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第九話 深淵からの呼び声 -2-

 ごとり、と何か床に落ちる音がして、ハキムは正気に戻った。


「ハキム、リズ。しっかりしろ!」


 周囲には濃い闇が漂っており、ただランタンの光だけが周囲をぼんやりと照らしている。ハキムは動悸を抑えて周囲の状況を確認する。リズは隣で膝をつき、荒い息を吐いていた。トーヤは聖堂の中央に居て、アンデッドらしき影の首を落としたところだった。


「よかった。大丈夫だったかい?」


 トーヤが戻ってくる。


「今の、何? 幻覚?」


 リズはまだ混乱している。どうやら自分たちは、幻術か何かにかかっていたようだ。トーヤは幻を見なかったのだろうか?


「見たよ。でも、アヤメが助けてくれたんだ」


 事実そうなのかどうかは分からないが、とにかく彼のおかげで窮地を脱したのは間違いない。ハキムは自分の手で頬を張り、気持ちを切り替えた。


 聖堂内部の中央まで進み、シンボルの上に立つ。そこに倒れていたのは、幻の中で見たのと同じような黒いローブの人物だ。ただし、既にアンデッドとなっていたようだが。


「聖職者というより、魔術師みたいなヤツだな」


 ハキムは傍らに落ちていた錫杖を拾い上げた。柄は真鍮か何かだが、輪の部分は黄金だ。金貨三枚か四枚分にはなるだろう。


「事実、魔術師に近かったんじゃないかと思う」


 リズが見解を述べる。


「このシンボル、もともとは色がついていた。黄色は固体の土、青は液体の水、緑は気体の風、赤はプラズマの炎。魔術の基礎になる元素エレメントと、物質の四態を表している」


 彼女はしゃがみ込み、骸の下にあるシンボルの中央に触れた。


「そして白のエーテル。ほかの四つを統べる五つ目のエレメント」


「彼らは魔術を信奉していたんだろうか?」


 トーヤは話しながら、聖堂の奥を調べている。


「どっちにしろ、ロクでもないのは確かだ。俺なんか生贄にされかけたんだぞ」


 ハキムは腹立ちまぎれに、アンデッドの残骸を足蹴にした。それは意外なほど軽く、床を転がってぐにゃりと妙な体勢になった。


 錫杖を除けば、聖堂にあるのはせいぜいステンドグラスの破片だけだ。しかし奥に進むと、おそらく地下に続くと思われる鉄製の隠し扉があった。鍵は難なく解除できたが、開閉の機構に何かが詰まっているらしく、力を入れても開かない。


「クソ、幻覚まで見せられたんだ。意地でもこじ開けてやる」


 ハキムは特別製の短剣を取り出して、扉の隙間に噛ませた。


「それ、折れるだけじゃない?」


「いや、折れないんだ。切れ味は良くないが、この短剣は折れない。昔盗んだ魔法のアーティファクト、〝不壊ふえの短剣〟」


 実は奥の手としてまだ二つあるが、今は見せない。


 ハキムは短剣の柄に先ほどの錫杖を括りつけ、テコの原理で扉をこじ開けることにした。全員で体重をかけると、めきめきと音がして扉のつかえが取れる。錫杖は見て分かるほど曲がったが、短剣はほんの少しも変形していない。


「さて、気を強く持っていこう。今度俺がおかしくなったら、ケツを思い切り蹴っ飛ばしてくれ」

「それでもダメなら焦がしてあげる」


 鉄の扉を開くと、地下への階段が続いていた。一人通るのがやっとの狭い通路だ。ランタンを手に持ち、ハキム、リズ、トーヤの順で降りる。乾いた床が靴音をやけに響かせた。


 階段は長く続かなかった。その先に続く空間は、一見して牢獄そのものだった。三十歩ほどの廊下。その左右に、金属の鉄格子で区切られた八つの房が並んでいる。辺りには、静寂に横たわる死者の臭いが漂っていた。


「この建物は、聖堂と牢屋を兼ねてたのかな」


 トーヤが房の一つを覗き込む。そこには人間の残骸らしきものがあった。アンデッドにはなっておらず、白骨化している。


「けどこの骨、ちょっとおかしいよ。どこかが大きかったり、普通より多かったりする」


「奇形の人間を隔離してたんじゃねえの」


 房の中に宝はあるまい。ハキムの興味は、廊下の突き当たりにある机に向けられた。机上には鍵束。引き出しもある。そこには鍵もかかっていたが、無視して力づくでこじ開ける。


 腐りかけた木の引き出しが派手に壊れ、その中身が床に散らばった。金属音が牢獄内に響く。


「おい見ろ。黄金だ」


 リズもトーヤもこちらに注意を向けた。床に転がったのは、金貨と同じぐらいの幅を持つ、黄金の正六面体キューブだった。サイコロにも似ているが、よく見ると一から六の目ではなく、四面にシンボル、残る二面にごく小さな文字が刻まれている。


