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薔薇の復讐  作者: 雀ヶ森 惠
4.黄金の十字架
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枢機卿

今回の用語解説、宗教色が強いですが聖堂騎士団という集団の性質上ご理解をお願いしたします。

「おとうさん……」


 オルランダが声をかけても父は無言のままだった。

 薄明かりの中……貧民屈のここはオルランダの家。


「おとうさん……」


 再度声を掛けるが父は無言のまま背中だけを見せている。

 今となってはわからないが、オルランダに父などいただろうか?

 確かに彼女を育てた母はいた。

「父は出て行ったのよ」そう聞かされて、


「おとうさん……」


 急に場面はオルランダが母の死後、売られた見世物小屋の場面に転換した。

『一世一代の大見世物、アルビノの令嬢オルランダ嬢一座に登場』のれ垂れ幕が小屋にはためいている。


 そこでなにやら扇情的な衣装に着替えさせられたオルランダは、物見高い自由民たちの前に立っているだけで、一座には莫大な金が入ってくるのだった。

 自由民たちは金髪のオルランダ見たさに大挙して訪れ、銅貨(ペタル)鉄貨(ザーヒル)のおひねりを投げたり入場料の鉄貨5枚を惜しげもなく払うのであった。


 その生活を破ったのが件の公爵である。

 公爵は座長に言いオルランダを直接、個室から視た。

 一目で彼女を気に入った公爵は金貨30枚を払いオルランダを買った。

 屋敷まで待ちきれない公爵は彼女を見世物のテントで押し倒すと、雄の咆哮を訴える物を押し付け、望まぬ愛の儀式に臨もうと企てたわけだ。

 しかしオルランダはその運命に抗うと公爵に平手をお見舞いし、毛布を引っ被りがらくたの都そのものを抜け出し広大な砂漠へと駆け出した。


――砂漠は(うみ)

やや小柄な船頭が振り返る。

赤い瞳。


「野に放つというわけか」

「回収可能なのか?」


※※※


 ブツリ。

 そこで記憶は途絶えている。

 最後の二言、三言聞き取れない聞こえない声がした。

 初めて聞く声だ。誰だろう?


 オルランダが目を覚ますと瀟洒な女物の寝間着に着替えさせられ、立派なベッドに横たえられていた。


「ここは……?」


 宵闇に包まれた部屋の中、テーブルの上には例の銀の函。

 ということはアルチュール!

 オルランダは起き上ろうとしたが頭がガンガンと痛む、再びベッドに横になった。


 暫らく横になっていると誰か部屋に入ってきた、ダオレだ。


「オルランダさん、目を覚ましたんですね! 一時はどうなることかと……」


「あの、わたしどうしたの?」


「熱中症ですよ、氷水を持ってきました一杯お飲みください」


 ダオレが水差しに持ってきた氷水を、オルランダは一杯と言わず三杯くらい飲み干してしまった。


「落ち着きましたか?」


「ええ、ダオレありがとう」


 そして自分のみならず、ダオレも立派な身なりになっていることに気が付いた。

 白いシャツに貴族風のズボン、金髪は後ろに撫でつけて帽子を被っている。

 おまけに鉈に丁度いい鞘まで用意してもらい、いざという時に扱いやすそうだ。


 ダオレは水差しとコップをサイドテーブルに置くと、こう言った。


「ゴーシェも馬子にも衣装ですよ、すっかり立派になって」


「でもどうして?」


 するとダオレが説明するにアルチュールの従者を都でやるには、このくらいりっぱな()()をしてなくては不都合なのだという。それだけ伯爵家に威光があるということであろう。

 確かにダオレが持ち込んだランプに照らされた、部屋の調度一つとっても高級品なのはオルランダにもわかった。


「ところでゴーシェとアルチュールは?」


「例のミーファスに逢いに行ってます、ぼくはお留守番ですけど」


            

※※※                 



「何故夜になってから屋敷を出た?」


「あまり明るいと聖堂騎士団(せいどうきしだん)に色々声を掛けられる」


 だが漆黒のマントを被ったゴーシェは、並んで歩く同じ風体のアルチュールが怪しくて仕方なかった。

 却って怪しい……


汎神論者(はんしんろんしゃ)の根城までもうすぐだ急ぐぞ」


 闇に乗じてゴーシェとアルチュールは、こんなところにいったい何があるというのか? と言わんばかりの自由民の住宅街を走り抜けた。――しかし、


「待たれい!」


 振り下ろされた剣に、アルチュールは音もなく抜刀した。

 闇の中、白刃が閃く。


「何奴!?」


「それはこちらの科白、わたしは聖堂騎士団が一の剣アーシュベック・タイザー枢機卿(すうききょう)。ここで汎神論者の捕縛があったばかりそなたらは何用ぞ? 返答によっては聖堂騎士団が逮捕する」


 好戦的な緑色の瞳が闇に燃えている。


「ふん、真の神無き世界で坊主を名乗るか、オレからしたらお前も汎神論者も大して変わらん」


 アーシュベックと名乗った男に対してこう返答したゴーシェに、アルチュールは思い切り剣の束で鳩尾を撲ると、無礼をまずは詫びた。


「これは失礼した枢機卿、こいつは最近雇った奴隷故口の利き方を知らない。わたしはフォン=ボレスキン伯爵、ここに居たのは道に迷ったまで」


「なるほど偶然というわけか……よろしい今回は見逃そう、ボレスキン伯、今度は道に迷うでないぞ? また従者の教育はしっかりとな、ではさらばだ。わたしは見回りがある故」


 そう言うとアーシュベックは闇の中へかき消えた。


「ミーファスが連れ去られた、面倒なことになったな……」


「痛ってえ! なにしやがんだアルチュール!」


「黙れ、ゴーシェ。あのアーシュベックという男、到底お前が敵う相手ではない」


「何者だ?」


「正規軍……騎士団一の使い手だった男だ。まさか聖堂騎士団に帰依していたとはな」

・枢機卿:枢機卿(すうききょう、すうきけい)(ラテン語: Cardinalis、英: Cardinal)は、

カトリック教会における教皇の最高顧問である。ここではなんとなく宗教関係者の高位の者の意として使われているが、原語は蝶番ちょうつがいからきている。

・帰依:仏教用語において帰依(きえ、巴: saraṇagamana、梵: śaraṇagamana)とは、拠り所にするという意味。一般的に、仏教に帰依をする際には「三帰五戒」(さんきごかい)とされ、仏・法・僧を拠り所にすることを宣言し(三帰依)、五戒とよばれる戒律と、可能であれば更に「八斎戒」を授かることになる。宗教的には仏教以外の教えを信じることをやめ、「五戒」を守ることを誓ってはじめて正式な仏教徒となるのである。ここではなんとなく、聖堂騎士団に入信したという意味で使われた。

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