表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

異世界転生・転移関係

異世界転生して特に何の活躍もしないまま冒険者をやってたらどうなるかを考えたので話にしてみた

(今日の稼ぎはこんなもんか)

 腰に吊るした袋の重さでそう考えた。

 魔力が凝縮されてるモンスターの核。

 それを倒したモンスターから集めてそこそこの量になっている。

 換金すれば銀貨3枚はいくだろう。

 税金や所属してる冒険者集団への参加費を差し引いても銀貨二枚近くは残る。



「おーい、そろそろ帰るぞ」

「はーい」

「了解です」

 声をかけた仲間から返事が上がってくる。



 最近一緒の、駆け出しの冒険者達。

 レベルは低いが、さほど強くもないモンスター相手なら問題無く戦闘をこなせる。

 レベルをあげれば、いずれ分かれるだろうが、それまでは大切な同行者だ。

 まだ十代の半ばを過ぎたばかりといった年代の彼らと帰路についていく。

 何があったというわけでもない冒険者生活であるが、ある程度軌道に乗ってるので文句はない。



(まあ、こんなもんだろう)

 レベルはそれなりに高くなってるが、これといった功績や武勇伝もない。

 そんなありふれた冒険者として活動して15年。

(思っていたのとは違ったけど)

 冒険者になって15年。

 前世の記憶を持ったまま生まれてから30年。

 田村ケンゾウはさして強くもないモンスターを倒してまわる、下っ端冒険者であった。



 モンスターと戦って糧を得る冒険者。

 その活動は生死の狭間を行き来する危険なもの。

 時に人間には手に余るような凶悪な怪物すらも相手にする。

 ……というのがケンゾウが冒険者に抱いていた印象だった。

 しかし、現実はそんな格好の良いものではなかった。



 モンスターとの戦闘なんて危険な仕事を好んでやりたがる者はそうはいない。

 たいていの冒険者は、他にやる事がなく仕方なく戦ってる者が多かった。

 その為、柄も悪く人生や世の中に何の希望も抱いていない。

 明日は命があるかどうかも分からないというのもあって、刹那的に生きてるものがほとんどだった。



 貯金をしたって、死んで無駄になるかもしれないから宵越しの銭は持たない。

 どんな悪さをしたって、明日死んでるかもしれないから平気で悪さもする。

 酒に博打に女と悪い遊びをするのも躊躇わない。

 楽しく気持ちの良いことも今日が最後かもしれないのだから、遠慮する事なく遊ぶ。

 モンスターを相手に切ったはったを毎日のように繰り返してる連中がこんな事にかまけてる。



 なまじ戦闘力があるだけに、暴れると手が付けられないという厄介な連中。

 それが冒険者であった。



 少なくともこの世界における冒険者のおおよその実態はこんなものだった。

 魔王を倒しにいくとか、世界を救うといった崇高な使命をもってる輩などどこにもいない。

 そもそも、モンスターはいるが魔王がいるのかどうかも分かってない。

 いたとしても倒しにいこうなどと考える物好きはいない。

 目の前のモンスターで手がいっぱいなのだから。



 そんなわけで、英雄とか勇者といった者はほとんどいない。

 ヤクザやゴロツキが、人間ではなくモンスターを相手にしてるだけ、というのが冒険者だった。

 そのはずだった。

 実際に冒険者になるまでは、ケンゾウもこういったものだという話を聞いていた。

 しかし、自分がなってみるとそうでもなかったのに驚いた。



 村には毎年何度か新人募集に冒険者集団の者がやってきていた。

 それも複数。



 比較的国境──この世界ではモンスターとの接触面──に近い事もあって、冒険者はかなり集まっていた。

 それらが幾つもの集団を作り、互いにしのぎを削っていた。

 いわば企業の競争のようなもので、誰もが新人の確保に躍起になっていた。

 死傷者が出て当たり前なので、人員の消耗が激しい業界である。

 とにかく人数を確保しようとどこも努力していた。



(売り手市場なのか……)

 前世の日本の、自分が就職する時期との差の大きさに泣きそうになった。

 氷河期というほどではなかったが、なかなか就職が決まらなくて大変だったのだ。



 だが、この世界ではそうではない。

 少なくとも冒険者に限って言えば、常に門戸は開かれていた。

 しかも、待遇が割と良い。

(宿舎付きで、訓練もして、その後の引率もあって、武器も中古品だけど支給されたるとは)

