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第七話 北のキャンプにて -3-

「俺たちの故郷は、ここよりもうちょっと東の方だ」


 キャンプまでの道中、クーパーに肩を貸されているティンは、自分と仲間たちの出自を語りはじめた。


「ただの田舎の、ただの農村。俺やクーパーや、他の仲間はそこで育った悪ガキ同士なんだ」


「それがどうして傭兵に?」


 農村の暮らしというものに対するイメージが乏しいのか、リズが尋ねた。


「農民なんてどこも食うや食わずだろ。俺たちはそんな生き方はしない。いつか偉くなって、都でいい暮らしをするんだってな。だが仕官するあてもないから、小さな傭兵団を作った」


 そこまで言ってから、ティンは苦笑した。


「まあ、その結果はお察しだけどな。おっとクーパー。文句を言ってるわけじゃないぜ。これまで生き残れただけでも万々歳だ」

「分かってるよ」


「黄金を見つければ、都でのいい暮らしに大きく前進だ。ここもデカい都市らしいが、アンデッドしかいないからな。もっとカワイイ姉ちゃんが沢山いる所に行くさ」


「うるさくて悪いな。コイツはおしゃべりなんだ」


 クーパーが苦笑いでハキムたちに詫びる。神経を張った行きの道中に比べれば、ずいぶんと打ち解けた雰囲気の帰路だった。


「酒が入ったときの俺はこんなもんじゃないぜ」


 とはいえ、始終この調子では付き合う人間も大変だろうが。



 ハキムたちはティンを連れて街道を北に歩き、先ほどアンデッドと戦闘をした円形の広場まで戻ってきた。ハキムが先頭で警戒し、クーパーがティンに肩を貸し、リズとトーヤが側面と背後をカバーしながら進む。


ハキムたちが噴水を通過しようとしたとき、トーヤが全員に警戒を促した。


「何か聞こえる」


 全員が立ち止まり、周囲に耳を澄ませた。何かが崩れる音、吠えるような声。それはつい先ほどまでいた場所のあたりから迫ってきていた。


「ヤツだ。グランデだ」


 クーパーが鋭く囁いた。全員が振り返る。


 やがてエーテル灯で青白く照らされた巨躯が、広場の入口に姿を現した。獲物を見つけたグランデは、威嚇とも歓喜ともつかない咆哮をあげた。その音はビリビリと空気を震わせたあと、遺跡の暗闇に吸い込まれていく。


 その異形は明らかにハキムたちを標的にしていた。俊敏という程ではないが、一歩一歩が大きい。見る間に距離を詰めてくる。


 クーパーが言っていた通り、グランデは常人の二倍ほどの背丈がある怪物だった。二足で歩くところは人間に近いが、上半身が異様に肥大している。腕などは人間の胴体ほど太く、手指の先からは恐ろしげな爪が伸びている。


 肩の筋肉も不自然なほど発達していて、首と頭がほとんど埋まっているような形だ。しかもそれらのバランスは奇妙に崩れていて、見る者に生理的な嫌悪感を与えるような造りになっている。皮膚はところどころ腐りきったように黒ずみ、いびつなまだら模様になっていた。


「おいおいおい。見るからにヤバいヤツじゃないか」


 ハキムは判断を迫られた。ティンを見捨てれば、彼を囮にして逃げることができるかもしれない。生き残ることだけを考えるならばそうするべきだ。しかしあとからクーパーに何と言われるか分かったものではないし、こんな怪物に追われながらの道中はちょっと御免被りたい。


 ならば余裕があるうちに倒してしまうのが、戦術的にも道徳的にも良策というものだ。


「僕が喰いとめる。皆は先に逃げてくれ」


 トーヤが勇ましく刀を抜く。


「おい、勝手に決死の覚悟を決めるな。クーパー、ティンを頼むぞ。リズ、アイツを焼けるか?」


「ちょっと時間ちょうだい。特大のをお見舞いするから」


 ハキムはトーヤに並び、リズを下がらせる。クーパーとティンは広場の出口まで後退させる。


 グランデは腕を振り回しながら走ってくる。その動きは人間とも野獣ともつかない不気味なものだ。皮膚は分厚そうで、打撃は効果が薄いだろう。ハキムは握っていたメイスを投げ捨てて、投げナイフを二本取り出した。噴水を挟んで怪物と向かい合う。


 しかしグランデは噴水を迂回することなく、そのまま石のオブジェに衝突した。水しぶきが上がり、女性をかたどっていた瓦礫が派手に散らばる。グランデが腕を振り回すと、拳大の塊がこちらに飛んできた。


