2-13
■ ルイス視点
今、僕は防衛拠点となる場所でモンスターを待っている。ついさっき、森の奥のほうから凄い音が聞こえてきた。きっと今、シンクがマンティコアと戦っているんだろう。僕はシンクの勝利を欠片も疑っていない。この2週間、あの人の規格外な強さをすぐ近くで見ていたからね。
「そろそろ、モンスターが来るかもな。」
剣の柄を握り締めながら、バンが話しかけてくる。ちょっと前までは、話しかけてもらえることは稀で、こちらから話すことがあっても、いつも怒られていた。それを思うと、道中でバン達に謝ってもらえたのは、本当に嬉しい。これからはまた、普通に話ができるんだ。
「うん! 精霊さんをそろそろ呼ばないと、かな。」
「あぁ、その方がいいかもな。」
詠唱し、精霊さんを召喚する。凄くいい笑顔を浮かべて、精霊さんがふわりと現れた。
『ルイスきゅん! 今日も可愛いわね! ああ、ようやく呼んでくれたのね。最近ずっと会えなかったから、とっても寂しかったわぁ。』
この精霊さんの声は、僕にしか聞こえていないらしい。契約しているからなのかな? ……この精霊さん、いつも過剰に褒めてくれるから、実はちょっと苦手なんだ。1度呼んだら、僕のMPが枯渇して気絶するまで絶対に帰ってくれないしね……でも。
「精霊さん! 今日はモンスターがたくさん来るよ! 頑張ろうね!」
『あら、ルイスきゅん、いつになくやる気ね! 勿論よ、お姉さん超~頑張っちゃうわ!』
ガッツポーズの精霊さんの向こうで、バンが心配そうにこっちを見ている。
「そんなに張り切って大丈夫か? 無理はしないようにな。」
「大丈夫だよ!」
バン達にはいつもドジばかりで迷惑をかけているから、今日はいいところを見せるぞ! せっかく仲直りできたんだもの、失敗して嫌われるなんて、絶対に避けたい!
『そうだルイスきゅん! モンスター全部倒し終わったら、お姉さんにチューしてくれる?』
精霊さんがちょっとわけの分からないことを言う。僕が……というか人間が精霊さんに触れることはできないって、知ってる筈なんだけどな。
(あー、はいはい)
っと、適当に返事をしておく。
しばらくすると、モンスターが森の切れ間から姿を現し始めた。出てくるそばから、精霊さんと一緒に次々と倒していく。防衛拠点であるこの場所は、森の南に開けた平地の端に当たるのだけど、この辺りだけ傾斜があって、少し高くなっている。視界が開けているから、森から出てきた敵はとても狙いやすい。ただ、対象まで距離がある分、狙いがずれてしまうことがあるんだ。モンスターがひっきりなしに森から出てくると、処理が間に合わなくなる時もある。
それをカバーするように、バンは前方に陣取って、僕の討ち漏らした敵を倒している。今のバンの動きは、初めて会ったときのシンクみたいだ。何の危なげもなく、余裕すら感じる。安心して、僕は遠くの敵に集中できる。
精霊術は基本、精霊さんが戦うので、僕が狙いをつける必要は無いように思えるかもしれない。しかし、僕がしっかりと狙うように意識した方が、命中率がぐっと上がるみたいなんだ。というのも、精霊さんを召喚している間、僕と精霊さんは感覚の一部を共有している。例えば、僕が慌てていれば、精霊さんも慌ててモンスターへ対処してくれる、というように。
……今思えば、これまで戦闘における力加減なんて、殆ど考えたことがなかった。いや、考える余裕がなかったんだ。「早く倒さないとやられてしまう」って、ただ焦るばかりだった。精霊さんが高威力で広範囲の術ばかり使っていたのは、加減が分からなかったからじゃない。僕の焦りに呼応して、早く確実に倒せる術を使ってくれていたんだろう。
戦闘を開始し、幾らか時間が経った。モンスターはまだまだ森から出てくる。MPが心許なくなってきたけど、回復させている暇がない。すぐに使えるよう手元に準備していたMP回復ポーションは、とうに使い切ってしまった。一旦持ち場から離れて、予備を置いてある場所まで取りにいかなければならない。うう、これなら足元にでも、もう何本か転がしておけば良かった。接近戦になったら邪魔になるけど……。
(どうしよう?)
今、持ち場を離れたら、バンにかなり負担がかかってしまう。……ま、まだ大丈夫。今が頑張りどころだ。これだけ倒したのだもの、もう少し耐えればモンスターも減ってくる筈だ。
「あ!」
焦りで狙いがぶれてしまう。放った魔術は標的から外れ、貴重なMPが無駄になってしまった。
(慎重に……。)
落ち着け、と自分に言い聞かせる間にも、モンスターはどんどん沸いてくる。視界の中に数が増えると、さらに心が焦ってしまう。その時、森の奥から十数匹のモンスター集団が姿を現した。
(ど、どうしよう、どうしたら……。)
気持ちが焦るばかりで、考えが整理できない。その間にモンスターは平地を走り、どんどんこちらに近づいてくる。
(僕が、何とかしなきゃ!)
