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薔薇の復讐  作者: 雀ヶ森 惠
7.まぼろしの海
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少年と父王

 ジラルディンが塔の採光の鎧戸を開けると、一斉に鳩たちが飛び込んで彼女の結い上げた黒い髪を乱した。

 陽の光がまぶしく彼女は赤い眸を細める。

 皮手袋を嵌めた右手を差し出すと一羽の鳩がそこへ飛び乗った。

 鱗の脚には手紙が括りつけてある。

 彼女がそれを読もうと左手を伸ばすと――


「誰からだい、ジラルディン」


 いつの間にか戸口に立つシグムンドが彼女を視ていた。

 ふむ、今日のジラルディンは黒地に赤い花柄のドレスだ、髪飾りも赤、よく似合っている。


「誰でもないよ」


 そう鈴の鳴る様な声で言って彼女は鳩たちを追い払った。

 ばさばさと音を立てて鳩は一斉に羽ばたき、彼らは塔を出て行った。

 白や灰色の羽だけが数枚ひらひら舞い踊っている。

 ジラルディンは右手の手袋を外すと玩具箱へ乱雑に投げた。


「ははん、さては見られて困る相手だな? 誰だい? 俺以外に恋人が?」


「さあね、恋人? そんな相手私に居るとでも?」


「じゃああれだ、この間呼んだ歌劇の歌手だろう、君が大好きな――君は雄々しい所もあるがそういうロマンス調の歌曲が大好きだからね」


「………………」


「そう怖い顔で睨むんじゃない、綺麗な顔が台無しだぞ」


 ジラルディンはもう諦めたような態度でシグムンドに言った。


「今日も()()()()()かい、私に調べさせたいことがあると?」


「その通りだ。狂気の山脈に立ち入ってきちんとゴットフリトが、ちゃんとのたれ死んだかどうかね」


「残念ながらその問いに関しては答えは、否だ」


「なんだって!?」


 シグムンドは弟の探索がまだ終わっていないことに衝撃を受けていた。


「ではどこに居る、あの忌々しいゴットフリト一行は?」


サーラム(金髪の民)と合流してるな、そして奴らの軍港へ着いた所だ面倒くさくなってきたぞ」


「どういうことだ!?」


 だがジラルディンはシグムンドの怒号が、だんだん遠くに聞こえる気がしてならなくなってきていた。

なんだ、この感覚は――?


「どうしたジラルディン、ぼんやりして?」


「あ……」


 ぼんやりしている? そんなつもりは全くないのに。


「どうした、宙を見つめて」



「あ……」


 私はきちんとシグムンドを見ている筈だ、それがどうしたのだ?


 だがそれきりジラルディンは、びくびくと部分的に痙攣すると床に倒れ意識を失った。


「ジラルディン……!!」


 シグムンドの声がひどく遠くに木霊していった。




※※※




 その光景の中では、()()()()()()()()()()が父親と共に馬に乗って海岸を走っていた。

 少年はまだ六歳くらいで父の懐にちょこんと乗っていた。


――どうだ、偶には城を抜け出して早駆けも良いだろう。


 ()()は少年に呼びかけた。

 少年はそれに応えようとしたが声が出なかった。

 王はだが勝手に話し続ける。


――平素侵略に晒される吾が国土の秘められた海岸線を、馬で駆けるのは最高の贅沢。そうであろう?


 だが少年には何が贅沢なのかよくわからない。

 ただ父と共に馬で浜を駆けれることが楽しくて、そればかりが嬉しかった。


 やがて馬が歩を止めると、父は少年をそっと砂浜へと降ろしてくれた。


――これが海だ、このはるか向こうには様々な夷狄や怪魔がいるという、またサーラム(金髪の民)たちと長き世に渡って戦い続けているのだ。


 少年は想像力のあらん限り水平線を眺めた。

 そこには見えるけれど見えないものが見えるのであった。


――さあ、朝食の時間だ。あまり遅いとマルグリットが文句を言う、お前を勝手に連れ出したりしたからな。


 そう言うと父は少年を再び抱き上げて馬に乗せた。

 そして彼はそのまま眠ってしまった。


 それは幸福な夢、それはもう返らない夢。

 あの少年はもうこの世界のどこにも居なかった。




 夜半、ベッドでガウン姿で眼を覚ましたジラルディンはサイドテーブルに花瓶が置かれていることに気が付いた。そこには昼間髪飾りにしていた、赤い花が生けられてる。


「シグムンドの仕業か……」


 このまま私はシグムンドの妻になるのか……

 もう年齢的に見ても自分は十六歳、今年が限度だった。

 母親になるなどまっぴら御免だ、でもどうしようもない。


 ゴットフリトの進撃は止まらないだろう、それはシグムンドも理解しているのではないか。

 そしていずれここで会いまみえる、そんな気がしてならなかった。

 彼は私を視てどんな反応を示すのか?

 今の自分はきっと、哀れな女であると……


 それよりも裸足でジラルディンは再びあの鎧戸へと近寄った。

 そこを開くがもう鳩は居ない、無理もない鳥は夜は(めしい)なのだから。

 手紙は今日は読めず終いであった。

 また、あの鳩が来る保証はないのだ。

 満天の星々が彼女を照らし出していた。

 ガウンを着ているがひどく風がつめたく、身を切った。

 だがいい、それでいいのだ。


 何よりもジラルディンが畏れていること、

 それは始まったばかりの冬が終わってしまうことであったから――

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