狂った星々
さて、今回から再びバトルシーンが始まりますが、前回の野生動物とは異なり明確な殺意を持った「人間」です。ゴーシェ達は勝利することができるのでしょうか?
三日ほど一行は何事もなく湖の辺縁を辿って歩いていた。
――ただ一名を除いては、
「アッ―! もうなんで西瓜なんだ? 荘園にいる時も出されたがオレはそれが食えねえんだよ!」
ゴーシェである。
他にも、
「オレは舟で行くことを勧めるぜ? 夜の間短縮になるんだからな。それが何で慣れているからってオレが魚を手づかみする役目なんだ?」
と、憤懣やるかたない。
「ぼくは魚捕まえるの楽しいですよっ、ほらっ浮き袋!」
「ダオレ……オレが切れるまでにその口閉めとけ」
宵闇が迫りアルチュールは火を熾していた。
仮にも伯爵がである。
「いけません、アルチュールさまそのようなことは流民のわたしが……」
「いいのだ、そのうち身分など関係なくなるといったろう? 私にさせてくれ」
程なくして5匹の淡水魚がパチパチと焚火の炎に炙られていた。
それとアルチュールが荘園から持ち込んだ乾燥無花果。
夕食はそんな質素なものだった。
眠りにつくまでそれぞれが都に対する噂や思い出話をするのも常となっていた。
ゴーシェを除いては。
当然である、書に囲まれて育ち養父との記憶しかないのだから。
「アルチュール様、以前仰っていた『みなみのうお』とはどの星々ですか?」
「なんだアルチュール、そんな説明をソイツにしたのか」
「いいじゃない訊いたって、ゴーシェには関係ないでしょッ」
「そうだな……あと都まで二日、三日。そろそろ説明しておくか」
「説明? 何をです?」
「立場上君たちは伯爵家の従者として都の私の屋敷に住んでもらうが、条件もある」
「ロビー活動ですね?」
ダオレが口を挟んだ。
「まあ、政治的な働きかけもあるが――」
アルチュールは考え込んでしまった。
「いえ、全てを知るという意味で」
「ダオレ、とんだ食わせ者だな?」
まるで莫迦にしたようにゴーシェは鼻で笑った。
オルランダだけが何が解らないのか、わからないといった顔でぽかんとしている。
「ところでゴーシェ君、きみはどの星々がみなみのうおか解るね?」
「当然だ。ただしもうこの星座は魚の体裁は取ってないし、かつてフォーマルハウトと呼ばれていた一等星も今では赤色巨星だな」
「現在ではこの星はミーファスと呼ばれている。そして私が君たちに引き合わせる男もミーファス」
「何者だ?」
「汎神論者のカリスマさ、聖堂騎士団は彼を論駁することに必死のようだが」
ゴーシェは食べていた焼き魚を飲み込むとアルチュールに掴みかかった。
「オレ達をお前の望む陣営に組み込もうとしている! 正当な理由はあるのか!!」
「聖堂騎士団は王家の外戚と癒着し腐敗の限りを尽くしている、オルランダ、思い出せる限り説明してやってくれ」
「ゴーシェ聞いて、私が都にいたころもひどい宗教対立があったわ、聖堂騎士団は汎神論者とみると捕らえて裁判もせずに火刑にするのよ! それがどんな身分であってもね。でも袖の下を渡せば黙認よ、腐ってるわ。王家との癒着は知らないけれど……」
「にわかには信じがたいな、そんな気狂い集団が都を席巻してるとでも?」
ゴーシェは呆れて嘆息した。
「都がそんな恐ろしい所だなんて……ぼくにも信じられません。少なくとも野生動物の出ない清潔な環境かと思ってましたから」
「ゴーシェ、ミーファスに逢うんだ。話はそれからだ」
あまりのアルチュールの剣幕と、滅多にないオルランダの説得でゴーシェは考えを変え始めていた。ミーファス、フォーマルハウトの名を頂くこの男は何者か? そして汎神論者とは如何なる集団なのか?
「星の位置が変わり過ぎてるんだよ……」
ゴーシェは夜風の中で呟いた。
本当にそうだ、かつては北斗七星と呼ばれた柄杓のような星々も、ばらばらになり七つの混沌のような星の集団になっている。
確かにボージェスの庵で見た本ではこの星は揃った星だったのだが……どうやらその本は小熊座のポラリスという星が北極星の時代に書かれた本らしい。今の北極星はこと座の一等星なのに……
「大プリニウスもシリウスは赤い星だと書いているからな……旧い時代のことは判らんさ」
「どこへ行くゴーシェ?」
「寝る、邪魔をするんじゃねえ」
そう言うとゴーシェは毛布を頭から被り眠ってしまった。
不思議な夢を見た。
そこにはどことなく面差しに憶えのある眼鏡の大柄な男が立っていた。それがボージェスに近寄ると……あとは、鮮血で判らない。
「起きろ! ゴーシェ! 敵襲だ!」
「敵襲? 誰だ!? 近衛隊の誰かか?」
「違う……もっと達が悪いぞ、最悪の敵かも知れない。オルランダ、下がって!」
「こうなったら私だけでも!」
「ボレスキン伯爵、助太刀します!」
そしてゴーシェは見た。アルチュールとダオレ二人を相手に全く距離を取ることなく、硝煙をあげる新月刀のようなものを振るう、黒い翁の面を被った騎士の姿を。




