焼き払われた村、ロシェ
今回の焼き払われた村の物語は、シリーズ収録の「購われた薔薇(https://ncode.syosetu.com/n9670fa/)」と関連性がありますので、参考までにリンクを掲載致します。
――わたしが神の左手を振るえば振るほど、生命と寿命を削る……
オルランダはベッドで毛布を被り胎児のように丸くなって、独り震えていた。
――しかし、わたしはゴーシェ達の役に立ちたい。
生命……わたしのそれが如何ほどのものだろう? 無価値なものじゃない、なら皆の役に立ちたい……
死ぬってどういうことだろう?
これまで死んでもおかしくなかったことだって何度かあった。
わたしはゴーシェのために、死ぬために生きる……それのなにが悪いの?
オルランダは独り決意した。
正規軍の焼き払った廃村は未だに焦げた臭いが漂っていた。
それは死の臭い、停止、退廃、腐敗の臭い――
「なぜあの仮面の騎士が歩いた後を焼き払ったんだ?」
ゴーシェはもっともな疑問をミーファスにぶつけた。
今は食事が終わって、仮住まいのテントに置かれたテーブルに一同が介していた。
「あの騎士と戦ったなら解ると思うが、妙な体液というか瘴気を放っていた筈だ」
「確かにアルチュールさんが素手で触れただけで、ひどく皮膚が爛れてしまうくらいでした……」
「あれは存在自体が毒のようなものだ、その蔓延を止めるには炎で焼き払うしかないのだ」
「まあ、よくあの騎士と戦闘を行って三人とも無事で済んだというか――そこで寝ているオルランダのお陰なのだが――」
アルチュールは寝台に臥せっているオルランダを見遣った。
「騎士は熾火を踏み抜いたというが……」
「あいつに知性はないのか?」
ミーファスに逆にゴーシェは訊ね返した。
「目撃例だけ集めると、殺戮と生命維持の本能以外は確認されていない」
「生命維持? 食事を採ったりするのか」
「彼奴は人間を食らう」
「つまり、我々は騎士の食事に立ち会わず助かった、といわけだ。ゴーシェ、ダオレ」
アルチュールは冷徹に言い放った。
翌朝。
焼け落ちて朽ちた宿に雨除けの布をかけただけの、簡易的な寝床を抜け出したゴーシェは焼け落ちた村落をあてどなく歩いていた。
己の寝ていた宿には片づけたのか無かったが、ところどころに陰惨な亡骸が燃え残って腐臭を放っている。
老若男女関係なくそれはところどころ白い骨を晒し、かつては生活していた場所であろう痕跡を残しつつ生命を絶たれていた。
「オルランダには見せられねえな……しかしあの騎士とんだ化け物だった――」
「騎士は人間か何か別の存在か判りませんが、野生動物とは明らかに違う文字通りの怪物ですよ」
「ダオレか……お前も朝早いな、まだ寝てなくていいのか?」
ゴーシェは隣に駆け寄った金髪の男に問いかけた。
「あの寝床は夢見が悪くて……とてもぐっすりとは眠れませんよ」
「だろうな――この村の惨状が全てあの騎士たった一人の仕業なら、オレたちはとんでもない化け物と戦って偶然勝利したに過ぎない」
「そうですね、しかし騎士は大陸のどこにでも現れるというし、また遭遇しないという保障はどこにもありませんよ」
「オレが考えているというか危惧しているのもそこだ、ダオレ。またあの仮面の騎士と戦わないという可能性はどこにもない」
「そして次は勝てるのかという確証もない――」
「その通りだ」
ゴーシェは村の目抜き通りを歩くうちになにやら場違いな枯れた薔薇の花を踏みつけたが、特に意に介さなかった。
再び寝起きに使っていた宿の燃え跡に戻ってくる途中、その宿の馬小屋が特にひどく燃えていることに二人は気づいた。
「ひどいな……なんの燃料で焚き付けた? 生木が炭になってやがる」
「ゴーシェ、誰かの亡骸があります」
「死体? この村落では珍しくもない」
「いえ、骨がほとんど炭になっているのですよ」
そう言われてゴーシェは何のためらいもなくその遺体の傍に近寄ると、確かに炭化した骨を掴みそれがぼろぼろと黒い煤として崩れてゆく様を見た。
「ゴーシェ! 仮にも亡くなった方ですよ!」
ダオレは諌めるがゴーシェは逆に唇の端に笑みを浮かべて答えた。
「今はただの炭素だ」
「朝の散歩というには物騒だな」
いつの間にか寝所を異にしていたアルチュールが馬小屋にいた。
「アルチュール、ゴーシェの無礼を止めてください」
ダオレは困り果てていたが、アルチュールは意に介さず言葉を伝えるのみでった。
「ミーファスと話すぞ、今後我々がどう動くか、大事な会議だ。ゴーシェもくだらないことに現をぬかさずさっさと支度をして来い」
※※※
「これはこれはシグムンド・グラネッツ・バルタザル猊下。二日ぶりに市中からお帰りですか?」
「………………」
フォルテ――シグムンド公子は眼鏡の奥で、この猿のような男に一瞥を呉れた。
「何か成果はございましたか」
「何も。ただ――」
「ただ、なんでございましょう?」
「シャフトから情報は得られたか」
猿のような小男はきいきいと喋り続ける。
「猊下におきましては、ご機嫌麗しく……ええ、ミーファスめは取り逃がしたと」
「そうか」
不満なのか満足なのか解りかねる態度でシグムンドは応えた。
「アーシュベックめはまだ牢に繋いでますが、シグムンド様自ら口を割らせますか?」
「聖堂騎士団の犬など見たくもない、捨て置け」
彼が王宮の奥へと進むと従者たちは次々と頭を垂れた。