 キューブは二つあった。ハキムはそれを拾い上げ、光に照らして眺めてみる。刻まれている文字は古代語のようで、ハキムには読めない。


「リズ。読めるか?」


 ハキムはキューブの一つをリズに手渡した。彼女は眉をひそめ、表面にある細かい文字を見つめている。


「そんなに難しい言葉じゃない」


 リズは声を出さずに二、三語呟いたあと、その文章を口にした。


「〈皇帝オヴェリウスの偉業を讃えよ。一千年続くレザリアの繁栄を讃えよ〉」


「レザリア?」


「これは都市の名前かな。帝都レザリア。オヴェリウスが作り上げた、帝国の偉大なる首都」


「僕にも見せてくれ」


 トーヤがキューブを一つ受け取り、くるくると回しながら眺める。


「これに宗教的なシンボルと、皇帝の名前が併記されているということは、つまり皇帝の個人崇拝がおこなわれていたってことかな」


 理屈で考えるとそうなる。リズの言葉によるならば、到達者と呼ばれたオヴェリウスは魔術の祖であったそうだから、民衆はその力をも信仰の対象としたのだろう。


「そんだけ強力な信仰の対象が無くなれば国も滅びるよな。まあ、ギリギリ滅びてないって見方もあるか」


 キューブをじっくり検分するのは、もっとあとでもいいだろう。もしかするとありふれた品で、検分する意味はあまりないのかもしれないが。


 ハキムがキューブをしまい、牢獄を出ようとしたとき、首筋に強烈な悪寒が走った。


 また幻覚か、と振り返る。リズとトーヤもそれに気がついた。ハキムたちが神経を張り詰めさせていると、牢獄の奥、壁に赤い文字が描かれていく。


 それは手をたっぷりの鮮血に浸し、筆代わりにしてなすりつけたような跡だった。文字は二つ、三つと連なり、やがて壁いっぱいに広がる文章を成していく。


〈我は汝のすべてを見ている〉


 読む間に文字は消え、次の文章が現れる。


〈我は汝のすべてを聞いている〉


〈我は汝のすべてに触れている〉


「おいおいおい……」


 ハキムは何か言おうとしたが、それ以上は言葉にならない。文章は続く。


〈レザリアの黄金を求める者よ〉


〈我が内なる天球のもとに至るがいい〉


 それを最後の文章として、何事もなかったように血文字は消え失せた。


「オヴェリウス……。それに、天球のもと?」


 リズが壁を凝視しながら呟いた。文字は消えたが、まだ見られているような気持ち悪さが残っている。トーヤが警戒して刀を抜き、階段の方を警戒したが、今のところ目立った動きはない。


 何も起こらないなら、もうこの場にいる意味はない。ハキムはキューブがそのままなのを確かめ、改めてきびすを返した。


「ちょっと、それ持ってくの?」


「持っていくなとは言われなかっただろ。言われたとしても、所詮幻術と同じようなこけおどしだ。聞いてやる理由はない」


 そうは言ったが、確信が持てるわけでもない。ハキムはさっさと階段を上がり、鉄扉を開いて聖堂に戻る。俺たちを殺すつもりなら、ただ扉を開かないようにすればいい。


 それをしないということは、物理的な干渉ができないか、放っておいていいと考えているかのどちらかだ。黄金の回収に支障はない。そう思うようにした。


「まあ、じっくり考察するのはあとにしよう。外にはまだアンデッドがいるかもしれない。まずは安全な場所に戻って、また方針を決めようよ」


 トーヤがリズをなだめながら、階段を上ってくる。ハキムたちは鉄扉をゆっくりと閉じ、シンボルのレリーフを横切って聖堂の入口に向かった。おそらくこの場所は、死んだオヴェリウスの影響力が比較的強く保持されている場所なのだ。


 そういえば、アンデッドはどうだろうか? これもまたオヴェリウスによって作られたものなのか? だとするとそれが成されたのは、レザリアが滅亡する前か、後か。


 いや、考え始めるときりがない。今はトーヤが言う通り、安全な場所に戻ることを優先するべきだ。立て続けに奇妙な出来事を体験したせいで、まだ少し動揺が残っている。ハキムは閂代わりにしていた投げナイフを回収し、扉の隙間から外の様子を窺った。


「よし、今ならこっそり出られるな」


 ハキムたちは聖堂の正面扉を押し開け、襲撃を警戒しながら広場を通り抜ける。第一回の探索行は、このあたりで切り上げたほうがよさそうだ。北のキャンプで少し休んだら、いったん地上に戻って休息し、財宝の清算と物資の買い足しをしよう。


 この遺跡のどこか、本当に、自分たちのことを見たり聞いたりしている存在がいるのだろうか? 周囲を覆う闇の中、粘度の高い何かの気配を意識しながら、ハキムはエーテル灯に照らされた街路を先導した。


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