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全員の視線の圧に耐えられなくなったのか、ノーネットはしぶしぶ白状した。
「モイミールを発つ前に魔道具を使って、あの事件の顛末を実家に報告したのですよね。その際に、こちらではその話が劇の演目として流行っていることも伝えたのです。そしたら、何やら実家側でごにょごにょと相談しだして……『印籠とはどんな物か?』とか、『名乗りの口上をもっとkwsk』とか、細かく訊かれたのです。」
そこで一旦話を区切り、目を泳がせた後に続けた。
「その時に、ちょーっと私も名乗ってみたかったなぁ、的なことを、その、ちらっと伝えたのですよね……。」
それを聞いたフィーが「あっ」と呟いて目を伏せた。
「……そしたら『うちに直した場合、”ミロワール家のご息女、ノーネット・シャ・ミロワール様であらせられるぞ!”ってなるわね』とか、母上に妙に嬉しそうに言われて……。私も『そうですねー』とか返していて。劇が始まった時、周囲の噂話で領都どうたらと聞こえたので、いやまさかそんな筈って思っていたら……、まぁ、そういうわけなのですよ。」
恥ずかしい告白をしたせいか、ノーネットの顔は赤い。
「……ええと、ノーネットも、その……やってみる?」
フィーが気遣うようにノーネットへ声をかける。何をやるかといえば、あの名乗りで悪を成敗するってことなんだろう。
「それが……うちの領地もすっかり落ち着いて、公爵家が送り込んできた代官も見直しが入ったようなのです。つまり、やる場所が……無いのですよね。」
ふふふっ、と寂しげに笑うノーネット。……そんなにやりたかったのか、あれ。
この日以降、行く先々で見かける『姫騎士の世直し』の主役は、例外なくノーネットであった。その度にパーティ全体が微妙な空気になる。フィーは申し訳無さそうにし、ノーネットは哀愁を漂わせた表情になり、カッツェはカッツェで『私も名乗ってみたいけど、いかんせん知名度がなぁ』とか呟いていた。
そして今。そこそこ大きな町にある紋章院の事務所の前に、俺とノーネットとカッツェの3人で来ている。
「用事があると言うからついてきましたが、こんな場所に来て何をするというのですか?」
「そうだ。何しにここへ来たんだ?」
「ふっふっふ、それはな。……これを作るためだ!」
そう言って取り出したのは、ミロワール家とブーバー家、それぞれの紋章が書かれた、2種の印籠の設計図及び作成申請書だ。
「え! それは!?」
「おぉ! いいのか?」
驚きながらも顔を輝かせる2人。
「2人とも、『やってみたい』って言ってただろう? 相手はそこらの盗賊団になっちゃうかもだけど、1度くらいやってみないか?」
前回、アイルーン家の紋章を無断で印籠に使った件は、その後むちゃくちゃ怒られた。魔人討伐の功績があったから差し引いて不問にはなったが、本来は重罪らしい。なので、今回はきちんと申請を出して作るってわけだ。
さっそく中に入り、申請を行った。すると紋章院の受付の人はうんざりした顔をして、こんなことを呟いた。
「また印籠か……。」
「また?」
「ハッ! 失礼しました。ここ最近、あまりにも印籠作成の申請が多かったもので、つい……。」
劇の影響なのか何なのか、こぞって欲しがる貴族が増えているらしい。まあ気持ちは分かる……分かるのだが、実際ああやって使うつもりなのだろうか? こう言うのもなんだが、モイミールの代官の顛末も言ってしまえばアイルーン家の任命責任の話で、マッチポンプもいいところなんだけどな……使う事態になる時点で恥だと思うのだが。それでもまぁ、名乗りを上げ悪を成敗する、という一連の流れに憧れる気持ちは良く分かる。
「えーっと、ミロワール……え!? ミロワール家の印籠って『姫騎士の世直し』の! あれ? 既にお持ちじゃないのですか?」
「よ、予備なのです!」
流石に作るに至った過程を素直に言えなかったのか、ノーネットはそんな理由を口にした。
「はぁ、承知しました……ですが、万が一紛失した場合は、紛失届けの提出を忘れずにお願いしますね。」
そう言って、受付の人は申請書に許可をくれた。カッツェのものも問題なく許可をもらえた。えらく簡単に許可をくれるものだなぁと思い、質問してみるとこんな答が返ってきた。
