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この話から主人公の一人称に戻ります。
■シンク視点
作戦としては非常に合理的だ。安全に倒せるなら、それに越したことはない。ただ、そこまでして倒す必要があったのかが謎だ。
「封じられた善神、ねぇ」
封じられていたのなら、俺をここに転生させた自称・善良なる光の女神様は何者なんだろうか? 仮に、だ。もし、封じられていたのが善神ではなく、邪神だったとしたら? ドラゴン討伐を達成したタイミングと、モンスターが増え始めた時期が合致する。これはまずいんじゃないだろうか?
「とーちゃん、善神って光の女神?」
「うん? 善神は確か、闇を司る男の神じゃなかったか?」
「あら? 私が聞いた話だと、地を司る女神様よ?」
うーん、はっきりしないな。こういう時はギースさんだ。翌日、練習を終えた帰り道、ギースさん宅にお邪魔した。
「宗教画や物語に出てくる善神、邪神とも、その描写には統一性が無い。年寄りだったり、若かったり、男、女とばらばらだ。果てはモンスターだったり、白い鳥だったり、とかな。教団は偶像に規制をかけていないようだ。そして、教団の説法にも経典にも、神の形をはっきりと定義する文言は、何一つ含まれていない。司る属性もはっきりとしていない。……教団はスキルの取得方法に関して秘匿にしているが、神の姿をぼかして伝えている理由にこそ、なんらかのスキル取得方法が絡んでいるのではないか? と私は推測している。」
というのが、ギースさんの弁。
封じられていたのが邪神である可能性が上がったようにも思えるが、そもそも本当にそこに封じられていたのかさえ、今となってはわからない。ただ偶然が重なっただけ、ともいえる。権威や金や名誉など他に教団なりの狙いがあり、かりそめの目的として出た話である可能性も、依然として高い。まあ、自分に関係ないところで既に過ぎてしまった話だ。今更どうこうすることもできないので、いったん忘れることにしよう。だいたい俺が考えなくても、モンスターが活性化したらみんな困るのだから、国の偉い人が調査するだろう。
俺はとりあえず、自分自身を守れるくらいには強くならないとな。人様のことはそれからだ。なんせ細く長く生きなければいけないからな。
お昼を食べて、遊ぶために村の広場に移動する。広場には子供たちと、イーナを連れたヒロもいた。何して遊ぼうかと相談していると、やや離れた木陰に、小さい女の子の姿が見えた。だいたい俺と同じくらいの身長だから、歳も6歳ぐらいかな? 遠目にも仕立ての良さが窺える、赤いワンピースを着ている。まず、そこらの子供が着ているものと生地の質感が違う。色もムラ無くきっちり染め上げられている。あちらこちらに刺繍やフリルがあるが、派手ではなく品を感じるデザインだ。しかも、きちんと手入れされている様子の真っ直ぐな金髪に、碧い眼。いかにも上流階級でござい、という外見をしている。よくよく見ると、女の子はたびたび後ろのほうを振り返っている。視線の先を見ると、黒いシックなワンピース――まぁメイド服だな――を着た大人の女性が、何やら女の子へ声をかけている。この位置からでは聞き取れないが、どうも励ましているような雰囲気だ。
……これは多分あれだ。貴族階級の女の子が避暑かなんかで訪れた田舎で、「その土地の子供たちと混じって遊びたいけどどう声をかけたらよいのか分からない」ってなってる情景じゃないか? 後ろの女の人は親しいメイドさんか何かで、見守っているって感じだろう。あえて……そう、あえて勘違いするなら、あの子は俺に一目惚れして告白のタイミングを窺っている! ってなるかな。
前世での20代前半の時、一念発起して街中へナンパをしに行ったことがある。しかし度胸が出ず、声をかけることが出来なかった。結局、自分のいる方向を見ている、というだけの女の子に対して、「俺に一目惚れか!」と妄想をして時間を過ごしていた……という、どうしようもない思い出だ。……うん、今はあえて勘違いする必要ないね。
俺の妄想の話はさておいて。こういった場合、貴族だとは気がついてないふりをして、一緒に遊んであげるのがベストだろう。女の子にとっては、よく知らない土地で知らない人と触れ合う、ひと夏の冒険って感じだろうな。うーん、良いねぇ、楽しそう。
あんまり長く引っ張ってもかわいそうなので、イーナにでも頼んで連れてきてもらおう。同性の小さな子供が行けば、警戒心も薄れるだろうしな。
「イーナ、あそこの木の下に、お姉さんがいるだろ? お姉さんに、一緒に遊ぼう、って言ってきてくれないか?」
「あい!」
元気な返事をして、イーナはとてとてと女の子の方へ歩いて行った。女の子は近づいてくるイーナにやや緊張気味に構えていたが、逃げる風でもなく待っていた。……あ、イーナが転んだ。女の子は慌てて木陰から飛び出てきて、イーナを立たせてあげている。うむ、良い子だな。いくらか言葉を交わして、女の子はイーナの手を引きながらこちらに歩いてきた。自分で頼んだんだし、ここで声をかけなければいけないのだろうが、知らない女子に話しかけるとか難易度高いな……と思っていると、後ろのほうからよく知った気配がした。
「妹が迷惑かけたな。ありがとう。俺はヒロ。お前は?」
おお! さすがヒロだぜ! 知らない女の子にも平気で声かけられるとか、すごいな! 前世の記憶のせいか、事案になることを想定してしまって、話しかけるのをつい躊躇してしまったぜ。防犯ブザー鳴らされまくりだ!