MPはもう残り少ない。でも、広範囲の魔術1度くらいなら、何とかなるかもしれない。
(そうだ! 上手くすれば全部倒せて、余裕が生まれる! それしかない!)
「精霊さん! まとめて倒して!」
精霊さんを振り仰ぎ、お願いする。大きくはっきりと頷いた精霊さんは両手を高く掲げ、思いっきり振り下ろした。耳を裂くような轟音。辺り一面、眩い雷の雨が降り注ぐ。
(よし、この隙に、ポーションを取りに……。)
駆け出そうと足を踏み出した僕の意識は――そこで、途切れてしまった。
■ バン視点
突然、雷が広い範囲に次々と降り注ぐ。俺は接近してきたモンスターを切り倒しながら、その光景を見ていた。ルイスがやったのか? ルイスのほうを振り向き確認すると、青い顔をしている。
「ルイス! 大丈夫か?」
声をかけた瞬間、ルイスがその場に倒れた。
「ルイスッ!?」
MPの枯渇か!? それならいいが、知らぬ間にモンスターの攻撃を受けていたとしたら、一大事だ。確かめたいが、迷っている間にも次々とモンスターが襲いかかってくる。先ほどの雷でだいぶ数は減ったが、全滅には至っていない。たまたま難を逃れたモンスターや、範囲外にいたモンスターが徐々に迫ってきている。
(こいつらを後方に抜けさせたら、ルイスが殺されてしまう!)
そう思うと、否が応にも緊張してしまう。汗腺が一気に開き、冷たい汗が流れるのが分かる。自分の失敗で他人の命が亡くなってしまうことが、こんなにどうしようもなく怖いことだとは!
次々と襲いかかってくるモンスターを仕留めていく。幸い、俺の体力やMPにはまだ余裕がある。
(このまま続くのなら、何とかなる。)
そう思った時、視界の端、1匹のモンスターがルイスに一直線に向かっていくのが見えた。
(させるかよ!)
「ハッ!」
大きく踏み込んでそのモンスターを攻撃し、どうにか撃退はできた。しかし、正面から向かってくるモンスターに無防備な姿を晒してしまった。フォレストウルフが、首元を狙って噛みついてくる!
「ぬん!」
なんとか手を引いて、腕を犠牲に牙の攻撃を防ぐ。噛み付いてきたフォレストウルフを、そのまま切り伏せた。倒すことはできたが、傷を負ってしまった。手は……まだ動く。多少痛みが走るが、そんなことを言っている場合じゃない。
紙一重の攻防が何度も続く。次第に傷は増え、血を失い、体力が奪われていく。周囲の状況を確かめている余裕がない。向かってくるモンスターと、ルイスを守ることで精一杯だ。次の一振りで限界かもしれない。そう思いながら幾度も剣を振るう。
(何だ、まだ動くじゃないか。)
口の端で笑いながら、撃退する。次の一振り、そしてまた次の一振り。ここまで身体を酷使したのは初めてだ。また、モンスターが1体迫ってくる。動けと命ずるが、流石にもう限界のようだ。しかし、MPなら僅かに残っているな。
「スラッシュ!」
技を発動させることで強引に身体を動かし、迫り来るモンスターを撃退する。MPはこれで使い切った。この後、硬直が起こるが、それ以前にもう身体が一寸たりとも動かない。膝をついた視界が、暗く狭まっていく。
(くそっ……ここまでか。)
ルイスを守り切れなかった悔しさが押し寄せてくる。しかし、いつまでたってもモンスターの攻撃が来ない。
「うん?」
周囲を見渡すと、モンスターの姿は1匹もなかった。
「な、何だ。全部、倒せたのか……。」
俺はその場にへたり込み、深く、長くため息を吐いた。気が抜けそうになったが、すぐに我に返る。
「ルイス……ルイスは無事か!?」
倒れたままのルイスの元へ、よたよたと近づく。ざっと確かめた限り、外傷は見当たらない。顔色を確認するために、メガネを外す。
(……相変わらず、美少女みたいな顔だな。)
顔色はそう悪くない。呼吸はどうかと手を当てるまでもなく、すやすやと寝息を立てているのが分かった。安心と脱力で肩の力が抜けたが、ずっとこの場に寝かせておくわけにもいかない。抱き起こし、揺さぶる。
「おい! ルイス、起きろ!」
「う、うーん。あれ……バン?」
ルイスが目を擦ろうとして、メガネが外れていることに気づいたようだ。
「……ハッ! まさかバンも、僕の唇を?」
……何を言っているんだ、こいつは?
BL展開にしたいわけじゃないんですけど、ここのところ落ち担当がルイスなので、そういうネタに走りやすいです・・・ すいません。
お読みくださりありがとうございます。




