神の右手
「待て、オルランダ達はどこだ!?」
ゴーシェはずんぐりした男に訊ねた。
「オルランダ? お前の仲間たちの一人か」
「そうだ、金髪の女――」
そこまでゴーシェが言うと男の顔色が変わった。
「女だと!?」
「それがどうした? 何か不都合でもあるのか」
「南の騎士団領は女人禁制だ、出て行ってもらおう……畜生、あの餓鬼だな? 男装していたな?」
「ちょっと待て、女人禁制は解ったが、いきなり追い出すこたぁねえだろうだろうが!」
「規律は守られねばならん、女性の存在は意識しなくても団に悪影響を与えるものだ」
「ここは寺かよ!」
「かつてはテンプル騎士団と呼ばれていた伝統を誇る騎士団よ」
「フン、寺というか宗教結社か……」
「よく分かっているではないか、そこまで察せるなら女人禁制の話も納得できよう?」
「できねえがな、アンタはさっきから何者なんだ?」
「小生は副団長のヘクトール・エイザー。お前こそ何者だ?」
ゴーシェは本名を言うのを憚った。
ここで自らをアルテラ・イーサー=ゴットフリト・デュランダー・カスパルと名乗るのは簡単だったが、あまりに影響が大きいと思ったのだ。
肝心なことは黙っていた方がよい。
「ゴーシェだ」
「ただのゴーシェか?」
「そうだ」
「我々は身分を気にしない、お前が奴隷であろうと貴族であろうと待遇は変えない。天は人の上に人を作らず、身分など最も莫迦ばかしい」
「我々の仲間に同じことを言った男がいる」
ゴーシェはベッドからヘクトールの目を見た。
ヘクトールは愉快そうに笑みを浮かべた。
「騎士団はどちらかというと結社としての性格が強いな? なにかの思想に共鳴した者たちが集まって結成されたとかそういったものだろう? 違うか、ヘクトール」
「まさにそうだ。ゴーシェよそれが今は連綿と続いているのだ。小生は貴殿を歓迎したい、しかし仲間の女人は別問題だ」
「ではどうするんだ? 女は野に放逐するのか?」
するとヘクトールはばつが悪そうな表情になった。
図星なのだろう。
「――今は別のところに居る我々の仲間を含めて、お前たちのトップと交渉させてくれはしないか?」
「随分と尊大な願いだな、ゴーシェ。それを騎士団が素直に聞くとでも?」
「騎士団は交渉の余地があると、今までの話で感じたからに過ぎない。それともテンプル騎士団の末裔は野蛮人の集まりなのか?」
するとヘクトールは急に笑い出した。
その様をゴーシェは黙って見ていた。
「如何にも! 如何にも野蛮であった、ゴーシェ。団長との交渉、小生が持ちかけてみよう、ただ団長は多忙故夜になってしまうがよいかな?」
「オルランダが無事なら構わない」
「金髪の女だな、良かろう交渉するまではここに留めるよう便宜を図ろう」
ゴーシェは包帯に包まれた上半身を擦った。
不思議と痛みは無かった。
「ところでオレはオベールの島で、もう少しで腕を切り取られる寸前まで傷を受けたんだが、両手は問題なく動く。これはどんな技術でオレを癒したのだ」
「騎士団には神の右手が伝承されている」
「なんだと――!?」
「ゴーシェ、もう考えることは止めろ。お前には休息が必要だ。小生はもう行く夜まで眠っていろ」
そう言うとヘクトールは出て行った。
ゴーシェはベッドに横になった。
横を見ると、サイドテーブルに液体の入った硝子の水差しと、コップ。何かの果物が置いてあった。
これについてヘクトールは何一つ言及しなかったが、おそらく飲み水と食べ物なのだろう。
オベールの島を出てから何日経ったか判らないが、何も口にしてないことに気が付いた。
とりあえずゴーシェは水差しの液体をコップに注いで飲んだ。
やや塩味のある水といった味はどうやら、騎士団が神の右手に精通していることを窺わせた。
塩は電解質だ――そう、ゴーシェは直観した。
次に果実を齧ったがこれは甘い味がした、こちらは糖分のようだ。
やはり騎士団はただものではない。
ゴーシェは食事を終えると、再びベッドに横になった。
興味はあったがこの包帯を変えに誰かが解くまで、傷を見る気にはなれなかった。
目を閉じるとあの浜辺の事がまた思い出された。
赤い眸の少女。
あれはいったい誰だ? 年のころは十五、六歳。
夢の中でも香水の好い匂いがした。
一度は彼女をオルランダと間違えた、しかしはっきりと別人だったし、彼女はどこか自分と似ていた。
否、似過ぎているのだ。
自分と同じ赤い目、それも同じように吊り上って。
自分の乳兄弟はアルテラ25世とシグムンドしか居ないと思っていたし、アルチュールもそう言っていたが、案外違うのかも知れない……
そんなことをつらつらと考えるうちにゴーシェは、今度は夢など見ない深い眠りに落ちていくのであった。