「真の貴族の方でしたら、許可は簡単に下りますよ。そうでない方は、現ご当主の許可等、色々と審査が必要ですし、最短でも1ヶ月程度はかかりますけど。」
何を以って真の貴族とするかは、魔人に対抗する技を使えるかどうかってことなのかな。
さて、許可も得たのでさっそく印籠を作成し、2人に渡した。実に嬉しそうな顔をしていた。フィーがカクさん役(印籠を出す人)を買って出てくれ、2人の印籠を預かることになった。
早速そこらの盗賊団を探し、アジトに乗り込んで、適当に痛めつけた後に名乗りを上げる。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る! ミロワール家のご息女、ノーネット・シャ・ミロワール様であらせられるぞ! 一同のもの頭が高い! 控えおろう!」
フィーはフィーでこれを言ってみたかったらしい。偉く気合が入っており、その場にいた全員の耳を強く打った。……が、しかし。
「き、貴族が怖くて盗賊やってられるか! 構うことはねぇ、やっちまえ!!」
実力差をきっちり示した後だと言うのにそんなことを言い、最後まで抵抗してきた。
「あ、あれ?」
予想していた展開と違うことで、ノーネットが戸惑い、固まってしまった。
盗賊団はさくっと普通に討伐できたのだが、その日の夕方に反省会を行うことにした。
「盗賊団は学が無さ過ぎて、権威による威圧が効かないみたいだなぁ。それに、負ければどの道ギロチンが確定しているのも影響していると思われる。」
と俺の想像を口にする。
「確かに、どの道死ぬ運命だったら、悪あがきもするよね。」
ルイスがさもありなんと頷いた。
「どうしましょうか?」
フィーが皆に問いかけた。
「うーん。悪代官もいないのなら……、よし! 悪徳商人を狙おう。」
俺の発案により、今度は悪徳商人探しが始まった。地道に噂を集め、悪徳商人を探す……こんなものを地道に探すのもどうかと思うけどな。しかしいるところにはいるもので、すぐ近くの町に悪い噂の絶えない商人がいるとの情報を掴んだ。小さな町の中でそこの商いをほぼ全て扱っているため、町人は言うことを聞くしかないらしい。
これは久々に弥七の登場だな。本腰入れて調べてみると、黒い噂が出るわ出るわ。チンピラを使ってライバルの店に営業妨害を働くのは日常茶飯事。最近は、仲買を買収して新参の商人に不良品を掴ませ、その店を潰して不当な借金を背負わせているとか。そして、いよいよもって借金のかたに美人の娘を攫おうと画策しているらしい。これが事実なら人身売買もいいところである。
事前にフィー達には、被害者である新参の商人とその娘に接触して知見を得てもらった。そこで当人から事情を聞き、どういう状況で現在に至ったのかを確認した。普通にこの町で商売をしたいだけだったらしく、余りにも高額で売られている日用品を適正価格で販売したかった、とのことだ。
俺は一行には加わらず、双方の証言の証拠集めをしていた。そんな折、店主がなかなか首を縦に振らないことに焦れたチンピラが、とうとう実力行使で娘を攫っていった。こうなってはもう悠長に調べてはいられない。今ある証拠でも罪の立証は十分可能だから、踏み込むこととしよう。その際、どうせ踏み込むならば今回は新バージョンで行こうじゃないかと俺は提案し、めでたく採用された。
――その日の晩、悪徳商人の屋敷。
「ぐふふふ、観念するのだな。」
豪奢な服を着た小太りのガマ蛙のような、絵に描いたような悪人面の中年男が娘に迫る。
「か、堪忍してください。」
泣きながら許しを請う娘。そこへ、ピーヒャララっと高い笛の音が鳴り響いた。続いてポンポンっと鼓の音が響き渡る。
「な、何事か!」
悪徳商人が庭に出ると、薄いベールのような布で頭を覆い、顔には般若の面をつけた小柄な人物が、屋敷を囲む塀の上に月を背にし佇んでいた。両サイドには、同じ格好をした2人の人物が跪き、笛と鼓を鳴らしている。中央の小柄な人物が、朗々と語る。
「ひと~つ、人の世の生き血を啜り、ふたつ、不埒な悪行三昧、み~っつ醜い浮世の鬼を、退治てくれよう、桃太郎」
言葉を切り、気迫を込めた声でしっかりと悪徳商人を見据えて言った。
「悪徳商人! お前の悪事はまるっとお見通しよ! 神妙にお縄につけぇい!」
