オルランド
どこかで金属の奏でる音色が聞こえた。
それはどこかで聴いたことがあったがオルランダにはおぼろげ過ぎて思い出せるものではなかった。
オルランダが目を覚ますとそこはふかふかのベッドで、己の黄金の髪が枕に糸のように筋をいくつも引いているのが見えた。
ゴーシェは!? アルチュールは!? ダオレは!? セシルは!? みんなどうなったの!!?
掛けられていた毛布をはねのけてオルランダは起き上った。
部屋は暗かったが豪華な作りで海図が貼られ、如何にも船長の自室といった感じの作りだ、彼女はそれに気づいてはいなかったが。
そして部屋には誰かいた。
「誰!? わたしを助けたのね? ここは何処なの? わたしの四人の仲間は?」
そこには重そうな船長服を着込んだ中背の若い男が立っていた。
きらきら光る長めの金髪を革紐で一つに括っている。
「質問は一つ一つして貰おうか、俺は聖人ではないのだ一遍に答えることはできない」
艶のあるバリトンがそう答えた。
遂に男は振り返った。
その容貌にオルランダは大層驚いた。
あまりに、あまりにもこの男自分に似過ぎているのだ。
自分が男だったらこんな具合であろうというほどには、この船長服の男はオルランダに似通っていた。
だが彼女の驚きを余所に男は話を続けた。
「確かに俺はお前を助けた。お前の四人の仲間と思しき男たちもな」
「それで……ゴーシェたちは何処に居るの!?」
「ほうあの男たちの一人はゴーシェというのか……連中は牢だ」
「牢ですって!?」
「お前たちは招かれざる客だ!」
「じゃあ、わたしも牢に入れなさいよ!」
「………………」
「一人だけこんな扱いを受けて不本意だわ!」
「……それには理由がある」
「何かしら? あなたとわたしが似ているから?」
「違う! それは今言うべきことではない、兎に角だ――もう一つお前の問いに答えよう、ここは俺の船ベテルギウス号」
「噂の私掠船ね、浜の子供が言ってた通りだわ」
「あのな、女。あまり俺を怒らせるなよ……」
「で、貴方は誰なの? ベテルギウスの船長? 随分と若い気もするけれど……」
「俺の名はオルランドだ。してお前は何という女?」
その返答を聞いてオルランダは頭が真っ白になった。
そして足元に崩れ落ち、再び気を失う事となった。
※※※
「おとうさん……」
オルランダが声をかけても父は無言のままだった。
薄明かりの中……貧民屈のここはオルランダの家。
「おとうさん……」
再度声を掛けるが父は無言のまま背中だけを見せている。
今となってはわからないが、オルランダに父などいただろうか?
確かに彼女を育てた母はいた。
「父は出て行ったのよ」そう聞かされて、
「おとうさん……」
「オルランド!」
そこでオルランダは目を覚ました。
再びあのふかふかのベッドの上であった。
あのオルランドという男が運んだに相違なかった。
部屋を見回すがもう誰も居なかった。
オルランド。どういう事だろう? 顔もそっくり、名前もそっくり、あの青年は何者なのか?
それはオルランダにとって、この私掠船の船長以上のなにかであることは間違いなかった。
そう言えばベッドのサイドテーブルにタオルと着替えらしき服が用意されていた。
身体が潮でべたべただったから丁度良い。
オルランダは部屋が無人であることと、施錠されていることを確認すると着替えはじめた。
途中服を脱いだ時に痩せた体に付いた塩をタオルで拭った。
着替えは女物の絹の上等な寝間着とガウンですっかり着替え終わると、それなりに見えるから不思議だ。
以前は己の金髪を恥じていたのだが、あのフェリやオルランドの金髪を見て何がおかしいものかと、やっと思えるようになったのである。
着替え終わると同時に施錠した部屋をノックする音が聞こえた。
「俺だ、オルランドだ入ってもいいか?」
特に断る理由も無かったのでオルランダは彼の入室を許可した。
「失礼する」
なんだかオルランダはこの男と一緒だと居心地が悪かった、胸の中がざわざわする感じがして。
「一つ訊きたい」
オルランダは頷いた。
「何故俺の名前を聞いて倒れた?」
「それは……」
「それはなんだ?」
「私の名前が、オルランダだから……」
「ふむ、奇妙なこともあるものだな」
そしてオルランドは懐から銀色に輝く函を取り出した。
「それは!」
「そう、お前が持っていた函だそしてこの発条は油を注せば簡単に動くのだ。この通り――」
サギリキユル ミナトエノ フネニシロシ アサノシモ
銀の函がゴーシェの唄っていた歌を奏でたので、オルランダは飛び上るほど驚いた。
「だって、だってそれはアルチュールさまの屋敷に捨ててあった函よ!? どうして?」
「俺は事情を知らん、ただこの函は預かる」
そう言うと無情にもオルランドは踵を返して出て行った。
一人残されたオルランダはどうすることもできず、途方に暮れるしかなかったのである。