 至れり尽くせりである。



 この世界の使用人は、給金が出ないで寝床と食事を提供されるだけというのが常だった。

 仕事を教えられる事もなく、見て覚えろというのが当たり前だった。

 最低限の新人教育なんてものはまず滅多にない。

 なのに、冒険者においてはそれらがしっかりとある。



 当然ではある。

 最低限の知識や技術がないとすぐに死んでしまうのだから。

 しかし、よくよく聞いていると、かなり昔は冒険者もそうだったという。

 自分で武器などをそろえ、モンスターを倒しながらやり方をおぼえるのがほとんどだったとか。

 だが、数十年前に一人の冒険者がこれを改革したという。



 その男は、冒険者として初めて大規模な集団を作ったという。

 そして、自分の一団に所属する者達への教育などにも熱心だったとか。

 そうやって人員を確保し、質をあげて一団の規模を向上させていった。

 結果として国境付近の地域で大々的に活動し、その一帯をまとめあげたという。

 冒険者ならば誰でも聞く事になる立志伝の人物だ。



 それの真似をして他の冒険者達も大規模集団を作り出すようになったという。

 とはいえ、そう簡単にいくものでもなく、様々な失敗と離合集散を繰り返したとか。

 だが、それまでは少数でまとまって行動していた冒険者が、数十人くらいでまとまって行動するようになったのは大きな変化である。



 新人を教育していくというのも斬新だったようで、以後、これが基本となっていったという。

 死傷率が下がり、継続して活動が出来るようになり、利益を確保出来るようになった。

 おかげで、今や冒険者は商会や工房のような企業になっていた。



 そんな冒険者に入社(?)して15年。

 さして出世もしないままにケンゾウは冒険者を続けていた。

 一団の中に居てこれだけの期間活動していれば、少数のまとまりを任されるものだ。

 数人で編成される班や、班が幾つか集まった組を束ねる立場が相応である。

 そういった立場になくても、より危険でより魔力が凝縮された核を持つモンスターを狙う。



 しかしケンゾウはそういった事をせず、低レベルのモンスターを相手にし続けていた。

 やろうと思えばもっと強力なモンスターを相手にする事も出来る。

 それらを相手にすれば、今の数倍の稼ぎすらも見込める。

 だが、ケンゾウはそれを避けていた。

 無理なく倒せるモンスターを相手にしてるだけで十分に稼げるからだ。



 モンスターと戦うのは危険である。

 いつ命を落とすか分からない。

 レベルが十分に上がっていても油断は出来ない。

 だからこそ、安全性を確保するためにあえてレベルの低いモンスターを相手にする事もある。



 だが、ケンゾウの場合それも度が過ぎていた。

 新人が相手に出来るほどではないが、レベルが幾つか上がった者ならば余裕で倒せるようなモンスター。

 主にケンゾウが倒してるのはそんな者達である。

 冒険者として二年か三年励めば到達出来るレベルで相手にするような者達だ。

 そんなのをかれこれ十年以上狙っていた。

 さすがにこれには呆れる者もいた。



 十分なレベルがあってなおその程度のものを相手にするのかと。

 それに、弱いモンスターばかり相手にしててはレベルもなかなか上がらない。

 この世界、レベルと経験値が存在し、人間はRPGのように成長していく。

 そして経験値はより強力なモンスターを倒した方が多く得られる。

 危険を承知で強いモンスターに挑む価値はこういうところにもあった。

 だが、それが分かっていてもケンゾウは弱いモンスターを狙っていった。

 これで十分に稼げるからである。



 ほんの少し強い程度のモンスター。

