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薔薇の復讐  作者: 雀ヶ森 惠
1.賢者ボージェスの庵
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デュランダー・カスパル

「いいわよ」


 そう言ってオルランダは廊下に立っていたゴーシェに告げた。

 果たしてゴーシェが入室すると、そこには少年用の旅装束に身を包んだオルランダがいた。

 小柄な背丈と相まって緩やかな弧を描く金髪がなければ、本物の少年のようだ。


「髪はどうやって隠すつもりだ」


「砂漠に出たら何か布を巻くわよ、まるっきり男の子になっちゃったわ」


「それくらいで丁度いい、さっきの賊みたいのに襲われてもいいのか」


 そう言われてオルランダは怖気が立った。


「奴らがわざわざ残してくれた証拠の懐剣を取りに行くぞ」


 ゴーシェは再び今は亡きボージェスの部屋に立ち入った。

 先ほどボージェスの亡骸を弔った時に引き抜いた懐剣を取るとぼろ布で血を拭った。

 真鍮の柄に象嵌されているのは、狼とその乳を吸う人間の子供の意匠。

 ゴーシェの鋭い眼がさらに鋭くその意匠を見た。


「デュランダー・カスパル――賊は確かにオレをそう呼んだ。しかしオレは生まれてこの方ボージェスからでさえも、そんな名前で呼ばれたことはない。オレの出生は知らない。そうボージェスは言っていた、しかし……」


 ゴーシェは目を閉じた。


「この名は両方とも名前だ、苗字じゃない。オレはただのゴーシェではなかった、ただこの名を名乗るのは危険だ。なぜならお尋ね者のようだからな、オルランダ」


「わたしは偉い人の名前なんて知らないから、なんて言っていいかわからないけれど確かにあの傭兵たちが殺すって言ってたわ、その、デュランダー・カスパルを」


「いずれ相応しいときが来れば名乗るのだろうそれまではお前との秘密だ、そうとなればここに用はない。王都なり賊のアジトなり、なんなり乗り込んでやる」


「待ってボージェスは埋葬しないの?」


「……葬儀を上げたいところだがいつ連中が戻ってくるかわからない、しかも証拠と言わんばかりに残した懐剣までの無くなってるとあれば、オレの関与を疑うのは必定、いつまでもここにいるのは危険だ」


「随分と冷静ね、育ての親を殺されたのに」


「連中が本当に狙っていたもの、それはどういうわけかオレの命だ。今は多勢に無勢、一旦身を引くしかあるまい? オレも心苦しいんだ――」


 そう言ってゴーシェは目を閉じたが直ぐに鋭い眼を開いて言った。


「感傷に浸っている暇はない、行くぞ!」


「待って、この隠れ家を出てどこへ向かうつもり?」


「王都に決まってるだろう、もうじき夜だ。出るなら舟がもう一艘あるから今のうちだぞ」


 そう言ってゴーシェは自室で何か探し始めた。


「何してるの?」


「男の着替えに興味があるのか? ないなら今度はお前が出ていけ、オルランダ」


 急いでオルランダは退室しドアを閉めた。


 そして廊下に放り出されて先ほど渡された分厚い本を眺めた。


 うぐ、難しそう……私に字なんて覚えられるのかな?

 ゴーシェは一日一文字づつ覚えろと言った。

 王国で使われている文字は50文字、昔はもっと多かったと聞くけど……

 うん、50日あれば覚えられる計算よね、だいじょうぶ、大丈夫。


 急にドアが開いてゴーシェが出てきた。

 先ほど船頭と間違えた普段着とは打って変わって、これまた旅人風の風体だ。

 腰帯にさっきの傭兵連中がグラムと呼んだ剣と、どこから合う鞘を見つけたのか、先ほどの懐剣を吊るしている。


「その剣、堂々と持っていて安全なの?」


「知るか、何かあった場合は自分でなんとかする」


「さっきの二人組に手も足も出なかったくせに!」


「この剣が何なのか堂々と持っていれば自ずと賊の目的も解るだろう」


「あなたちょっと、不用心すぎるわよっ」


「どこがだ、もう行くぞ」


 そう言うとゴーシェはランプを片手に出口へ向かって歩きはじめてしまった。オルランダは追うのがやっとだ。



 ゴーシェが出口の扉を開けると、確かに夜だった。さっき来た方と逆へ回ると桟橋があるのが見えた、彼の言うとおり確かにもう一艘の舟が係留されている。


「確かに昼間は桟橋も舟も目立たないわね」


「砂に隠れてるからな」


 二人はそっと舟に乗り込んだ、また夜霧が出ている。

 最後にゴーシェがロープを外すと舟は滑り出した。


「王都はここの北だった筈だ、北極星を目安に進めばよい」


「そうなの? ホッキョクセイなんて初めて聞いたわ」


「こういうことは一々説明してやる係が必要だな、オレじゃなく」


「何よ! その日暮らしで字も習わなかったのよ! 知らなくて当然じゃない!」


 だがゴーシェは黙って櫂を操りながら何か考え込んでいるようであった。


「ゴーシェ?」


 オルランダが声をかけるとようやく彼は振り返った。


「おい」


「どうしたのよ」


「悪い知らせだ。オレ達は流されている」


「なんですって!?」 

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