういえば、こっちの世界には温泉旅館とかあるのかな?
さて、『朽ちた庭園』の手前の平地には町がある。まずはこの町で宿を取り、旅の疲れを癒すことにした。
元々この町は、丘の上にあったらしい。ある時、建物を新たに作るため基礎を掘り進めたところ、地下に存在する遺跡の端にたどり着いた。地中深くに広がるその遺跡こそが『朽ちた庭園』であった、というわけだ。
その後の調査により、町のある丘全体が巨大な遺跡であると判明した。そのため、丘の上の町を少し離れた平地へ移設したのだという。移設は国の主導により国庫から全額負担で行われ、以前は丘の傾斜を利用した塀が途切れ途切れに並ぶだけだったという町の外周も、現在は立派な外壁で囲まれている。
この町は主要街道の中継地点となり、最初は宿場町として栄えていたそうだ。遺跡の調査が順調に進み、発掘や調査の完了した場所が一般向けに開放されるようになるにつれ、次第に観光業が盛んになってきて、現在に至っているらしい。
開放されている部分は、発掘が終わった部分の1割程度という。それでも遺跡全体の1%にも満たないエリアだというから、いかに巨大な遺跡であるかが頷けるというものだ。丘のふもとには出土したものを展示している場所もある、と衛兵が教えてくれた。
今はいつものように冒険者ギルドでドロップ品を売却し、紹介された宿屋に荷物を置いて、夕飯がてら居酒屋に繰り出したところだ。
「いよいよ遺跡の目の前まで来ましたね。シンクの書状が本物であれば、『朽ちた庭園』の未公開エリアに入れる、ということですね。」
ノーネットが、遊園地を目の前にした子供のような表情で聞いてくる。
「私はここへ来ること自体が初めて。どんな場所なのかな? 楽しみね!」
フィーも冒険心を擽られ、同じようにわくわく顔である。カッツェは「私は学が無いからなぁ」と肩をすくめつつも、目新しいものを見られそうだという期待がしっかり顔に出ている。
そんな女性陣の影響を受けたのかルイスも楽しそうにしており、俺は俺で、遺跡というのがどんな物なのか想像を膨らませていた。風雨に晒されて朽ちかけつつも、かつての栄光を知らしめてくれる……そんなロマン溢れる情景を、俺は思い描いていた。マチュピチュやアンコールワットのようなものだろうか? それとも古代ローマのような様式だろうか?
前世じゃ海外の遺跡に行く機会は無かった。文化圏が全く異なるところでは、考え方や生活様式もきっと違うことだろう。古代ローマならば紀元前に既に水道があったと聞くし、熱効率の良いカマドの活用や井戸の有無などでも、その時代の技術力を測ることができるだろう。うーむ、楽しみだなぁ。
そんな浮ついた一行の中でマリユスだけは平常運転で、いつものように優雅に食事をしながら、俺達の様子を優しげな顔で眺めていた。マリユスは最年長ということもあり、すっかり保護者のような立場になっているな。
そうそう、保護者といえばもうひとり、俺の姉のような存在がいたっけ。最近はすっかり普通の猫に成りすましているラグさんだが、実は未だにフィー達とは念話をしていない。というのも、フィーはラグさんの扱いに関しては手慣れたもので、ラグさんが何を求めているかすぐ理解し対応しているためだ。
フィーは誰に頼まれるでもなく、パーティ内でラグさん係を設定していた。それになると朝昼晩の1日3回、ラグさんのブラッシングを行うというものだ。それに加え、テントや宿では一番居心地の良さそうな場所をラグさんの指定席にし、毛布やクッション、飲み水を傍に用意するなど、とにかく甲斐甲斐しい。ラグさんのご機嫌っぷりは言うに及ばずで、「何も言わずともここまでしてくれるのだから、別に念話で話す必要も無い」ということなのだろう。
今もフィーは、空になったラグさんの平皿へすかさずお酒を注いでいる。……どうもフィーの猫観はラグさん基準のようで、『猫はお酒を飲むもの』という認識になってしまったらしく、あまり疑問に思ってないようだ。
そんなラグさんから実に久しぶりに念話が届いた。
(シンク。面倒事は避けたいみたいだから、忠告だけしておくわね。……この遺跡の調査には関わらないように、慎重に行動しなさい。)
(え? それってどういうこと?)
