まぼろしの船の民
その夜アルガンとフェリの小屋に泊まった一行の間では彼らと長く話し合が持たれる事となった――
「アルガン老、さて外海の果てには何があるのですか?」
単刀直入なアルチュールの問いにアルガンは言葉を濁した。
「わからぬ……我々は代々この入り江で魚を漁って生きてきた者、遠くまで行ったことは誰一人としてないのだ」
「では、フェリの両親は?」
「漁に出て嵐に巻き込まれて遺骸すら上がってこぬ、もうフェリしかこの浜にはおらぬのだ……」
アルガンは苦渋に満ちた表情で答えた。
「あなた方の民族とぼくとオルランダは容姿が似通っています、これはどういうことでしょう?」
「ううむ、稀に現れるまぼろしの船に我々と同じ容姿の民族が乗り組んでいたとの噂はあった、しかしそれはあくまでも噂だ」
「まぼろしの船の民族……」
オルランダは溜息をついた。
自らの出自が判りそうでまたどこかに掻き消えてしまいそうだったからである。
「しかしアルガンさん、ぼくやオルランダとあなた方は同じ民族の末裔かも知れません」
「………………」
だがそれきりアルガンは黙りこくってしまった。
それに対して余計なことを言ったのはフェリだった。
「でもさあ、じいちゃん対岸があるだとか、海賊がいるだとか本当は色々噂があるじゃんか」
「フェリ……!」
「何も知らぬ客人に余計なことを吹き込むではない! 全て憶測に過ぎぬではないか!!」
「カイゾク? それは一体なんだ?」
アルチュールは問い質すがアルガンは答えなかった、替わりに口を開いたのはゴーシェであった。
「海賊とはオレが本で読んだところによると海の無法者さ、他の船から略奪をしたり身代金を取ったりする連中のことだ」
「要は山賊のもっと性質の悪い連中の海版といったところか」
「そう考えて差し支えない、フェリ。そんな連中の噂を耳にしたんだな?」
「そうだよ! だってじちゃんから聞いたんだから」
それを聞くなりアルチュールは再びアルガンに向き直った。
「アルガン老、本当のことを言ってください。なぜあなたは色々隠しているのです?」
「隠しているのではない、ただ知らない方が良いことは言わない主義なだけだ」
「対岸もあるのですね?」
「………………」
そう問い詰められるとアルガンは再び、今度こそ黙りこくった。
これ以上アルガンを問い詰めても貝のように口を噤んだままであろう。
もう、無駄であった。
「フェリ、明日舟を借りられるか?」
「構わないけれど、明日は時化るかも……」
「シケ?」
アルチュールが一々質問するので、ゴーシェはげんなりしてきた。
「海が荒れるということだ」
深夜、アルガンの小屋で一行は寝ることになったが、オルランダは翁の話していたまぼろしの船の民族について想いを巡らせていた。
――わたしはあの母さんの本当の子供なのだろうか?
その異民族の末裔ではないのではないか?
ではなぜ、がらくたの都に居たのか?
わたしはいったい誰なの?
なぜ、不思議な力が使えるの?
遂にオルランダは小屋の外に出た。
フェリの言うとおり夜空は雲行きが怪しかった。
夜風がオルランダの男装を揺らす。
「眠れないんですか、オルランダ」
声をかけたのはダオレであった。
「ダオレ……あなたも眠れないの……」
「なにかぼくたちの事を色々言われていましたね」
「わたし、本当は誰なのかな……」
「オルランダ……さん、」
「先ずみんなと外見が違って、変な力が使えて……それって怖い事じゃない!!?」
「それは、ぼくには分かりません」
「わたしは怖いわ、どうしていいのか分からなくて」
「………………」
「わたしは母さんの子供じゃないの!?」
「……ぼくは記憶自体がありませんから、母親のことも含めてまるっきり分からないのです。ですからあなたの不安に応えることができなくて申し訳ないです」
そう言うとダオレはそっとオルランダを、まるで壊れ物のように抱きしめた。
「ごめんなさい……!」
しかし直ぐにダオレは身を離すと、また小屋に戻って行った。
「ダオレ、あなた……」
暗雲がごうごうと音を立てながら夜空を埋め尽くして行く。
星々は暗黒に呑まれていった。
翌朝。
アルガンの小屋の前に一艘の船が係留されていた。
五人で乗るには少々手狭だが――そしてアルガン本人の姿は朝には無かった。
「じいちゃんが沖に漁に出ていた時の船だ、魚を沢山積めるぞ。でもお前たち全員乗ったら狭いだろうなー」
フェリは呑気に言うがこれで沖を目指すしかなかった。
「チッ、船頭はオレの役目、しかも昨晩言った通りに時化てきやがった……」
ゴーシェはそう毒づくが仕方なく櫂を握る。
「さあ、乗れ、これで新天地を目指すしかねえんだ。対岸は必ずある!」
オルランダとセシルを乗せアルチュールとダオレが船を押すと最後にゴーシェが乗り込んだ。
「わたしたち、どうなってしまうの……」
風の中オルランダは呟いた。
沖には暗雲が垂れ込めている、まるでこれからの一行の運命を示すかのように――




