王の男
ペルジャーと名乗る斥候に一行は案内されるまま、翁たちの集落を離れ夜道を歩きはじめた。
別れ際、翁たちはペルジャーを見ると畏怖しているようであった。
何故であろうか?
何の灯りもないのにこの男の行動には迷いがない。
まるで島を知り尽くしているかのように。
「この島は狭いようで広いのです」
男は不思議なことを口にした。
「アンタはオベール王とやらの腹心なのか?」
ゴーシェの不躾な問いにもペルジャーは動じない。
「そうです、奴隷だったわたしを王は救ってくださいました」
「奴隷が奴隷を救うか、身分などここではなき物のようだ」
アルチュールが言うと、ゴーシェはすかさず反応した。
「今さら何を? 解りきったことだろうが」
夜の山道は暗く、曲がりくねっていたがペルジャーは灯りもなしにそこを的確に進んだ。
オルランダなど付いてくるのがやっとだが、岩場を登るようなことはなかったし元より男装のため、行動には困らなかった。
二時間ほど山を登っただろうか? 不意に斥候は足を停めた。
「どうしました?」
「今宵はもう遅い、そちらのご婦人と少年の体力も考えてこの辺りで野宿でもしましょう。うってつけの沢がある」
ダオレの問いにペルジャーはそう答えた。
やがて焚火の火がぱちぱちと爆ぜ、沢の水を飲み男の持ち込んだ保存食が回された。
島に入ってからというもの、一行が満足な物を口にしたのはこれが初めてだった。
沢では淡水魚が獲れるようだったが、誰も道具を持ち合わせていない。
「オレが魚獲り名人だと思ってるだろ? 残念。素手ではとれねえな」
ゴーシェはそう嘯いた。
オルランダとセシルは、疲れと先ほどの戦いを見た精神的な疲労で直ぐに眠ってしまっていた。
残った五人とペルジャーのなかで一番に口を開いたのは、意外にもミーファスであった。
「先ほど翁たちとのやり取りは全て聞かせて貰った、わたしからペルジャーどのに二、三質問がある」
「貴方は……確か汎神論者の首魁、ミーファスといいましたね? 答えられることなら何なりと」
「では早速質問させてもらおう、如何にしてオベールは此処の王になった?」
「おい! オレの替わりに質問してんじゃねえよ」
「良いだろうゴーシェ、誰もが疑問に思っていることだ。それを代表してミーファスは聞いているのだぞ」
アルチュールは窘めたが、ゴーシェは憤懣やるかたない態度だ。
「それはわたしにもわかりませんね、わたしが島に流れ着いたとき既に王は王でした」
「ではそれを知る者はないと?」
「王に直接訊いてみては如何でしょう、教えてくださるとは限りませんが」
「………………」
「まだ質問があるのでしょう? どうぞお聞きください。わたしに答えられることならば」
「じゃあ、オレが聞こう」
「どうぞ、ゴットフリト様」
「チッ、本名の方を知ってるのか……まあオレをさっきデュランダー・カスパルと呼んだしな、で薔薇とは何なんだ?」
「薔薇なら王のご友人ですよ」
「ほう? あの翁たちは王は薔薇のために王となった、そう噂されていると言っていたがその薔薇とは人物だったか」
「あの老骨たちが? それは興味深い!」
ゴーシェの返答に焚火越しのペルジャーの目は爛々と輝いた。
そのことが愉快で仕方がない、といった具合に。
「なるほど、王と薔薇はただならぬ仲の様子だ」
ミーファスは口の中で呟いたが、ペルジャーはそれを聞き逃さなかった。
「わたしは知りませんぬ。それも王に直接訊くしかありませんな、王が答えるかは別として」
「どうやら我々は王が答えにくいことばかりを、知りたがってる様子だな……」
「そうとも限りません、アルチュールどの。王の機嫌次第でいくらでも答えて頂けるかと」
まるでオベール王は気分屋であるかのように、ペルジャーは語った。
「他に聞きたいことはありませんか?」
「何を聞いても王に直接、だろ。もういいオレは寝る」
そう言うとゴーシェは皆に背を向けて横になってしまった。
残った面子は気まずそうになったが、アルチュールはペルジャーに非礼を詫びた。
「済まないな、ゴーシェは短気な男で……」
「いえ、わたしの知っているアルテラ王とは似ても付きませんよ」
「それは現在の、アルテラ25世か?」
「そうです、彼はまだほんの子供ですし異母兄であるゴットフリトさまが居られるなら、彼の方が王に相応しい」
「………………! 貴殿は王家についてどこまで知っているのだ?」
「すべてオベール王からの伝聞に過ぎませんよ。さ、わたしももう横になることとしましょう、おやすみなさい」
そう言うなりペルジャーも横になり、それきり黙りこくってしまった。
仕方なく残る一行も固い岩肌に横になった。
その晩ゴーシェは奇妙な夢を視る。
また、あの浜辺だった。
そこには人影があった、それはオルランダが着ていたあのぶかぶかの豪華なガウンをぴったりと着こなした、しかしオルランダではない女の後姿であった。
彼女は黒髪で背が高くほっそりと痩せていた。
ふわりと、好い匂いがする。
ゴーシェは彼女に雷に打たれたような衝撃を受けた。
「お前が薔薇か?」
そう誰何しようとしたが、ゴーシェは声が出なかった。
「んもう、いつまで寝てるのよ。皆、出立の用意はできてるわよ?」
そう、オルランダにどやされてゴーシェは目を覚ましたが、その夢の残滓から気のない返事を吐き出すばかりなのであった。