俺の問いは華麗にスルーして、また普通(?)の猫のふりをし、ぺろぺろとお酒を舐め始めた。遺跡の調査に関わると面倒ごとになる……か。よく分からんが、心に留めて置こう。
翌朝。はやる気持ちを抑えつつ、遺跡側の門に向かって町を横断する。遺跡は町から2キロほど離れた場所にある。というのも、遺跡の発見当時は規模の見当がまったくついておらず、念のためにと離れた場所へ町を移設したためだ。遺跡のある丘自体は、門を出ると正面に見える。丘周辺にはところどころに草地があるばかりで、何もない。それこそ、木の1本もない。そのため見晴らしが凄くいいのだが、不思議なことに遺跡までの道はやたら蛇行していた。見たところ高低差や障害物があるわけでも無いのだが、どうしてだろうか……遺跡側の門を出る際に衛兵から『道から逸れないように』と忠告を受けたのだが、道が蛇行している理由と何か関連があるのかもしれないな。
俺達が目指しているのは、丘のふもとにある遺跡の管理局だ。一般公開されている場所への玄関口となる場所で、入場チケットを売ったり内部の案内をしているらしい。出土品の展示も、管理局の建物内で行っているそうだ。
それにしても、さすが観光地化されているだけあって、遺跡に向かう道は人通りが多い。定期便で馬車も出ているようだ。その道を遺跡についてあれこれ話しながら進んでいると、切羽詰ったような女性の声が聞こえた気がした。気になったので”鋭敏聴覚”で聞いてみる。
「誰かいませんか~? 助けてください~!」
声は、通りからそこそこ離れた草原地帯から聞こえてきた。
「どうしたの、シンク?」
立ち止まり、耳に手を当てて音を拾う俺を訝しんだのか、フィーが訊いてきた。
「どこからか、助けを呼ぶ声が聞こえる。」
答えると、フィーは何故か「はは~ん」と訳知り顔の笑みを浮かべ、ポンっと俺の肩を叩いた。
「シンクも水戸黄門やりたいのね?」
「……そうじゃない。」
別に変な電波を拾ったわけじゃない。まぁちょっと俺の言い方が悪かったな……。
すっかり正義の味方脳になってしまったフィーに、事情を説明する。
「え!? それじゃ急いで助けないとじゃない!」
「あぁ、だからちょっと静かにしてね。声の元を探っているから。」
声のした方に向かって歩き出す。道から逸れてしまうが、この場合は仕方ないだろう。そのまま声を辿って進むと、道から50メートル程離れた地面に、ぽっかりと穴が開いていた。声はその中から聞こえてくる。中を覗いてみると、数メートル下に女性がいるのがわかった。
「お~い、大丈夫か?」
俺が声を掛けると、女性はこちらを見上げ、涙声で「た、助かったぁ」と漏らしたのであった。
そのあと女性をどうにかこうにか引っ張り上げた。女性は泥だらけで、足も挫いていた。なかなかひどい状態だ。怪我はすぐに神聖術で治療したが、泥はなぁ。
「本当に助かりました。ありがとうございます。」
そう言って女性は頭を下げた。年齢は30歳程度。作業着のような長袖長ズボンにショルダーバッグといういで立ちで、眼鏡をかけており、髪は三角巾のような布で覆っている。名前をアーラさんというらしい。
「しかし、何でまた穴の中にいたんですか?」
「その、薬草採取の途中でこの場所へ踏み入ったら、地面が抜けまして……」
「「「地面が抜ける?」」」
「あ~、皆さん旅人さんですね。実はですね……」
アーラさんが言うには、ここは元々緑の生い茂る森で、丘も木々で覆われていたそうだ。しかし、遺跡を掘り起こすために木々は全て伐採してしまった。それからというもの、それまで地面を支えていた木の根がなくなったためか、突然地面が抜けるようになったとのこと。
もともと、ここら一帯はとても地盤が弱いらしい。『朽ちた庭園』が空から落ちた衝撃で土が舞い上がり、それが遺跡の上に覆いかぶさっていた。覆いかぶさっただけの土が雨などで遺跡内部に少しずつ流れ込むと、徐々に地下の形が変わり、部分的にぽっかりと空洞ができてしまう。そういった場所に気付かず踏み込むと、このように人間が落ちることがあるそうな。
