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「とーちゃん、ところで魔素って何?」
過去の話を聞いたときから、ちょいちょい出てきた単語だ。いまいちどんなものか掴めないので、ここできちんと確認しておこう。
「魔素か、うむ、魔素。魔素は……えーっとだな……そういうことはギースが詳しいぞ!」
迷ったあげくギースさんに丸投げである。
「なるほど! ギースさんに聞いてみる」
かーちゃんではなく、ギースさんを薦める辺り、パーティでそういう役割分担だったんだろうなぁ、と思われる。魔素がこの世界で当たり前のものだとしたら、改めて説明しろって言われると、案外難しいのかもしれない。さっそくギースさん宅へお邪魔した。
「助けて~ギスえもん!」
「ぎ、ギスえもん!? なんだ? またセリアが変な名前を付けたのか?」
「いえ、助けを求めるとき、名前の後に”えもん”を付ける風習があったという話を聞きまして。何でもその昔、人語を解する青い狸のような猫が、人を助ける際にそのように呼ばれていたとか。」
「ふむ? 私の知らない話だな。初めて聞いた。」
初めて言ったものな。
「あ、それですいません、ギースさん。魔素について教えてください。魔素って、何なんですか?」
「うーん、難しい質問だな。生き物を作っている要素の一部であり、大気中のあちらこちらに存在している物質、とでも言おうか。魔素は魔素が多いところに引き寄せられ留まる性質があるが、通常は、風や雨などに当たれば簡単に散っていく。しかし、一度大きな魔素溜まりが出来ると、人間にとっては悪い循環が産まれる。魔素が魔素を呼び、それがモンスターを呼び寄せたり、そこからモンスターが産まれたり、とな。深い森の奥や、険しい山の谷間などに大型のモンスターが多いのは、魔素溜まりが多いからだと言われている。」
「ということは、魔素が無くなればモンスターはいなくなる?」
浄化装置みたいなものは作れないだろうか? 戦わずにカルマ値を溜められそうだ。
「魔素が無くなればモンスターもいなくなるだろうが、人間も困ったことになるだろう。例えばMPだ。これは呼吸や食事によって、体が魔素を取り込んだものだと言われている。MPが無くなれば気を失うように、魔素がまったく無い状態では人間も生きられないだろう。」
さすがにそう旨くはいかないか。
「そもそも魔素は一体何なのかと問われると、実のところ、はっきりとしていない。どのように生成されるものなのか、未だ謎に包まれている。一説には、月から降り注いでいるとも言われているな。」
「月からですか?」
「天空にある2つの月には、邪神と善神が住んでいる、とされている。一般的な神話では、魔素とは邪神が世界にばら撒いたもの、とあるな。多くのモンスターが産まれ、人々を困らせた。そこへ善神が手を差し伸べ、人間でも魔素を使えるようにと授けた力が、スキルの形となった……この説を唱えているのは、タリウス教という宗教だ。宗教の開祖がタリウスという人物で、神から初めてスキルを得た人間、と言う触れ込みだ。しかし、まったく逆の説も存在する。善神が人間への試練としてモンスターを世界にばら撒き、邪神が人々を堕落させるためにスキルを産んだとも。まあ、こちらはかなり少数派だな。」
え? 月、2つあるの? 夜は外出しないし、さっさと寝てしまうから知らなかったな。そんな話をしていたら、幼い可愛らしい声が聞こえてきた。
「しーにーたん。あそぼ」
レンファさんとギースさんの娘、イーナだ。俺が3歳の時、12月に生まれた子だから、今は2歳と8ヶ月だな。ぷよっぷよのほっぺにクリっとした瞳、眉毛はちょっと太めだ。こちらを下から見上げてきている。俺の身長が今120cmくらいで、イーナは90cmくらいかな? ちまちま動いていて非常に可愛らしい。しーにーたん ってのは恐らく カッコよく尊敬しているシンク兄さん、てことだろう。カッコよく尊敬しているなんて言ってないって? いやいやきっと心の中で言っているさ。