「ふ、ふん! 何奴だか知らんが正義の味方気取りか! 曲者じゃ、出合え出合え!」
わらわらと屋敷から姿を現すチンピラ達。
「スケさん! カクさん! 懲らしめてやりなさい!」
「「ハッ!」」
これと同時に、黒子に扮して屋敷の屋根裏で待機していた我々男性陣は、攫われた娘さんの保護にかかる。事前に知見を得ていたルイスに娘さんへの事情説明を任せ、俺とマリユスは押し寄せる敵をなぎ払っていく。
スケさんことカッツェと、カクさんことフィーがチンピラ相手に大立ち回りをしている。ノーネットは静かにゆっくりとした足取りで、悪徳商人までまっすぐ歩く。途中、飛び掛ってくるチンピラを魔術で吹き飛ばして道を作りつつ、とうとう商人の目の前まで辿り着いた。
「スケさん! カクさん! もういいでしょう。」
ノーネットの声を受け、フィーが叫ぶ。
「静まれぇい!」
続いてカッツェも声を上げる。
「静まれ! 静まれぃ!」
フィーがおもむろに印籠を取り出し、それと同時にノーネットは般若面を外した。
「こちらにおわすお方ををどなたと心得る! ミロワール家のご息女、ノーネット・シャ・ミロワール様であらせられるぞ! 一同のもの頭が高い! 控えおろう!」
「は、はぁぁ!!」
一斉に跪くチンピラ一同。その動きは実にスムーズであった。きっと劇の影響で、こう言われたらこうする、という固定観念が植え付けられたんだろうな。しかし、悪徳商人だけは驚愕の表情で固まっていた。
「の、ノーネット様、何故ここに!? アイルーン領にいる筈では!?」
成る程、『姫騎士の世直し』の舞台はアイルーン領。劇の内容は知っていても、それを模倣した別の人間の成りすましと考えていたのだろう。ところが、まさかの本人登場で焦っているわけか。
「悪が栄えるところに、私はいつでも駆けつける……覚えておくのです。」
その言葉を受け、ついに悪徳商人は膝を屈した。
想定通りに進んだ上に、とどめの言葉も言えたノーネットは、とても満足そうだった。
全員を捕縛し、騎士の詰め所に証拠と一緒に引き渡した。その際にノーネットは身分を明かし、『手心を加えたら許さない』と告げていた。万が一、悪徳商人の仲間が騎士団にいた場合に備えての釘刺しである。
この後、方々の悪徳商人、盗賊団を似たような手口で潰していった。盗賊団も潰したのは、カッツェが「どうせ私はネームバリュー足りないんだから、盗賊団で構わない」と言ったためだ。こんなことを繰り返すうちに、不意にルイスが「僕もやってみたいなぁ」と呟いた。
「ルイス……。」
「あ、いや、分かっているよ? 貴族じゃなきゃできないものね。」
「いや、貴族じゃなくてもできるぞ?」
「え! そうなの?」
「冒険者として名を売ればいい。誰もが知っている程になれば、『あのルイス様か!』ってなる筈だ。」
「成る程ー!」
「しかしな、ルイス。やめておいたほうがいいぞ?」
「え? どうして?」
「きっと後悔することになる。」
俺はルイスに説明する。今は『名乗りを挙げたくて』って理由で楽しくやっているだろうが、世間が持ち上げれば持ち上げるほど、自分の行動原理と世間の認識の差が恥ずかしくなってくる、と。世間は、『悪を許さない正義の使者』として見るだろうが、その実は『名乗りを上げるのがカッコいいから』という動機でやっているからな。世間からの賞賛の視線に身悶えする日が、必ずや来ることだろう。
「うーん、分かった。でも、そう思っているのなら、どうしてフィーさん達に忠告しないの?」
「そりゃお前……、若者は黒歴史を作るものだからさ!」
「シンク、すごい悪い顔しているよ? まるでモイミールの悪代官みたいだよ?」
「ふむ、そんな顔をしているか。それはつまり、叩いても叩いても悪の芽は尽きない……ってことだな。」
訳知り顔でそんなことを言うと、ルイスから物凄い呆れ顔を向けられたのであった。
あかほりさとる先生の爆裂ハンターという作品の漫画版のネタで「ひとーつ、人より禿がある、二つ、ふるさと後にして、みっつ、みだれたブルセラショップ! 月よりの使者! ~」という名乗りを上げるシーンがありまして。あまりにもインパクトがあったので本家よりこっちが頭に刷り込まれています。
お読みくださりありがとうございます。




