旧き神々の系譜
夜更け、『がらくたの都』のボレスキン伯爵邸の倉庫ではひっそりと出陣の準備が行われていた。
ゴーシェは養父が与えた魔剣グラム、ダオレは正体不明の鉈そして――
「アルチュールそれは……」
「ふむ、八代前の王より賜った宝剣、旧き星の名を頂くマサクル」
アルチュールは何らかの邪悪な意匠の象嵌の為されたわりあい装飾の少ない剣を掲げた。
「の、割には禍々しそうな剣なんですが、アルチュールさんのご先祖様って王様に何かしたんですか?」
「待てダオレ、印象操作は良くない。アルチュールも出陣前で気が立ってるだろうが」
「フン、私が家督を継ぐ前からこのマサクルを佩くのが憧れだったのだ。何とでも言うが良い」
アルチュールはどこ吹く風でそう言った。
「で、これが今回の装備だな」
埃っぽい机には倉庫内に収納された数多い装備品の中から、アルチュールが予め選んでおいた物品を並べて置いてある。
「これは胸当てですか?」
ダオレが手に取ったのは心臓だけは守る、金属の平たい板のようなごく軽い、鎧とは言い難い物だった。
「そうだ鎧を着て動けるほどお前たちは訓練されてはいまい? 所詮は田舎学士と行倒れに過ぎん」
「なんだと……!?」
「お気持ちは察しますゴーシェ、でも言い返せませんよ」
「そしてこの黒装束か……」
ゴーシェが手に取ったのは揃いの黒い三着のマントだった。
「闇に乗じて聖堂騎士団大聖堂に進入する」
「こちらが悪人みたいじゃねえか」
「大義のためである」
アルチュールはまさに己の行動が、義であると信じ込んでいるようであった。
「確かに汎神論者たちは旧き神々の伝統とは謂うが、その神々もせいぜい数百年前には地上をのしのしと歩いていたなどというふざけた伝説らしいからな、この国の住民は果たして大した記憶の持ち主ではないらしい」
「神々については私は知らぬ。ただ去ったと伝えられるのみ」
「だがその証拠とやらも焚書の憂き目にあったと言えば、増々信憑性は薄くなる。何故焼かれたんだ? オレはそれが不思議でならねえんだよ」
「それはもう……この国を支配する者に都合の悪いことが書いてあるから。ではないですか?」
「お前もそう考えるかダオレ。やはりこの国に長くいて腐った常識を刷り込まれちまうと、見えてこない真実がところどころ隠されているような気がしてならねえ」
「では何を信じるというのだ? 伝統でもなく連中の言う怪しげな革新でもなく、何を?」
「オレはこの『生命なきものの王の国』の人間じゃねえ、砂漠で育ったゴーシェだ。世界の在り様を考えるのはその世界の人間の仕事じゃねえのか、アルチュール」
「世界の在り様、か」
アルチュールは珍しく眉間に皺を寄せると、そのまま石のように考え込んでしまった。
「答はかなり単純な気はしますよ。それが何なのか僕にはわかりませんが」
「埃まみれの倉庫にいつまでも居ても変わらんさ、晩飯にしよう」
ゴーシェは二人を倉庫の外へと促した。
食堂に着くと臙脂のドレスのオルランダのみが待っていた。
「アーリャ・ミオナは?」
アルチュールは訝しがった。
「さあ? わたしは昼以来見ていないけれど」
「パトロンとやらと密会か……」
「考えても仕方ねえ、今は泳がせろ。いずれ尻尾を出すさ」
四人が席に着くと肉料理を中心とした、シンプルな料理が運ばれてきた。
これはアルチュールの指示だった、シノギの前なのだ、腹は空の方が良い。
幸いにもオルランダはこの事を理解していたし、倉庫で三人が何をしているか薄々気が付いていたので、黙って食事をしていた。
彼女がかつて暮らしていた『がらくたの都』の貧民屈ではリンチ、襲撃、武力衝突などは日常茶飯事だった。
無理もない、国家権力の及ばない地域なのだ、誰が治安を守るというのだ。
お陰でオルランダは刃傷沙汰にはすっかり慣れっこになってしまい、誰か他人が血を流してようがお構いなしになってしまった面は否めない。
しかしこれがゴーシェ達だから内心は心配と不安で潰れそうだった。
顔には出さないだけで――
そう彼女は暴力を目の当たりにしても、顔に出さない。
それほどそれに飼い慣らされていたのだった。
四人は四人とも本当に食事中は無言だった。
今回の聖堂騎士団大聖堂襲撃の件、近くに使用人がいる状態で喋るわけにもいかない。
使用人に聖堂騎士団の信者が混じっている可能性も、捨てきれなかったからだ。
やがて味気ない食事は終わりそれぞれが部屋に引き上げて行き、オルランダは遂に本当に一人になった。
女中部屋の一つだったそこを少し改装して、居心地良くしたオルランダの部屋には、砂漠のボレスキン館から持ち込んだあの銀の函が――セシルがゴミだと言っていた不思議な函が今も置いてあった。
裏に張られた不思議な羊皮紙、そこに書かれた奇妙な文字。
「アルチュールは音の出る函だと言っていたけど……」
そのとき、誰か部屋をノックした。