ははぁ、衛兵が『道から逸れるな』と言っていたのは、このためだったのか。しかし、それが分かっていながら、何故アーラさんはここにいるんだろう。尋ねると、こんなことを教えてくれた。
「『朽ちた庭園』の周りの土地は、薬草の生育が非常に良いのです。これは発掘作業が始まって、しばらくしてから起きた現象で、発掘により遺跡の機能が一部復活したためではないかと考えられているんですよ。」
アーラさんは薬師らしい。
「普段は道の近くの、決まったところでしか採取していないのですが、たまたま珍しい薬草があったのでつい夢中になってしまいまして……採取のルートから外れて穴に嵌った、というわけです。」
と、恥ずかしそうに俯いた。まさに、穴があったら入りたいという体である。いや、また入ってもらっても困るのだが。「ぜひお礼がしたいので、町にある店に寄って欲しい」と、アーラさんはお店の場所を教えてくれた。
アーラさんからお誘いを受けてふと気がついた。今までアムリタの調査・聞き込みは冒険者ギルドで行っていたが、それこそ餅は餅屋。薬のことは薬師に聞くのが一番手っ取り早いんじゃないか? きっとベンノさんもそうやって調べて――待てよ……アムリタのことを聞いて回るような人はそう多くないだろう。個人店ならば、冒険者ギルドと違って人の入れ替わりも少ないだろうし、何よりアムリタ探しなんて、薬師としても興味を惹かれる話題に違いない。つまり、尋ねてきたベンノさんを記憶している人もいるんじゃないか? ……何てこったぁ!!! ……ま、まぁ、反省を生かし、今後はそうやって調査することにしよう……。
アーラさんと別れ、程なくして管理局の建物に到着した。どこで受付してもらえば良いのか分からないので、とりあえず一般公開向けにチケットを販売している窓口へ向かった。そこで用向きを伝える。
「未公開エリアの調査ですか?」
対応してくれたお姉さんは、めちゃくちゃ訝しげな表情でそんなことを言った。
「えぇ。ここに紹介状もあります。」
そう告げて、書状の入った封筒を提示する。
「分かりました。少々お待ちください。」
封筒を手に、カウンターの奥へ引っ込んでいくお姉さん。待つことしばし。腕抜き(事務員がよく腕につけている黒いやつ)をした小太りの中年男性がやってきた。
「当方、この窓口の責任者をやっとるものです。遺跡の未公開エリアへの立ち入りは、誰の紹介であっても許可できかねます。お引取りください。」
と、書状を返されたのだが、開封すらされていなかった。封蝋に刻印が捺されているので、照合すれば誰の出したものかすぐ分かると思うのだが、それすらされていないようだ。このままだと門前払いになってしまう。ここは少し粘ってみよう。
「せめて中身を確認していただけないでしょうか? これは確かなものだと聞いていますので。」
「そう言って、男爵程度の貴族が人を寄越すことは良くあるんですよね。ここは王室管理。分かります? 王・室・管・理なんですよ? そこいらの貴族じゃ話にならないんですよ。」
子供を諭すように俺たちに説明するおっさん。……まあ、このおっさんの気持ちはよく分かる。きっとこのおっさんは日々、無茶を言う貴族が寄越してくるクレーマーと戦っているのだろう。貴族も王室が出てくればさすがに引っ込む。逆にこういう対応で突っぱねないと、それこそキリが無いのだろうな。
とはいえ。それは俺に、クレーマーが社会問題になっていた前世の知識があるから理解できることであって、そうでない面子にはただの失礼なおっさんにしか見えないだろう。早速、眉を吊り上げたカッツェが身を乗り出し、抗議しようとする。
「おい。書状も検めず、一方的に拒否するのは失礼にも程があるだろう。このお方をどなたと――」
と、いつもの流れで印籠を出そうとするも……。
「――どなたでもダメなものはダメなんです。ささ、お引取りを!」
名乗りの途中であっさりと撃退されてしまった。
「あ、あれ?」