 そんな連中が相手でも、一日銀貨二枚近くの手取りになる。

 平均的な家族持ちの労働者の月収がおおむね銀貨30枚なのを考えれば、結構な稼ぎになる。

 これだけのものを手に入れられるなら、これ以上の努力もさほど必要無い。



 レベルの上がりは緩やかなものだが、上位のモンスターを相手にするのでなければ気にする事もない。

 最低限必要になる同行者も、毎年入ってくる新人がいるので困る事は無い。

 さして高いレベルでなくても大丈夫なので、同行者に困る事もなかった。

 高位モンスターを相手にする高レベル冒険者とはここが違った。



 当然ながら高位の、強力なモンスターを相手にするには相当に強力な冒険者がいなくてはならない。

 装備なども相応に強力なものが求められる。

 だが、低レベルのモンスターを相手にするならばこういった苦労はしなくて済む。

 こういった事を考えて、ケンゾウはより上位のモンスターを相手にするのを放棄した。

 その為にうだつの上がらない下っ端に甘んじる事になろうとも。



 周囲からの評価は低いものになった。

 当然だろう。

 出来る限り強力なモンスターを倒すこと。

 より大きな稼ぎを得ること。

 冒険者が求めるのはそういったものである。

 特に強力なモンスターを倒した事で集まる尊崇の念は大きな動機になる。



 モンスターから人類の生存圏を守る仕事である冒険者だが、社会的な評価は低い。

 以前の冒険者像が根強く残ってるからだ。

 荒んだ生き方を続ける荒くれというものだ。

 実際に、そういった者もいる。



 だいぶ姿を消したのだが、冒険者というのはそういった者達だと見られてる。

 理由の一端として、出自が一般庶民である者がほとんどであること。

 それも食い扶持に事欠くような貧しい者が多いこと。

 こういったものでも従事できるから冒険者になるしかなかった、という者が多い。

 言ってしまえば食い詰め者がなるものと見られてるのだ。



 裕福であればこんな事をしないで済む。

 当たり前の事だ。

 だから、冒険者はどうしても地位の低い者達の集まりと見られる。

 実際、それも間違ってはいない。



 必然的に貧しい家庭の者などが冒険者になる傾向が強いのだ。

 孤児や路上生活者なども同じ理由で冒険者になる事が多い。

 なので、どうしても見下されがちである。

 それを覆すために名声を得ようとする。

 手っ取り早いのは強力なモンスターを倒す事だった。



 冒険者であっても、そういった偉業を為した者は英雄扱いされる。

 金では買えない羨望の視線を得られるのが、危険と引き替えのモンスター退治だ。

 だから冒険者には上昇志向が強い者が多い。

 だが、ケンゾウはそういった感覚とは無縁だった。



 前世の、日本での記憶があるからだろうか。

 特に名声を得ようという気持ちがなかった。

 他人がどう見てようがどうでもいい、という気持ちが強い。

 人の価値はそんな事で決まる者ではない、という考えもある。



 むしろ、見栄を張ったりするのは大人のやる事ではない、という価値観を持っている。

 声高に功績を掲げるのは品がないとも思っている。

 ここが他の多くの冒険者と違うところだろう。



 それよりも着実に確実に成果を得ていく事が大事、名より実が大事だと思っていた。

 このあたりの考えは他の冒険者には理解されにくい部分ではあるようだった。

 時にはバカにされる事もあった。

 それでもケンゾウは愚直なまでに己の考えを押し通した。

 信念と言っても良いだろう。

 そんなこんなで15年。

 その結果が見えてもきていた。



(大分減ったよな……)

