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第四話 廃都の冒険 -2-

 簡素な木製の柵を越え、松明の炎を背にして、青白い光に照らされた遺跡へと足を踏み入れる。


「こんなものは初めて見た。何でできてるんだろう?」


 トーヤが光の下に歩み寄り、柱のようなものに触れた。それは太い二本の棒がより合わさった形をしていて、大人三人分の高さにある先端が、大きな半透明の球体を支えていた。


 その球体が中にある青白い光を拡散させ、辺りをぼんやりと照らしているのだ。おかげで建物の中でなければ、ランタンも不要なほどの明るさが確保されている。


「エーテル灯、だったか?」


 ハキムは先ほどリズが呟いていた言葉を繰り返す。


「ええ。これは作るのにすごい手間と費用がかかるの。いったい何万本あるのか知らないけど、この都市を作った人間は――」


「カネをたくさん持っていた、ってことだ」


 言葉を引き継いだハキムに対して、リズはため息をついた。


「価値観の違いね」


「まあまあ、二人とも。とりあえずは先に進んでみよう」


 トーヤの勧めに従って、ハキムたちはかつて街道だったらしい場所を東に進んだ。


 このあたりは都市で言うと、主たる市街の外側に位置する領域であるようだ。小さい都市ならば農村。大きい都市ならば庶民の住宅があるような地区だ。建物の密度から言って、この場所は後者だったのだろう。


 道の左右に立ち並ぶのは平屋か、せいぜい二階建ての住居。それらは一様に、白っぽい石造りのものだった。かつては色があったのか、もともとそうだったのかは分からない。


「随分綺麗に残ってるね」


 トーヤは建物の状態を見て言った。崩落しているものも多いが、それでもほとんどは原形を留めている。たとえば都市が地割れに飲み込まれたとしたら、こんな風には残らないだろう。


「これについて、エリザベス先生の見解は?」


「……答えは、神のみぞ知る」


 リズはもったいぶっているのか、分からないのか、意味深な言葉で答えた。


 キャンプの近くにある建物はさすがに略奪され尽くしているらしく、中に入ってみてもめぼしい物は見つからなかった。腐食した家具や、元住民らしき骨の欠片だけがハキムたちを出迎えた。


 しかし道を外れて少し行ったところの屋内には、鍵のかかった箱や、金庫のようなものが発見できた。鍵を開けられず、かといって持ち出すのも手間なので、放置されていたのだ。


「さて、初仕事」


 ハキムは荷物からいくつかの器具を取り出した。


「手元を照らしておいてくれ」


 ランタンに照らされながら、ハキムは錠を確かめる。昔の人間が作ったにしては上等な代物だ。しかし所詮は庶民の財産を守るだけのものであって、さほど複雑な仕組みにはなっていない。ハキムが二、三の手順を試すと、鍵はすぐに開いた。


「さすがだね」

「まあ、それぐらいしてもらわないと、仲間にした意味がないし」


 中々辛辣な言いようだが、確かにこの程度の鍵を開けられないようでは、これからの探索でも役にはたたない。それよりも箱の中身だ。俺たちが初めて手にするお宝の中身は、果たして黄金の塊か、煌くエメラルドか。


 錆びついた蝶番が音を上げて、金属の箱が開いた。一抱えもあるような箱だが、中身はほとんどがゴミだった。木彫りの人形、欠けた陶器、用途不明の金属片。これは子供のおもちゃ箱か何かだったのだろう。