王道パターンが敗れて面食らうカッツェ。カッツェからすると、それこそ特撮ヒーローもので変身途中に攻撃されたようなもんだろうな……そんなことを思っていると、俺達の背後で突然、低い声が響いた。
「何を揉めているのだ?」
会話に入ってきたのは、きらびやかな装飾の施された鎧を着た騎士だった。おっさんが、雷に打たれたように背筋を正す。
「これは近衛の。いえいえ、こちらの方々が未公開エリアに立ち入りたいと言うものですから。」
近衛? おっさんの気の遣いようから、鎧の騎士のほうが立場は上のようだ。
「こちらの方は王室近衛騎士団の方だ。遺跡の警護を王室より一任されている。これ以上ごねると、いくら貴族の使者といえど拘束されますぞ!」
そうおっさんは俺たちに忠告してくれた。わざわざそんなこと教えてくれなくとも、俺たちがしょっ引かれようが遺跡の外に放り出されようが、おっさんの立場には何も影響はない筈だ。クレーマー相手にも親切に忠告してくれるとは、出来たおっさんだな。
「一応、紹介状があるんですが。」
ダメ元で近衛の人に紹介状を渡してみる。
「紹介状か……む、これは!! もしやあなた方は、アイルーン家ゆかりの者か?」
受け取ったときの反応はかなーり渋かったのだが、裏の封蝋を見るなり態度が一変した。
「私がフィーリア・ロゥ・アイルーンです。私の家が何か?」
近衛の反応を見て、フィーが名乗ってくれた。
「えぇ!? ア、アイルーン家の!?」
おっさんが驚きの声を上げた。今のフィーは盗賊対策で目立たない服装をしているからな。貴族の使いっ走りだと思った相手が実は貴族本人だと分かれば、そりゃびっくりもするか。
「団長より連絡を受けております。『アイルーン家の者が訪ねてきた場合は奥に通すように』と。どうぞ、こちらへお越しください。」
そう言って近衛の人は歩き始めた。おっさんは俺たちに平身低頭で謝ってくれたが、こっちもそれなりの身なりをしていなかったので、逆に申し訳ない話である。貴族として見られたかったら、貴族らしい恰好というものがあるからな。
さて、案内されたのは別の建屋の一室だ。シックな調度品で飾られた部屋の奥には重厚な木製の執務机があり、そこにいた体格の良い人物へ書状が渡された。年齢は40代くらいだろうか。厳しそうな眼差しと、立派な顎鬚が印象的な人である。
「近衛第三騎士団、団長のトロフィムだ。貴女がフィーリア殿で間違いないかな?」
「はい。しかし、私自身は紹介状を書いて頂いた人物と直接面識はありません。シンク。」
フィーは俺のほうを向いて、発言を促した。
「書いてもらったのは俺です。冒険者ギルドに出されていた依頼をこなし、報酬としてその紹介状を頂きました。」
「その紹介状を書いた方の、名前を聞いても良いかな?」
トロフィムさんがそう俺に尋ねてきた。
「誠に申し訳ありません。依頼主より、決して明かさぬようにと厳命されております。」
「王室直属である我々、近衛騎士団にもかね?」
「恐縮ですが、適用範囲の指定は受けておりません。」
ぶっちゃけ近衛が敵、という可能性もあるんだよね。マチルダ様は近衛騎士団に影響を与えられる立場にもにもかかわらず近衛騎士団を頼っていない、という状況から推測できる。
「ふむ……結構。あのお方の名前は、誰にも明かさぬようにな。」
成る程、どうやら俺は試されたらしい。満足げに頷いた団長は紹介状を開封し、読み進めた。
「書状を確認した。アムリタに関して、分かっている範囲での情報提供及び、貴殿らの遺跡調査に対し、我々に協力を要請する旨が記載されていた。それで間違いないかな?」
「はい。間違いありません。」
答えつつも、俺はちょっと焦っていた。遺跡の管理元が王室なのは把握していたが、まさか近衛騎士団が常駐し守護するレベルの場所とは知らなかった。半ば観光気分で立ち寄りました、とは口が裂けても言えない状況になってきたな。何か調査で結果出さないとまずいかな? フィーの名前で身元が割れているし……ど、どうしよう?
お読みくださりありがとうございます。




