海辺の少年フェリ
ここからしばらく誰も見たことのない、驚きで沢山の海が舞台になります。
全員が海へ到達するころにはとっくに午を回っていた。
「うむ、これが噂に聞きし『海』か、これまた雄大な……」
「アルチュールさんは知ってるんですか?」
「うむ、かつて『がらくたの都』から海に出る道があったと聞いたことがある」
「そうなんですか……」
ダオレは不思議そうに聞いていたが、その思考はセシルの声にかき消された。
「これ全部水ですか! 塩水! 信じられないですよ!!!」
「オイ、セシル! 誰がいるかも分からねえんだぞ、あんまり燥ぐんじゃねえ!」
「そうだよ、魚が逃げちまうじゃないか、折角ここで魚を獲ってるのに」
不意に聞こえた子供の声に一同は例外なく吃驚した。
「あ、貴方誰……?」
「あんたらあれかい? 『がらくたの都』から追放された連中か? おっとそこの金髪連中は違うようだがな」
こう言ったのは八歳くらいの少年で上半身裸、ひどく日焼けをしていたが、髪は色素が薄く眼は薄茶色をしていた。
「ほう『がらくたの都』を知っているか? 小僧何者だ?」
「何者でもない、おれは海の民だ。お前たち『生命なきものの王の国』とは無関係だ」
「益々怪しいな、その金髪と謂い我々の国を知っていると謂い」
そうしている間にも少年をアルチュール、ゴーシェ、ダオレが取り囲んだので少年は手をひらひら振って降参の意志を示した。
「勘忍してくれよ~大人三人で、おれみたいな子供似寄って集って卑怯とは思わないのか~?」
「では質問に答えるんだな、小僧先ず名前は?」
ゴーシェが凄んで見せると少年は答えた。
「おれはフェリ、この近くの小屋に住んでいる子倅だよ、毎日魚を獲ってるだけだ」
「そのフェリは何故『生命なきものの王の国』や『がらくたの都』を知っている?」
「偶にずーっと向こうから黒髪の連中が流れ着いてそいつらがそう言ってるって、じいちゃんが言ってたんだよ! 都落ちしたってな!」
「都落ち……だと?」
アルチュールは怪しからん、といった表情になった。
「ここの人たちはぼくのような金髪をしてるのですか? フェリ、君も金髪ですが」
「アンタ名前は?」
フェリはダオレをじっとりと眺めた。
「ぼくはダオレ、記憶喪失であなたたちの仲間かは判りませんよ」
ふーん、そうフェリは唸ったが次にオルランダをしげしげと見始めた。
「な、なによっ」
「女の人もいるんですね、しかも金髪だ」
「これは生まれつきよ、貴方たちと同じかはダオレと同じく不明だわ」
「もー、要領を得ない! この小僧じゃ話が通じませんよ!!!」
セシルが叫んだが全く持ってその通りだった。
「で、貴方がたの代表はだれです?」
そう、フェリは訊いてきた。
「アルチュール・ヴラド、元伯爵だ。私が代表を務めよう」
「アルチュール、勝手に……」
ゴーシェは言いよどむが、
「はい! 代表アルチュールさんね! では小屋に案内しますけど変なことしたらじいちゃんに銛で刺されかねませんからね?」
一行は海辺からほど近い原始的な小屋に案内された。
だが住んでいるのはフェリとその祖父らしき翁の二人だけの様である。
「じいちゃん、変な連中連れてきた!」
「フェリ、漁はどうしたのだ?」
「それより聞いてきいて! 金髪の奴が二人も!」
翁はところどころ白髪だったが、やはり金髪のようだった。
老いが見え隠れしていたが、元は逞しい海の民のようだ。
「わたしはアルガン、フェリの祖父だ。して旅人よ何用だ」
「私はアルチュール・ヴラド『生命なきものの国』の元伯爵にして一行の代表だ、何ら敵意はない。アルガン老よ、ここは何処なのだ? そしてそなたらは?」
アルチュールはそうこうしている間にどんどん話を進めてしまう。
ゴーシェが口を挟む暇もない程だ。
「ここは外海、海の民の入り江だ。それ以上のものではない」
「海の民……?」
「左様、そして金髪、褐色の眼の民族だ」
「……!」
アルガンの話を聞いてオルランダは酷く驚いた。
自分は突然変異などではなかった、この海の民と同民族なのだ……!
……それではダオレも?
「海の民はそなたら『生命なきものの国』の民とは全くの異民族だ、そして我々は平和に暮らしておる……」
「オレらの存在が災いでも呼び込むってぇのかよ?」
「アルガン老」
アルチュールは翁の眼を真っ直ぐに見て呼びかけた。
「このゴーシェは訳あって身分を隠してるが『生命なきものの国』の公子ゴットフリト・デュランダー・カスパルである。彼に免じて一夜の宿を呉れまいか?」
だがアルガンはにこりともせず答えた。
「宿を貸すのは構わない、ただこの者が『生命なきものの国』の公子であろうと我々には何ら関わりなきこと、好きにするがよい」
「………………」
こうして海辺の夜は始まった。




