血の証
今まで書いていて白々しく感じていた部分が作者的にやっと腑に落ちました。
読者の皆もやっとかよ! みたいな回なので安心してください
――なにやってんだ、オレは……!
唐突にオルランダの唇を奪ったことをゴーシェは深く後悔していた。
――ああ、これ以上放っておくと、オレはそれ以上のこともしてしまいそうだ、しばらく彼女と距離を置かなきゃなんねえ……
悶々とした悩みは頭の中を堂々巡りで、そんな解決しない答えしか導き出せなかった。
そして彼は焼き払われた村の中を当て所なく彷徨った。
そこに落ちていたのは今朝彼自身が、踏みつけた一輪の薔薇。
「なんでこんなところに薔薇が……」
拾い上げるとそれは枯れて風に舞い、花弁はいずこかへ散って行った。
この薔薇は燃えていない、では誰が何のために持ち込んだ?
「此処に居たか」
「アルチュール!」
先ほど怒って天幕を出て行ったきりのアルチュールその人が、ゴーシェの前に居た。
「何の用だ? そんなに失われた公子の話が気に入らないなら無視していればよいだろう」
「………………」
だがアルチュールは俯いてだんまりを決め込んだままだ。
「用がないなら呼び止めるな、オレは考え事がある」
「………………」
何故、この男は黙っているのだろう、沈黙ではわからないではないか。
「……いずれお前にもミーファス達にも言わねばなるまい」
アルチュールはやっと口を開いた。
「何をだ」
「いや今、私の口から言ってしまおう、デュランダー・カスパル」
「またその名か? それがどうした」
「本名を、アルテラ・イーサー・ゴットフリト・デュランダー・カスパル。ゴーシェお前の名前だ」
「!!?」
「お前こそが神託の公子、弟殺しを運命づけられた忌み児」
「何を言って、アルチュール!?」
「私は全てを最初から知っていた。おまえの養父とは恐らく失われた神々の神官だ、全てはシグムンド公子が弟であるお前を誘き寄せるために、お前を密かに育てていた養父をわざわざ殺害した」
「まて理解が追いつかない! つまりオレの兄弟はシグムンドとアルテラ25世だというのか!?」
「そうだ、しかもお前はシグムンドと違って嫡男、正当な王位継承者だ」
あまりのことにゴーシェは、ゴットフリトは呆然自失とした。
「嘘だ……オレは砂漠の学士、ボージェスの養子のゴーシェだ」
「残念ながらお前は公子ゴットフリト、だからこそシグムンドの手の者に命を狙われたのだ」
「ではどうすればいいのだ! お前たちの錦の御旗となって生きれば良いとでも謂うのか!」
「違う! これからも今までの仲間のゴーシェのままでいい。だが心に留め置けお前は弟殺しを宿命づけられた神託の公子だ!」
ゴーシェは目の前が真っ暗になり、それがぐるぐると廻りはじめた。
そして黒い髪を掻き毟るとこう言った。
「独りに、ひとりにさせてくれ……考える時間が必要だ……」
そして今度こそあてどなく廃村を彼は歩きはじめた。
取り残されたアルチュールは自らに言い聞かせるように、こう呟いた。
「いいのだ、これでいいのだ……もう黙っているなどできない、ゴーシェ。いやゴットフリト公子」
※※※
「オルランダどうしたのです? さっきから顔が赤いですよ?」
着替えを持って訪ねてきたダオレにも、オルランダはまともに対応することができなかった。
あまりにもゴーシェの口づけのショックが大きくて。
「なにがあったか解りませんが、これが着替えです。いつまでも下着のままではいられませんからね、サイズが合うのがなかなか無くて子供服でしかも男の子の服ですが――聞いてます?」
「あっ、はい……これを着ればいいのね」
まだ耳まで真っ赤になりながらオルランダは着替えを受け取った。
「じゃあぼくは出ていきますね、失礼しました」
そう言ってダオレが退室していくのを彼女はぼんやり見ていた。
放心していても仕方がないので、オルランダは受け取った服に着替えることにした。
身に着けてみると流石子供服というだけあって、サイズ的には問題ない。
しかし誰の子供時代の服なのだろう? 随分と豪奢なのだが。
それも貴族の子弟の服装だ。
オルランダは金髪を後ろに纏めてリボンで結った。
ますますそれは貴族の少年に見えた、明るすぎる髪の色を除けばだが。
そのまま外に出ると何やら考え事をしているアルチュールに遭遇した。
「アルチュール……どうしたの?」
「オルランダか、随分と男っぷりが上がったというか、旅には丁度いい格好だ」
「旅……?」
「私も詳しくはまだ聞いてないがここを出ると思うぞ。正規軍はそんなに生易しくない」
「ミーファス達が言っていたの?」
「いや、しかしおそらくそうなるだろう」
「私はもう一段落したら、ミーファス達と話すがお前も来るがいい」
「そうね、そうするわ」
二人は恐らく意識的にゴーシェの話題は避けていた。
今はその方がいい。
――一方でゴーシェは……
どうしようもない感情だけが彼を苛み、考えれば考えるほど膝はがくがくと震え、焦げた目抜き通りを巡ったが、答えは出ぬままやがて宵闇が焼き払われた村、ロシェを包んだ。
ゴットフリト。それが真の名前だというのか、教えてくれボージェス。
オレはどう生きれば良い? アンタなら知っている筈だ何もかも、何故死んだ?
今はひたすらシグムンド――あの眼鏡の男が憎かった。
慟哭、宵の明星。星々は無慈悲に廃村を巡った。




