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薔薇の復讐  作者: 雀ヶ森 惠
10.赦されざるもの
99/100

西へ至る途

 南の騎士団領、というくらいであるからここが「大陸」の南部であることは相違なかった。

 あの奇妙な奴隷王の島から飛ばされた先として――

 失われた時代の事については謎が多すぎた、またそのことについて一切ボージェスは語らなかった。

 知って語らなかった、それは間違いなかった。

 では何故?


 ボージェス、ボージェス……本当に死んだのか?


「――シェ」


「ゴーシェってば!」


 馬上でオルランダに肩を掴まれて初めて、ゴーシェは自らがずっと彼女と同じ馬に後ろ向きに乗せられて、ぼんやりと考え事をしていたことに気が付いた。


「何をぼーっとしているの?」


「いや、何でもない……ただ」


「ただ?」


「失われた時代の事は謎が多すぎる、そう思っていただけだ」


「その本――」


 オルランダは、ヨハンの黙示の書の事を言っていた。


「騎士団の団長がくれた本、たまに読んでいるけどいったい何なの?」


「オレにも良く正体は掴めん、ただ古語で書いてある予言めいた本だ。いつ書かれたかは分からない」


「ゴーシェは古語が読めるのね? それは失われた時代の物なの?」


 正直、先ほどの村落は騎士の瘴気に侵され、無事なものは何一つなく補給は適わなかったので人馬共に疲弊していた。

 真午(まひる)の日光は容赦なく砂を照り付け、僅かな水とアルコールでそれを凌ぐしかなかった一行をひどく困窮させた。

 ゴーシェもまた例外ではなく、小柄な体躯は乾きに苦しんでいた。


「そこまで古い時代の物とは思えない、何せなにも残っていないから失われた時代。と、呼ばれているまでで――」


 だが一行がマンティコアと戦った遺構は失われた時代の物そのものだったではないか、思い出してゴーシェは皮肉な笑みを漏らした。

 確かに、この本が印刷されているのは容易に腐食する羊皮紙ではなく紙であったが。

 ゴーシェは頁を捲ってその一節を読み上げた。


「かくてわれ御靈に感じ、御使に携へられて荒野にゆき、緋色の獸に乘れる女を見たり、この獸の體は神を涜す名にて覆はれ、また七つの頭と十の角とあり。女は紫色と緋とを著、金・寶石・眞珠にて身を飾り、手には憎むべきものと己が淫行の汚とにて滿ちたる金の酒杯を持ち、額には記されたる名あり。曰く『奧義大なるバビロン、地の淫婦らと憎むべき者との母』――これは誰の事であろうな?」


「さっぱりわからないわ」


「そうであろうよ」


 そうして二人はまた馬上で無言になった。


 熱き午が沈み、宵闇が顔を出す頃漸く一行は補給のできる泉へと辿り着いた。

 馬は湧水を飲み一行も喉を潤した。

 泉よりほんの数分のところに一軒家があり、媼が牛を飼っていた住んでいたので、一行は詳しくは事情は話せないまま――話したら大変なことになるかもしれないだろう。

 なんとなく困っている旅の者であると説明して一夜の宿を求めた。


 一行はオルランダ以外牛舎に通されたが、文句をいう者は無かった。

 その晩、西に何があるか彼らは知ることとなる。


「ここから西に行くと『元帝王の都』です、たいそう大きな街ですよ」


「元『帝王』? とはどういうことだ? 放逐された王なのか」


 媼にアルチュールは細やかな夕餉の席で問うた。


「『元帝王』とは称号に過ぎません、代々あそこの王はそう名乗っているのです」


「それは一体いつから――」


 ゴーシェは気色ばんだが媼は至って冷静だ。


「さあ? あなたがたの(アルテラ)王よりは古くからですね」


 そうしていよいよ一行は押し黙った。

 都を放逐されてより常識や自らの知る歴史と言ったものが、通用しなくなってゆく。

 この世界を知れば知るほどに――


「なぜ貴女は『元帝王の都』で暮らさないのだ?」


 ミーファスが重い口を開いたが媼はいとも簡単に答えた。


「私は都から逃げてきた人間です。『元帝王の都』には誰でも入れますが、出るのは非常に難しい。だから私は逃げ出した」



 その晩牛糞臭い牛舎で男たちは話し合う。


「で、そんなに危険な『元帝王の都』にわざわざ乗り込むのか? 止めるなら今だぞ」


「怖気づいたか、ゴーシェ。私の運命があるとあの騎士が言ったのは紛れもないこの『元帝王』の都! 付いてこぬというなら良い。私一人でも行く」


「しかしアルチュール! 危険過ぎます。一人で行くなど!」


 先走るアルチュールをゴーシェやダオレが宥めるが、聞き分けそうにはなかった。


「もういい、放っておけ」


「ミーファスさん!」


 セシルはそう叫んだが、肩をダオレに掴まれた。

 本当に放っておけという意味らしい。


 一方アルチュールは皆に背を向けてマサクルを抜くと手入し始めた。


 なんだか、『元帝王の都』のことでアルチュールさまがおかしくなっている……あの騎士の一言が原因で――結局のところアルチュールさまは自らの運命が知りたいに違いなかった。

 最早『がらくたの都』には居場所もなく先祖伝来の屋敷も失い、荘園もどうなったかわからない。

 それをおまえの運命があると言われれば先走ってしまうのも当然だろう。


「オレ達は……少し、相談するとしようか」


 アルチュール以外を除いた面子はその晩夜遅くまで話し合った。

『元帝王の都』このまま入城すべきか否か――

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