「クソ、なんて力だ」


 ハキムは思わず頭を庇う。致命打は浴びなかったが、腹に石がぶつかり、思わず呻き声が出た。


「痛ってぇ!」


 噴水を破壊してなお、グランデの進撃は止まらなかった。雷鳴のような唸り声を上げながら、ハキムたちに襲いかかってくる。


 素通りさせればリズが危険になる。かといって正面から受け止めるのは自殺行為だ。逡巡する間にグランデが腕を外側に払い、強烈な打撃がハキムに迫る。


 身体をねじり、なんとか直撃を避ける。しかしかすっただけでも大した威力だ。ハキムは弾き飛ばされるようにして路上に転がった。既に全身が擦り傷だらけだ。


「リズ、逃げろ!」


 ハキムは地面に這いつくばったまま叫んだ。跳ね起きて投げナイフを構えると、トーヤがグランデの脚に刃を突き立てているところだった。しかし彼の身体には、今まさに凶悪な爪が振り下ろされようとしている。


 ハキムは考えるより先にナイフを投げた。狙ったのは、今まさに攻撃を繰り出そうとしている腕だ。ナイフは肘のあたりに突き刺さり、グランデの動きが一瞬止まった。


「こっちだデカブツ。不細工なツラしやがって」


 狙い澄ましてもう一本のナイフを投げる。それはグランデの顔に命中し、眼球のある場所に突き刺さった。グランデの咆哮に怒りと苦痛の色が混じる。


「ハキム、トーヤ、離れて!」


 リズの声。トーヤはグランデから刀を引き抜き、すばやく後退する。ハキムも跳びすさって距離を取った。


 グランデを警戒しながらも、ハキムはリズに目をやった。まだ近くに立っている。彼女は逃げることなく、敵に向かい続けていたのだ。


 リズの周囲に、半透明のプラズマ塊が形作られ始めた。それと同時に、彼女の金髪も白熱したように光り始める。一抱えもありそうなプラズマは空気中の塵を焦がしながら、見る間に熱量を高めていく。


 リズはグランデをまっすぐ指差した。


「消し炭にしてやる」


 プラズマ塊がバチバチと爆ぜるような音を出し、周囲に熱をまき散らす。リズから放たれたそれは、標的となったグランデに高速で叩きつけられた。


 怪物の肉体がプラズマを飲み込むと、その全身が溶岩のように赤熱した。一瞬の後、皮が弾けるようにしていくつもの火柱が噴き上がる。


 その様子を見て、ハキムはその場に座り込んだ。


「はぁ……。間一髪だ」


 激しい炎に包まれたグランデの身体はあっという間に炭化していき、ボロボロと崩れていく。


「危なかったけど、なんとかなって良かった」


 トーヤが右腕をさすりながら戻ってきた。ダメージは受けたが、重傷は負っていないようだ。


「だからヒヤっとさせないでってば」


 リズがハキムの腕を取り、立ち上がらせる。グランデは既に燃え尽きつつあった。


「もうちょっと労ってくれてもいいだろ」


 残骸から、熱くなった投げナイフをなんとか回収する。


 派手な炎を上げてしまったので、騒ぎを感知したアンデッドが集まってこないとも限らない。この場からは早く離れた方がよさそうだ。ハキムたちは休憩したい気持ちを抑え、広場の出口にいたクーパーと合流する。


「お前ら、すごいな。たまげたよ」


 クーパーはハキムたちを素直に賞賛する。悪い気はしなかったが、今はとにかくキャンプに戻りたい。遺跡を徘徊するグランデは複数いるだろうし、再び遭遇した場合、先ほどと同じように撃退できるとは限らないからだ。


 最大限に警戒しつつ、急いで移動したハキムたちだったが、北のキャンプに近くなると、アンデッドも少なくなるらしい。グランデと遭遇したあとは、単独で行動している二、三体に襲われたのみで、無事帰還することができた。


 キャンプの入口では、クーパーの仲間たちが心配そうに焚火を囲んでいた。彼らはクーパーとティンの帰還を心から喜び、ハキムたちのグランデ討伐に歓呼の声を上げた。


「クーパー。報酬を忘れないでくれよ」


 うやむやにならないうちに、とハキムは釘を刺した。


「もちろんだ」


 クーパーは布袋から金貨を五枚取り出し、ハキムに手渡した。


「本当はもっと渡すべきだと思うが、こっちも厳しくてね」


 この報酬でグランデともう一戦やれと言われたら断るだろうが、時間当たりの金額としてはまずまずだ。


「その代わりと言っちゃあ何だが――」


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