公子シグムンド
「グラビス隊長! いや、公爵!」
その声にアルチュールは傷ついたミーファスを肩に、絶叫した。
そこにはずらりと近衛兵たちが揃っていた。
「王権に楯突く裏切り者、ボレスキン伯、今は逆賊の徒アルチュール・ヴラド! 貴様を捕縛する。神妙に縄につけい!」
「公爵、私が裏切り者とはどういうことかな?」
「白々しいことを、シグムンド公子を誘拐し聖堂騎士団の聖堂に連れ去った。これだけで死罪にあたる!」
「そんなの無茶苦茶だわ!」
下着姿なのも厭わず、オルランダは叫んだ。
「黙れ小娘、流民風情が貴族のワシに逆らうか!?」
「それで……いつ俺が誘拐されたことになっているのだ?」
シグムンド公子と呼ばれたフォルテは剣を抜き、不満そうに公爵に向き直った。
近衛兵の人垣をかき分けて小柄な翁と若い僧が進み出てきた。
「シャフト様! オリバー!」
「アーシュベック、貴様は黙っていろ、わたしは公子さまに説明せねばならぬ」
この翁が聖堂騎士団のリーダーか……ゴーシェは爺を睨みつけたが、本人はどこ吹く風であった。
「シグムンド様、ここは退いてもらえぬか貴殿の弟君に泥を塗ることになる故」
「残念ながら俺はアッシュに義理立てすることは何一つない、むしろ彼とは異なる立場だ」
「どうしても剣を収めてはくれませぬか?」
「条件がある」
「訊きましょう」
「ボレスキン伯を逃がして欲しい」
これには当のアルチュールが驚いた。
「できぬ、彼らは王権に仇なす逆賊、死を以て罪は償われよう」
「では俺のことも殺すがいい」
「フォルテ……!」
一同は彼の謂いに驚かされてばかりだった。
「シグムンド公子、貴公はボレスキン伯に謀られておるのだ。なぜそれが分からぬ?」
「吾が弟アッシュを謀ったのはお前たち聖堂騎士団であろう?」
どうやら……シグムンド公子――フォルテは聖堂騎士団に並々ならぬ敵愾心を燃やしているようであった、眼鏡の奥で一歩も退かぬという薄暗い情熱が焔のように燻っている。
だがグラビスが指揮を出すと、近衛兵の中でも一際屈強な者がフォルテの腕を掴んだ。
それが一瞬の出来事だったので、フォルテは対応できずバランスを崩し剣を落とした。
「近衛隊が公子を保護させていただく、ささシグムンド様は安全なところへ」
口とは裏腹に強引にフォルテを連れ去ろうとしている。
「畜生! 何をしやがる、離せ!」
遂にフォルテは地下牢から運び出され、残ったのはゴーシェ一行とミーファス、近衛隊、聖堂騎士団のみとなった。
「さて、残るは逆賊の徒。始末してくれるわ!」
近衛隊はざっと見ただけでも二十人以上おり、階段の上まで溢れかえっていた。
だがそのとき意外な人物が口を開いた。
「アルチュール……奥に地下の水脈に通じる隠し扉がある……そこから飛び降りろ……」
「ミーファス! 喋るな、大丈夫か!?」
「そこしか……退路は……ない」
アルチュールは頷いた。
「なーにをごちゃごちゃ喋っているのだ、お前らはこの場で全員死刑だ!」
だが公爵は舐めまわすような視線をオルランダに向けた。
「フン、そこの小娘は皆で楽しんでから殺すとしよう」
公爵の下卑た笑いは近衛兵たちに伝わるのは充分だった。
「最っ低ーね、アンタたち!」
オルランダは毒づくが彼らには通じなかった。
「聞こえたか、ゴーシェ、ダオレ。奥へ退くぞ」
「分かった」
「はい!」
ゴーシェ達はじりじりと牢の奥へと後退し始めた。
オルランダも置いて行かれまいと着いてゆく。
「どうやらボレスキンの奴は気がふれたらしい、自ら牢の奥へ入っていくぞ」
そう言ってグラビスはげらげらと笑う。
公爵にあるまじき行為だ。
やがて牢の奥まで行くと確かに床と壁が動くのが解った。
「ここか?」
アルチュールが小声で確認するとミーファスは小さく合図した。
「今だゴーシェ、ダオレ、壁と床をぶち抜け!」
刹那、緩んでいた壁と床の石組がぼろりと崩れ、ゴーシェ、オルランダ、アルチュール、ダオレ、ミーファスの五人は深い奈落へと落ちて行った。
「莫迦な!」
公爵はその昏い孔を除き込むと、最早撤退命令を出すことしかできなくなっていた。
だがシャフトとアーシュベックは余裕の笑みを見せている。
「貴様ら、何を知っている?」
「ふむ、地下水脈へ下ったか、あそこは野生動物の住処よ。生きて地上には戻れまい」
「そういうことだ、アルチュール・ヴラド惜しい男を亡くしたな……」
それを聞いて公爵は満足そうに鬨の声を上げた。
「全軍、帰還する!」
※※※
派手な水音を立てて五人は着水した。
「下着姿の上、びしょ濡れどうしてくれんのよ!」
オルランダは不満たらたらだ。
「うるせえ、そんなこと言ってる場合か、これだから女は」
「ゴーシェ、女性は丁重に扱いたまえ。さて上から差し込んでくる光くらいしか採光がない、松明も置いてきた、どうする?」
アルチュールは思案した。
「取りあえず地下水脈に汎神論者の拠点がある、そこと合流しよう……」
ミーファスはそう言うとアルチュールの肩の上で、ぐったりとしたまま黙ってしまった。
「ミーファスの火傷がひどいな」
「これが聖堂騎士団のやり方ですか! 酷すぎます」
ゴーシェとダオレは口々に言った。
「なあ、オルランダ。砂漠で私を助けた時のようにミーファスを助けられないだろうか?」
「わたしが!?」
オルランダは突然のことにひどく動揺した。




