大聖堂へ
アルチュールは近衛隊の上着を脱ぎながら叫んだ。
「その男はフォルテと名乗っただと!?」
一同は人払いした、アルチュールの部屋に集合していた。
「ああ、確かにな、そしてあの図書館の部屋にいた男に違いない」
「そんなわたし助けてもらって……悪い人なの?」
オルランダは心配そうに問うが、アルチュールは首を振った。
「まだ現段階では敵とも味方とも言えない、ただ隊長――公爵に峰打を食らわせたり、図書館のそのような部屋に自在に入り込んだりと、権力者であることは間違いないようだ」
「オレをデュランダー・カスパルと呼んだが?」
「アルチュールさん」
ダオレがおずおずと進み出た。
「そろそろ本当のことを言ってください、アルチュールさんはフォルテなる人物の正体に気付いているのでしょう?」
「逆に問おう、フォルテ氏が何者だというのだダオレ?」
「『王討派』の一翼……」
アルチュールはこれまでにない恐ろしい表情でダオレを覗き込んだ。
「二度とそのことを口にするなダオレ、もう一度砂漠に置き去りにするぞ?」
「なるほどその可能性については言及されたくないということか」
ゴーシェは愉快そうに言ったがアルチュールの目は相変わらず笑ってなかった。
「その話は終いだ、ミーファスの救助について有力な情報が入った」
「フォーマルハウトの男か」
「明日、聖堂騎士団はミーファスの処刑を決めた。方法は判らん、だが救助のチャンスではある」
「本気ですかアルチュール!? あなたがミーファスの救助に当たればボレスキン家も爵位も捨てることになる!」
「言ったろう? いずれそのようなものが意味を持たぬ世になると、そして我々の逃亡先に地下水脈がある」
「地下水脈?」
ゴーシェは胡散臭そうに訊き返した。
「失われた時代から、がらくたの都にある地下の湧水脈だ。ただし野生動物の巣窟だがな」
「失われた時代ってなんです?」
「国祖女王アルテラより前の時代のことだ。今は何もわかっていない」
「野生動物の巣窟というと手強そうですが……」
だがアルチュールは余裕の笑みを見せた。
「汎神論者の有志たちがこれから我々の立ち入る地域の野生動物は掃討してくれている」
「しかし一体アルチュールさんはその情報どうやって得ているのですか?」
すると部屋の開いた鎧戸から一羽の鳩が舞い込んできて、窓辺に止まった。
「前もやっていたな! 伝書鳩か!」
アルチュールは早速、鳩の足にくくりつけられた手紙を開いた。
だがそれは聖堂騎士団の黄金の十字の印刷された羊皮紙で、インクでこう認められていた。
「アルチュール・ヴラド、君の反抗には全く感心させられる。
国王は既に聖堂騎士団の思想と共にある、
旧き支配には永劫の別れを! 革新こそ正義!
聖堂騎士団の革命に栄光あれ! 」
「無茶苦茶だわ……」
オルランダが重い口を開いた。
「処刑は明日だと聞いていたが、これは今晩中に助け出さないとミーファスが危険だ」
「なぜ汎神論者のひとたちとのやり取りが、聖堂騎士団にバレてしまったのでしょう?」
「今は誰かを責めている場合ではない、一分一秒を争う!」
「落ち着けアルチュール!」
「私はこんなにも落ち着いている!」
ゴーシェが諭してもアルチュールの興奮は冷めやらなかった。
そのとき閉ざされた部屋をノックする音が聞こえた。
「誰だ!? 使用人なら立ち入りは無用と言った筈だが?」
すると意外にも返答は女の声であった。
「アルチュール、わたくしです。アーリャ・ミオナ」
「その、寡婦が私に何用だ?」
「そのわたくしのパトロンから地図を渡すように頼まれまして、部屋に入れてくださいまし」
「地図だと?」
「ええ、聖堂騎士団の大聖堂の最新の見取り図ですわ」
「おい、なんでテメェのパトロンとやらがそんな物持ってるんだ?」
だがアーリャはゴーシェの問いには答えずに、
「アルチュールどうしますの? 入れるのかしらわたくしを」
「分かった、入るがいいアーリャ・ミオナ」
重い扉が開かれオルランダと同じくらい、小柄でほっそりとした少女が入室してきた。
前とは違う漆黒のドレスに身を包んでいる。
「ありがとう、きっとお役に立ってよ? ねえ、アルチュール」
アーリャ・ミオナはじっとりとした瞳でアルチュールを見たが彼はそれを無視した。
「で、見取り図とはいかに?」
「これですわ」
「……これは!」
「どうしたアルチュール?」
「聖堂騎士団と内通してなければ知りえない情報ではないか!」
「そうなのですか?」
アルチュールはアーリャを睨んだが、彼女はどこ吹く風で笑って見せた。
「わたくしのパトロンについてはお話しできません、当然ですわ。ただ地図は本物で相違ないと」
「アルチュール、毒を食らわば皿まで、だ。決行するんだろう、協力しよう」
ゴーシェはアルチュールを真っ直ぐ見た。
「ぼくもです、ミーファスが殺される前に助けましょう」
「アルチュールさん……」
「お前たち……わかった、今晩、夜半過ぎに大聖堂に乗り込むぞ。ただしオルランダ、アーリャは置いてゆく。いいな?」