 同期の連中である。

 ケンゾウと同時期に入った者を含め、前後何年か先輩後輩で生き残ってる者は少ない。

 いないわけではないが、数はかなり少なくなっている。



 無理をして強力なモンスターと戦って死んでいったものがほとんどだ。

 生き残った者は高位の冒険者として名をはせてるが、そうはなれなかった者達が確かにいる。

 挑戦するというのはこういう危険があるという事だ。

 その事を理解するくらいの人生経験を持ち合わせていたケンゾウは、無念に思いながらもほどほどに留まる事にした。

 そして、今も生きている。

 危険なこの商売、それだけでも十分だった。



「ただいま」

 核を換金して家に戻る。

 冒険者として購入した家だ。

 平屋で部屋が三つという、この世界では広い間取りになっている。

 一般的な庶民だともっと狭いのが普通だ。

 ケンゾウの家だ。



 モンスターの出没地域の中に建てられてる冒険者の村。

 堀と柵で囲った砦のような居住地。

 そんな場所ではあるが、一戸建てを構えている。

 そして、中には家族がいる。

「おかえりなさい」

 出迎える女房と子供達。

 根無し草のその日暮らしの冒険者らしからぬ存在であろう。



 散財が当たり前の冒険者は、それなりの年齢になっても独身でぶらぶらしてるのが通例だった。

 そこまで生き残ることが出来る者も少ないが、数少ない生存者が裕福に暮らしてるというわけでもない。

 長年活動してるのでレベルは上がってるが、入ってきては使うという金銭感覚のため、どうしても生活が成り立たない。

 それでも家を構えていたり、売春婦をとっかえひっかえという事はあるが、結婚してる者は少ない。

 仮に結婚しても、生活の違いが大きくて破綻する事が多い。

 なので、どうしても独り身である事が多い。



 しかし、大規模集団が当たり前になってきたあたりから事情が変わってきていた。

 継続的に稼げる、つまりは死亡率が下がったおかげで将来を考える余裕が出てきていた。

 金遣いの荒いものはそのままである事が多いが、そうでないものはそれなりに貯えるようになった。

 おかげで、早い者なら数年、時間がかかっても10年もすれば家と所帯を構えるようになる。



 居住地で働く女もいるので結婚相手も見つかりやすい。

 炊事・掃除・洗濯といった作業を請け負う事で生活をしてる女はいる。

 三女四女といった末の子などで嫁ぎ先も無く家の手伝いをせねばならない者が集まってきている。

 これが男なら冒険者になるという道もあっただろうが、体力でどうしても劣ってしまう女には向かない。

 あとは売春婦くらいしか存在しない選択肢の中で、冒険者の居住地で働くことを選ぶ者は多かった。



 あわよくば結婚相手も見つかるとあって、これはこれで人気職である。

 売春婦でも身請けはあるが、よほど裕福なものでもなければそれも難しい。

 それよりはまだ相手にめぐり合う可能性があるだろうと、冒険者の生活の世話を選ぶ。

 そうなればモンスター出没地域などで泊り込みで生活せねばならないが、その危険を差し引いても成り手は多かった。

 贅沢は無理だがしっかりと生活出来るのだから文句をつけることはない。



 この世界、女が一人で自活していくのは難しい。

 それが出来るのだから文句があろうはずがない。

 何より、実家や地元にいたら絶対に巡ってこない結婚の可能性もある。

 死ぬ可能性もあるが、どうせならと乾坤一擲の勝負に出る者もかなりいる。

 モンスターの襲撃で本当に死ぬ事もあるのだが、それでも冒険者の居住地に向かう者は後を絶たない。

 そして、需要と供給が満たされて一緒になる者が結構いた。



 男女共に明るい将来への可能性があるから、それなりにしっかりと生活もする。

 これはこれで問題はあるだろう。

 だとしても、刹那的になる必要がないのは双方にとって大きな利点であるはずだ。



 そんなわけでケンゾウも家と家庭を構えていた。

 子供はまだ幼く、あと何年かはがんばらねばならない。

 また、自分が野垂れ死にしたときに備えて貯えも作っておかねばならない。

 まずもって無理だと思っていたごく普通の家庭を持つことが出来たが、それはそれでそこからがある。



 これで終わりではなく、更に積み重ねていかねばならない様々なものがある。

 新しいものを手に入れたら、更に面倒を背負わねばならなかった。

 だが、それでもケンゾウは今に満足している。

 大きな成功はない、細々とした生活を続けてるだけ。



 かつて見聞きした漫画やアニメやラノベのような展開はない。

 だとしてもそれで良かった。

 世界を救うといった大きなものを背負わずに、自分に出来ることを無理の無い範囲で行っていれば良いのだから。

 そんな今世をそこそこ忙しく過ごしている。

(こんなもんだろ、人生なんて)

 モンスターがいる剣と魔法の世界。

 そこで平凡な人生をおくるのも悪いものではなかった。

 長くするような話でもないので短くまとめてみた。

 異世界に転生しても卓越した能力があるわけでもなければ、だいたいこんな風になるんじゃないかと。

 あと、冒険者が現代の企業みたいになってたら、たぶんサラリーマンみたいな感覚で仕事をしてるんじゃないかと思って。

 会社内における様々な人間関係とかも書ければ良かったかなと思うが、そこまでやる根性がなかった。

 しかし、こういう話の方が書きやすい。

 性に合ってるんだろうなあ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