「クソ、ハズレだ」


 ハキムは腹立ちまぎれに、中身を床にぶちまけた。


「いや、そうでもないみたいだよ」


 トーヤが散らばったガラクタから布の袋を取り上げる。振れば中からは金属の音。調べてみると、古代の銀貨が十二枚入っていた。


「まあ、アタリかというと微妙だね……」


 とはいえ、一日分の生活費ぐらいにはなりそうだ。


「よく見せて」


 銀貨をしまおうとしたハキムだが、リズがそれを奪い取った。


「初体験で興奮するのは分かるけど、これだけだとそこまで価値はないぜ」


 それでもリズは、銀貨をランタンで照らしながら、穴が開くほど見つめている。


「オヴェリウス」

「何?」


「コインに書いてある。この国を治めていた皇帝の名前」

「へぇ、オヴェリウス」


「かつて〝到達者〟とも呼ばれた古代の英雄であり、魔術の祖とも伝えられる人物。その治世は千年以上前と言われている」


 リズはまた放心したように、遠く都市の東を見ている。


「失われた帝国ねえ」


 ハキムも釣られてその方向を見る。はるか遠く、都市の中心部近くに何か黒いものが見える気がした。しかしそれが何かは分からない。


「たとえ立派な国を作った皇帝だとしても、あの世にお宝は持っていけないからな。俺たちの糧になってもらおうぜ」

「……」


 リズは無言のまま、ハキムに銀貨を返した。


 建物を出ようとすると、入り口の近くにいたトーヤが何か身振りをしている。彼は外を指差して、ハキムとリズに囁いた。


「三人とも来てくれ。何かいる」


 三人? と思ったが、おそらくアヤメがカウントされている。


「アンデッドか?」


 扉をゆっくりと開けて、三人で様子を見ると、そこには一つの人影があった。


「探索者にしては様子がおかしいな」


 ハキムは目を凝らして観察する。姿形は人間だが、挙動が明らかに不自然だった。うなだれるように背を丸め、どこへ行くでもなく彷徨しているように見える。少なくとも、探索者ではなさそうだ。


「あれが、アンデッド?」


 リズがハキムの背に身体を預けながら外を覗く。


「寄りかからないでくれ」

「しっかり立ってて」


 アンデッドはまだこちらに気づいていないようだ。


「初めて見るけど、五感はあまり鋭くなさそうだ。素早くもないと思う。どうする?  やり過ごすかい?」


「いや、それもかえって面倒だ。戦ってみよう」


 ハキムは提案した。一体のアンデッドが非常に大きな脅威ならば、あれだけの探索者が遺跡に入っていけるはずがない。後々のため、強さを見ておいて損はないだろう。


 三人は物音を立てないよう、ゆっくりと建物を出た。ハキムは手ごろな石を拾い、アンデッドの頭部に狙いをつける。


 投擲。石はまっすぐ目標に命中し、アンデッドの頭がぐらついた。ダメージは受けているようだが、昏倒には至らない。痛みは感じているのかいないのか、よく分からない。


「とりあえず、生身の人間よりはタフらしい」


 アンデッドはこちらに気づき、二歩三歩と近づいてくる。顔は血液の色を感じさせない、陶器のような蒼白だった。皮膚は水分を失って乾き、ところどころ欠けたり禿げたりして内部を露出させている。


 なるほど。これがアンデッドか。人間のような殺気がない分、かえって不気味な感じがする。


「僕がやろう」


 トーヤが刀に手をかけ、前に出た。鞘からすらりと抜かれた刃が、薄闇の中で青白く煌く。


 アンデッドは構わず間合いを詰めてきたが、トーヤもまったく臆しない。素早い踏み込みから、横薙ぎの一閃が放たれる。剣圧に押されて、アンデッドの首が飛んだ。胴体はそのままバランスを崩し、どうと地面に倒れる。


「お見事」


とりあえず、首を落とせば死ぬということが分かって一安心だ。しかし次の瞬間、背後に気配を感じ、ハキムは振り返った。


「リズ、後ろだ」


 警告すると、彼女も振り返った。探索者のような姿の男が、建物の陰から現れる。しかし次の瞬間には、その身体から蒸気が上がり、肉の焼けたような臭いが漂い始めた。無法者を消し炭にしたというリズの魔術だ。


