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薔薇の復讐  作者: 雀ヶ森 惠
1.賢者ボージェスの庵
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伯爵領へ

「どうして流されてるって判るの!?」


「水流がいつもと違う! どういうことだ!」


ゴーシェは苛立って古ぼけた地図を広げた。


挿絵(By みてみん)


「このまま行くと……ボレスキン伯爵領!? うそだろ!」


「ボレスキン伯爵……? 貴族でしょ聞いたことないけど」


「ええい、お前に話を振ったオレが莫迦だった。まさかお前に都でのボレスキン伯爵の立ち位置が分かるわけもないからな!」


「少なくとも見世物小屋(みせものごや)の私を買おうとはしてなかったわよ、あれはなんとかっていう公爵だったし……」


「公爵! 公爵ともあろう御仁(かた)が見世物小屋の芸人を買うのか! がらくたの都とはさても籠絡した都!」


「貴族の位なんて誰が偉いのか私にはわからないわ、公爵ってそんなに偉いの?」


「……王家と血続きになってもおかしくない家柄だ。さっきのボレスキン伯爵より偉いぞ」


「でも変態野郎には違いないわ」


「何をもって変態と言うかは主観の問題だが、お前のようなどこの馬の骨とも知れん小娘を買うというのならば、まあ変態と言っていい」


「ちょっと! 何か言い方に毒があるんですけど!!」


 だがゴーシェはそれを無視して水面を眺めた。


「水流の流れが速い、都からどんどん遠ざかってるぞ」


「どこへ進んでるの?」


「先ほども言った通り、砂漠の南、ボレスキン伯爵領」


「それで……伯爵領って何?」


「ボージェスによればボレスキン伯爵は大勢の農奴を所有して、ナツメヤシを栽培している荘園の所有者だ」


 ゴーシェは面倒くさそうに答えた。もうオルランダの教育係は散々と、先ほど言った通りなのかもしれない。


「そんなことは今更どうでもいい、何故水流が変化して我々が流されているのだということの方が重大だ」


「都には行けないの?」


「反対方向に進ん出ると言ったばかりだろうが! 星を見ろ北極星がさっきより沈んでいる!」


「どの星がホッキョクセイかどうかなんてわからないわよ!」


「もういい! ここでこうやって口論しても櫂の通り舟は進まず流されるだけだし、都からは遠ざかっているし、お前と話してもロクなことにならない! オレは寝る。邪魔をするなオルランダ」


 そうまくし立てるとゴーシェは旅装束のマントを被って横になってしまった。

 狭い舟の中ギリギリだ。


「も~! 私が横になる場所がないじゃない!」


 文句を言ってもゴーシェは寝息を立てたふりを続けるだけだ。

 仕方なくオルランダは水面を見た。そんなに水流が速いのか?

 だが暗い水面を進む舟は白波を立て縁に手をかけると、ごうごうと風が身を切った。


「ちょっとこれ……流されてるってレベルじゃないんですけど!?」


 仕方なくオルランダは身を低くして舟に座り込んだ。

 その間にもゴーシェは本当に寝てしまったらしい。

 (いびき)が聞こえる。


「子供じゃないんだから……」


 これ以上起きていても仕方ないので、オルランダは座ったまま眠ることを余儀なくされた。


 空を見上げると満天の星々が寄る辺なき舟を照らしていた。

 この星々を見てゴーシェは色々判断が付くようだ。



 教育というものが如何に重要か、オルランダは思い知っていた。

 少なくとも、がらくたの都の流民(るみん)の住居だった貧民窟では、その日に食べるものの方が重要で、教育どころか読み書き計算の出来る大人など一人として居なかった。

 初めて会ったそれができる人間は見世物小屋の主人であった。

 読み書き、計算ができるということは、自分を芸人として使役することが可能ということなのだ。

 私を買った公爵はもちろんのこと、ゴーシェにもその資格がある?

 でもゴーシェは私に文字を習えと言った。

 がらくたの都で文字を習うのは自由民以上の生まれだ。

 わたしがゴーシェの役に立つ『神の左手』だから……

 今はそれ以上の理由はないようだ。しかしいつか何かの役に立つだろう、そう信じてオルランダは本を抱きしめると深い眠りに落ちていった。



「おい莫迦、起きろ。朝だ、水が引いていくぞ」


 ゴーシェの声に慌ててオルランダは起き上がった。

 いつの間にか舟からは投げ出されてる。

 足元の透明な水はどんどん引き始めていた。


「ちょ、本! 本は!?」


「何やってんだ文字の学習についてなら後生大事に今抱いてんだろうが」


 そう言われて初めて、オルランダは自分が本を抱きしめたまま眠りに落ちていたことに気づいた。


「はーっ、良かった。これわたしが持っておいて大丈夫なのよね?」


「最初からお前の管理にすると言って渡してある、汚すな」


 ゴーシェは舟から荷物を取り出すと背負い、砂丘を登り始めた。

 眺めると一面の、砂。

 舟は捨てていくしかあるまい、遠くに緑の地平が見え隠れしている。


「あれが伯爵領か、徒歩で一日といったところだな、厄介者のこの女を連れてどう進むか……」


「ねえ、ゴーシェ! 伯爵領へ行くの?」


 オルランダは砂丘を登ってきた。


「行くしかあるまい、もう伯爵領でしか補給ができん。貴族だろうがなんだろうが絞め上げて物資を吐き出させる」


「相変わらず乱暴なんだから……って!?」


「どうした」


 先に異変に気づいたのはオルランダだった。


「砂丘の下! 人が倒れてる!!」


「なんだと!?」

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