「シンク、すまないが少し出かけてくる。今日は行商人が来るのでな。情報を仕入れてきたいのだ。すまないがイーナを見ててくれないか?」
「お任せください! 何か面白い話がありましたら後で聞かせてくださいね。」
「うむ、では行ってくる。イーナ、良い子にして遊んでいるんだぞ。」
いつも気難しそうな顔をしているギースさんも、イーナの前では眉間のしわが消え、やや目じりが下がっている。わずかな変化だが非常に珍しい。娘に対してデレデレである証だ。まぁ実際、めっちゃ可愛いからな。
「ぱぱ、ばいばい」
そう言うイーナを二人してニコニコして見つめてしまう。
「まだ2歳なのに、こちらが言っていることをちゃんと理解して、イーナは賢いなぁ」
「ですねぇ」
「これもシンクがよく一緒に遊びながら、いろいろ教えてくれているからだな。」
「いやぁ ギースさんの教育の賜物ですよ」
「「はははははははは」」
顔を見合わせ、笑った。親バカ二人である。俺は親じゃないけど、元の年齢と足せば40を超えている。気持ち的には兄というか、寧ろ親に近いというか、そんな感じなのだ。
「イーナ、何して遊ぶ?」
「これ」
そう言って手渡してきたのは本だ。読んでくれ、ってことでいいのかな? 薄いが装丁はしっかりしている。中身を見ると、見開きで一つの物語になっているようだ。片側のページに挿絵、もう片側に文の構成となっていて、一冊に複数の話が入っている。
「どの話が良いかな?」
お伺いを立ててみたが、小首を傾げるだけで、よくわからない。うーむ、どれにするかな? 適当にページを捲って挿絵を眺めていくと、女の子っぽい影が描かれているものがあった。たぶん女の子向けの話だろう、これにするか。さっそく読み始めてみる
「あるところに、森に暮らす女の子が……」
話を要約すると、こうだ。家族で森に暮らしている女の子がいた。女の子はいたずらが大好きで、いつも両親を困らせていた。ある嵐の晩、両親が用事で出かけ、女の子が一人で留守番をしている時。一人で好き勝手できる楽しさに、女の子はつい、「ずっと両親が帰ってこなければいいのに」と言ってしまう。すると「なら俺様が食べてやろう」という声が嵐の風に乗って聞こえてきた。一夜明け、嵐は去ったというのに、両親はいくら待っても帰ってこない。きっと、嵐の魔物に食べられてしまったのだろう。
……って怖いわ! 両親の言うことをよく聞きましょう的な、ありがちな話だけど! イーナを見るとキョトンとしている。うーむ、話が難しくて理解できなかったかな? 或いは、俺の読み聞かせが下手だというのもある。おそらくこれには”朗読”とか”演技”とかのスキルが要るのだろう。スキル化されている能力でも、所持していないものは本当に一切上手くできないからなぁ。
「あらしのまもの?」
挿絵には女の子の絵しか描かれてなかったな。嵐の魔物、か。そういえば”絵画”のスキルがあったから、試しにちょっと描いてみるか。確かこの辺に、自由に使って良いと言われていた雑紙があったはず。イーナのお絵かきセットをちょっと拝借して、と。うーん、怖い魔物か。嵐の中にいそうなやつだな。えーっと角が生えていて、真っ赤な目に、真っ赤で大きな口、真っ黒く荒々しい毛並みで、二本脚で立った牡牛のような感じ、でどうかな? まぁ、モチーフとしては、某ゲームに出てくるベヒーモスだ。口は裂けるようにやや大きめに描いて、邪悪に笑っているが……おお!! イメージした通りのものが書けた。いや、それ以上かもしれない。 どうだ、とばかりにイーナに見せてみる。
「こんなのかな?」
「びぇぇぇぇ!!」
それを見たイーナは大泣きした。
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