左手の代償
今回割とミーファスが今までのまとめを語ってくれています……
「おとうさん……」
オルランダが声をかけても父は無言のままだった。
薄明かりの中……貧民屈のここはオルランダの家。
「おとうさん……」
再度声を掛けるが父は無言のまま背中だけを見せている。
今となってはわからないが、オルランダに父などいただろうか?
確かに彼女を育てた母はいた。
「父は出て行ったのよ」そう聞かされて、
「おとうさん……」
――父を求めるか?
知らない声。
そこでオルランダは小さ過ぎる子供に帰っていた。
「おとうさん……」
――父を求めるか?
そこで目が覚めた。
※※※
眩しい。
ここは何処?
「オルランダ! 良かった、二日も眠り続けていたんだ」
目を覚ますとそこにはゴーシェが居た。
触合う手と手。
「ゴーシェ!」
思わず人目も憚らず、寝かされていた寝台から身を起こしてゴーシェに抱き着いていた。
男としては小柄だけどやはり背中は大きかった。
ゴーシェの温もり、知らぬうちにオルランダの眸からは涙が溢れていた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
「いいんだ、今はこうしていろ」
そんな二人を茶化すこともせず、アルチュールとダオレは遠巻きに微笑んでいる。
オルランダは一通り泣き終わるとゴーシェを解放した。
「嫌な夢を観たの……」
「嫌な夢?」
「わたしの父の夢よ、具合が悪い時に決まって観るのだけど」
「そうか」
「ところで、此処はどこなの?」
「それは其処も含めてわたしから説明させていただこう、もういいかね?」
進み出たのはミーファスだった。
オルランダは初めてミーファスと会話することになる。
細面で女のような容貌、紫の瞳、真っ直ぐな黒い髪が艶やかに肩に流れている。
だが白いシャツから覗く胸元は、じくじくとした火傷の痕を覆う包帯が巻かれているのが判った。
そう、彼こそ聖堂騎士団に拷問されていた汎神論者たちの首魁その人だ。
「……あ、」
「おっとオレはお話の邪魔だな失礼する」
そう言ってゴーシェはそっけなく去ってしまった。
「わたしはミーファス、汎神論者たちを纏める者だ」
「はい、聞き及んでいます……」
「そなたは流民の出だと聞いた」
「そうですね、見世物小屋の芸人すらしてましたから」
オルランダは自虐めいてそう答えた。
「私の出自も流民だ、お嬢さん。そして本名はネロスという――だがどうだ? わたしの貴族の友人は、命を賭してわたしを助けてくれたではないか?」
「………………」
「誰が流民の上に貴族を作った? 天ではない人が作ったのだよ。失われた時代はおろか、アルテラ王と神々が共にあった時代すら身分などというものはなかった」
そこまで喋ってミーファスは傷が痛むのか脇腹を擦った。
「何故、失われた神についての書は焚書の憂き目にあったのか? その理由を教えようゴーシェ」
不意に名を呼ばれて、ゴーシェは振り向いた。
「オレはその本のために図書館に忍び込み、フォルテ――シグムンド公子に遭ってしまった」
「ふむ、シグムンドは王兄よ、アルテラ25世の兄にあたる男。あやつは『王討派』きっての間者だ。眼鏡の奥で何を考えているやら――」
「つまり次に公子に逢った時に味方である保証はないと?」
「そう考えて貰って差し支えない、『王討派』は『王討派』の利益で動くからだ。今は共通の敵が聖堂騎士団だったというだけのこと」
「それではなぜ件の書は焚書された?」
「焚書されたのはオリジナルではない、原本は王家で保管している。ない事にしなければ、消えた神々の秘密など民草に知れては王権にとって不都合なのよ」
それを聞いてゴーシェは黙り込んでしまった。
「で、ここはどこなのよ?」
オルランダはとうとう口を挟んだ。
「ふむ、説明が遅れて悪かった。ここはもう都ではない、水路を東に行った果て、遺棄された村落」
「遺棄されたって……どうして?」
「この村落はつい最近、仮面の騎士に襲撃されて住民が全滅し、正規軍によって焼き払われたロシェという名の村落だ」
「仮面の騎士! あいつはわたしたちの熾火を踏み抜いて、どろどろの液体になって消えたはずなのに!」
オルランダは驚愕した。
「仮面の騎士についてはオレも興味がある、ミーファス知っていることを教えてくれはしないか?」
「知っていることか……彼奴はまず寝物語の脅しなどではない。存在している。そしてその目撃例は知りうる限り失われた時代からある」
「なんだって!?」
一同は息を飲んだ。
「ごくまれに彼奴にとどめを刺した勇者がいるとしよう、だが三日も経たずにまた目撃される」
「あれは不死身の化け物か」
「そうだ。それ以上のことは判らぬ。してオルランダよ――」
ミーファスはベッドのオルランダに向き直った。
「そなた神の左手というのに相違ないか」
「どうやらそうなのです……なにか感情がすごく昂ぶった時使えるらしくて」
「左手は触媒と代償を要求するという」
「!?」
「そうだ……触媒、炎があった時オルランダは炎を使い、水があったとき水を使い、酸の息を逆流させた! しかし代償とはどういうことだ?」
「その様子をわたしは見ていないが――現に彼女は左手を振るった後、倒れている」
思い出してオルランダはゴーシェとミーファスを交互に見た。
「そうだったわ、あの力を振るった後眩暈がして、目の前が真っ暗になって気づいたらここで目覚めた……」
「恐らくその力は使えば使うほど、お前の生命を寿命を削ってゆくことだろう」
「何だって!?」
「だからこそ神の左手は禁忌とされたのだ」
ミーファスは無慈悲に言い放った。
「………………」
「オルランダ……?」
だが彼女は返事もせず再びベッドに伏してしまった。