「私は、えっと、うーんっと、フィー……、えーっと」
「うん? フィーってのか。よろしくな!」
よし、ここはヒロに便乗しよう。おそらく、本名を名乗ろうとして躊躇したって感じだろう。 身バレを防ぐためかな? そうだとしたら、考え過ぎだ。ここに貴族の娘の名前を知っているような奴なんていないからな。
「俺、シンク! よろしくね、フィー。」
「フィーちゃん、よろしくね。」「フィーちゃん、よろしく。わ~、きれいな髪だね」「お洋服もすてき~!」
女子を中心に、広場の面々がフィーに挨拶をしていく。ふと遠くにいるメイド服の女性を見ると、すっごくニマニマしている。バーっと挨拶されて戸惑っているフィーの姿がツボなのかな? だとしたら、なかなか良い性格の人だ。
一通り挨拶も済んだところで、改めて仕切りなおし、何で遊ぶか考える。
「じゃ、何して遊ぼうか?」
「フィーは初めてだから簡単なのがいいんじゃないか? 鬼ごっこでどうだ?」
と、ヒロが言った。気遣える男! やるな……9歳になったヒロは、レンファさんの血が出たのか、キリっとした顔立ちになってきた。早い話がイケメンだ。グッドルッキングガイだ。その上、気遣いまで出来るとは……末恐ろしいやつである。
「おにごっこ?」
「説明しよう! 鬼ごっことは最初にじゃんけんで鬼を決め、鬼以外は鬼から逃げるゲームだ。鬼に捕まると新たな鬼になって捕まえる側にまわる。みんな捕まったらゲーム終了だ。最初に鬼に捕まった人が、次のゲームで最初の鬼になる。攻撃スキルは使用禁止。自分より小さい子からは本気で逃げない、本気で捕まえない。だけど、ちゃんと構うように。逃げる範囲はこの広場だけだ。……まあ簡単に言うと、追いかけっこだ。」
ここぞとばかりに説明してみる。『説明しよう!』って機会があったら言ってみたくなるセリフなんだよな。
「うーん。ルールはよく分かったけど、小さい子へどうしたらいいのかは、まだちょっと分からないわ。」
「なら、俺が最初に鬼になって手本を見せよう。」
頭も勘も悪くなさそうなので、一度やってみせれば要領をつかめるだろう。
「俺が5数えたらスタートな。5~、4~、3~、2~、1! スタート!」
さっそく手本のためにイーナを追いかける。
「イーナ~、待て待て~。」
もちろん本気では走らない。イーナと同じぐらいの速度を維持する。
「きゃ~」
「捕まえたらくすぐっちゃうぞ~」
ちょっとだけ距離をつめる。イーナが後ろを振り返ると、俺が近づいているのが分かるだろう。追いかけられるのが楽しいのか、けらけら笑っている。
「きゃっきゃっ」
「捕まえた! こちょこちょこちょ~」
脇をこちょこちょくすぐる
「いやーん。くすぐった~い。きゃっきゃ」
うーん、40越えのおっさんの姿だったら、めっちゃ事案である。だが、実際は子供同士。せーふ! イーナもすごーく楽しそうだしな。
「なるほど……」
フィーはさっそく要領をつかんだようだ。こんな感じでちっちゃい子の相手をしながら、同年代以上はガチで追いかけて捕まえていく。うーん、フィーの足が意外にもめっちゃ速い。ぜんぜん捕まえられないんだが。いったん放置して、鬼を増やしてからアタックを仕掛ける。結局、フィーを捕まえるのには、4人がかりで囲む必要があった。やりおる。
「次はイーナが鬼だな。イーナだからカウントなしですぐスタートね。スタート。」
ゲームが始まるとフィーはイーナに近づいていった。
「イーナちゃん。捕まえてー」
そう言いながら、イーナより遅い速度でちょっとだけ逃げてみせる。
「まって~」
イーナはフィーを追いかけて一生懸命走る。フィーはまた速度を下げる。ただ一生懸命逃げているフリだけはしている。ほほう、やるな!
「ふぃーねーちゃん、つかまえたー」
「捕まっちゃった。うふふ、イーナちゃんは足がはやいね。えらいね~。」
コイツ、できる! うまいこと子供のやる気を引き出しているじゃないか。イーナに捕まって鬼になったフィーが、俺をターゲットにして走ってきた。当然だが全力だ。めっちゃ速い。……だがしかし!
「シンク! 捕まえた!」
「甘い!!」
この鬼ごっこでは攻撃スキルは使ってはいけない。そう、使ってはいけないのは攻撃スキルだけなのだ。先ほど鬼のターンで、フィーの行動はしっかり観察させてもらった。俺の”行動観察”スキルによって、どのような軌跡を描いてどっちの手で捕まえにくるかは予想が出来ている。”回避”スキルを駆使して避けさせてもらった、
「なっ!」
まさか避けられるとは思っていなかったのか、フィーの顔が驚愕に染まった! 速さには相当、自身があったんだろうな。実際、一つ抜きん出た速さを持っている。だが、ヒロの全力に比べたらまだまだ遅い。俺には余裕がある速度だ。
「フィー、シンクは回避スキルと行動観察スキルで逃げるから、複数で一気に囲まないとだめだぞ」
と、ヒロが助け舟を出してきた。
「ず、ずるい!」
「ずるくない。この遊びはスキル練習も兼ねているのだ。言っただろ? 攻撃スキルは使っちゃだめってっさ。すなわち、他のスキルは使ってよいのだよ。」
「シンクは真剣に冒険者目指しているからな、本気でスキル練習しているんだ。大目にみてやってくれ~」
と、ヒロがフォローを入れてくれる。うーむ、本当に出来るやつだ。
「冒険者!?」
その言葉にフィーの目が輝いたのだった。
お読みくださり、ありがとうございます。




