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薔薇の復讐  作者: 雀ヶ森 惠
8.奴隷王オベール
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浜辺の少女

 どこか暗い空間を揺蕩(たゆた)っている。

 瞼の上にひんやりした感覚があった、誰かの手だ。

――オルランダ?

 違う。

 この未知の女は誰だ?

 手は瞼から額へ移動しゴーシェの前髪を掻き上げた。

 目を開けようとするがあまりに瞼は重く開きそうにない。

 ただ、とても好い香りがする。 


 再び女の手は瞼に落とされた。

「私を見るな」という合図だ。

 だが次の瞬間、女はゴーシェの額に接吻けた。

 喉元に柔らかな胸が当たる。


 ひどく喉の渇きを感じてゴーシェは浜辺に居ることに気付く。



※※※



「オベールに頼んだゴットフリトの殺害は失敗した」


 鈴の鳴る様な声が物騒な結果を述べた。

 ごうごうと暗雲が塔を、王宮を覆っていた。


「ゴットフリトはまだ生きている、しかしひどい怪我を負ってはいるが……」


巫子(いちこ)ってのはそこまで見えるのかい? そんな怪我を負ったならもうお仕舞じゃないのか?」


 塔の部屋で勝手に寛いで、紅茶まで飲んでいたシグムンドは窓から外を見ているジラルディンに話しかけた。

 だが彼女は窓から吹き込む強い風に髪とその飾りを揺らしながら、無言で応える。


「オベールには処罰を下すのか?」


「まさか? 彼は有能な部下を失った。不確定分子に拠って」


「不確定分子?」


「ゴットフリトの仲間……なのかな、よくわからない男だサーラム(金髪の民)の」


 そこまで言うとジラルディンは窓を閉じてしまった。

 風が止んで結い上げた黒い絹糸のような髪が乱れて白い頬に幾は筋も絡んでいた。

 それを左手を使って、自らの薔薇を模した飾りの櫛で直してゆく。


「髪なんて侍女に直させれば良いのに……」


「いいか? 世の中は右利き用に出来ている、私は左利きだ――父上もここの家庭教師も矯正しようとしたが、皆失敗した」


「それは貴女のためを思ってのことでは?」


 だがジラルディンはそれには応えず、朱を塗った唇を開いた。


「今日は海が見えない、曇っていて塔から海は見えない」


「海が見たいのかい? お姫様」


「海の見えない日は、海がない」


「意味深なことを言うのが好きだねえ……」


「別に好きじゃない、それに私はお姫様じゃない」


「どこからどう見てもお姫様だよ、ジラルディン」


「………………」


 この姫君は強制されてドレスに化粧という訳でもないのに、妙に女扱いを嫌がる節があるからシグムンドも扱いには難儀している面もあった。


「紅茶、ご馳走様。俺はもうここから退散するよ、あとは一人でごゆっくり」


 カップをテーブルに置いてシグムンドは慇懃無礼に出て行くと、ジラルディンは塔の室内に残された。

 彼女はごろり、と子供用の寝台に転がる。


 目を閉じなくても()()は見えた。

 ゴットフリトは燭台の灯りで手術を受けていた。

 こんな技術を持っている集団は何処だ?

 考えても分からないから、眼前の光景をジラルディンは眺め続ける。

 血管を縫い合わせ、切れた神経も再生させる。

 王国にはない技術だ。

 これは失われた技術(ロストテクノロジー)、神の右手に相違いない、彼女は確信した。

 神の右手には失われた医学や化学も含まれるからだ。

 彼等がゴットフリトを助ける理由とは何だ? 義侠心だけではあるまい。

 何か目的がある筈だ。

 

 此の()()()()()の、騎士団領の騎士たちには……!



※※※



 ゴーシェは再びあの浜辺に居た。

 最早オルランダではない、先ほどまで己の髪を撫でていた女を誰何しないわけにはいかなかった。

 だがこの夢の中でも声は出ない、だから後姿の彼女をゴーシェは強引に引き留めた。

 ふわりと好い匂いがした。

 細い肩を掴むと、彼女は驚いたようだがようやく振り返る。

 そこには――

 そこには自分によく似た赤い眸の印象的な、美しい少女がいた。

 オルランダにはない凛々しい美貌、だがどこかこの少女を自分は知っている気がしてならなかった。

 少女の蕾のような唇がなにか言の葉を紡ごうとする。


 そこで目が覚めた。


「……あ」


 ゴーシェは自分が清潔なベッドに寝かされていることに気付いた。

 傍らの窓からは午後の光が柔らかく注しこんでいる。

 自分は、確かオベールの城でペルジャーに両肩を刻まれて大怪我を追ったことは覚えていた。

 遂に浜辺の女の、少女の顔を見たことも――

 腕をシーツから上げて手を握ったり開いたりしてみるが、異常はない。

 自分は助かったのか……あの出血の中でどうやって?

 そして奇妙な鉄格子のなかの泉のおぼろげな記憶――あれは何だ。


 ゆっくりと身を起こすと、裸の上半身に包帯が巻かれている。

 下半身は……ズボンは穿いていた。

 なのでベッドから起き上がり立ち上がろうとしたそのとき――


「若造、まだ起きん方が良い、傷が塞がってない」


 全く気配を感じなかったが、ゴーシェの寝ていた部屋には見張りが居たのである!

 急いで部屋のドアの方を見遣ると、皮鎧に長剣を佩いたずんぐりとした男が立っていた。


「アンタは……!?」


「さあ? 古井戸の中から出てきたお前さんたちを助けたんだ。アンタ呼ばわりもないだろう」


「古井戸……? どういうことだ? オレはオベールの島で――」


「オベール。そんな名前は知らんな」


 男がとぼけているのではないことは居住まいから、判ってはいた。

 ではここはどこでオルランダ達は何処へ行ったというのだろうか?

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