「やっぱり、仲間を集めて正解……あれ?」


 今さっきトーヤが倒したアンデッドとは様子が違うことに、リズは気づいたようだ。


「それ、人間じゃないの?」


 トーヤが戻ってきて、リズの作った残骸を見る。背後から襲ってきたのなら殺されても当然だが、助けを求めてきたのならさすがに哀れだ。


 ハキムは探索者風の死体にしゃがみこみ、全身を調べる。焼けただれた皮の胴衣。内臓が沸騰したせいで膨れた腹。目も茹だったように濁っているが、これはリズの魔術によるものかどうか判別できない。しかし首が奇妙に曲がっている。折られているのだ。


「多分、リズが殺る前に死んでたんだろう」


「つまり、探索者もここで死ねばアンデッドになる?」


 トーヤが眉をひそめながら言った。


「どうなんだ? リズ。こいつはそうだったみたいだが」


トーヤの言う通りだとすると、この遺跡ではかなり厄介な事態が発生していることになる。


「あるかも」


 リズは頷いた。


「探索者が死ぬとアンデッドが増える。アンデッドが増えると探索者が死ぬ」


 トーヤが布で刀身を拭い、鞘に納めた。いくらアンデッドを掃討しても、探索者が無謀な行動で死ねば、その身体が新しいアンデッドになる。


 ハキムは比較のために、トーヤが首を刎ねたアンデッドも観察してみた。これは長いぼろぼろの布を身体に巻いていて、明らかにアルムの人間ではない。


「こっちは元から遺跡にいたアンデッドみたいだな」


「都市の住人が、魔術でアンデッド化したんだ」


 リズが言った。魔術でアンデッドを作ることができるのか。ハキムに知識はなかったが、彼女がそう考えるのならそうなのだろう。


 アンデッド発生の仕組みはひとまず置いておいて、まず初めての戦闘は勝利で終わった。しかし光量が十分でない中、複数の方向から攻められると厄介だ。周囲の警戒は怠らないようにしよう。


 その場を立ち去ろうとしたハキムだが、ふと思い出して、元探索者の死体を探った。腰に帯びていた袋から、金貨一枚と銀貨八枚を回収する。


「……そういうの、抵抗とかないわけ?」


 リズが責めるように言った。


「わざわざ死体を作ってから盗むような連中も沢山いるぜ。それに比べれば良心的だろ。盗賊流の供養だ」


 あるいはこの場所でも同じことが起こっているのだろうか。ハキムは思い至った。可能性は十分ある。誰かを殺しても人間が殺したのか、アンデッドが殺したのか分からないし、調べようとする人間もいないだろう。


 トーヤはハキムが考えていることを察したようだが、リズはおそらく想像していない。口に出すと疑心暗鬼に陥りそうなので、ハキムはこれ以上言わないことにした。


 立て続けの出来事で気分を害したらしいリズをなだめながら、ハキムたちは周囲の家屋を探索した。しかし二刻の間遺跡を漁り、手つかずだったいくつかの箱や戸を開けても、ガラクタ以上のものは手に入らなかった。


 結局、この日にハキムたちが手に入れた財宝は、金貨一枚、銀貨八枚、古代の銀貨十二枚、それから傷みの少ない木彫りの人形一体だけだった。アンデッドの脅威にさらされながらと考えると、割に合わない仕事だ。


「なんでここの子供はおもちゃ箱に鍵をかけたがるんだ」


 ハキムはそう毒づきながら、一旦探索を切り上げることにした。



 何度か危うく迷いかけながら、ハキムたちはキャンプの近くまで戻ってきた。青白い幽玄の世界から、松明の灯る現世へと戻ってくると、今日の疲れがどっと押し寄せる。


「生きて帰ったな、新顔」


 キャンプの管理人がにやついた顔でハキムたちを出迎えた。


「なんとか手ぶらは避けられたよ」


 ハキムは革袋に入れた硬貨を鳴らす。


「そいつはおめでとう。盗まれないようにしな」


「ねえ、この遺跡って、どれくらい大きいの?」


 リズが尋ねると、管理人は右手を差し出した。カネをよこせということらしい。ハキムは銀貨を一枚渡した。


「こいよ。簡単にガイドしてやる」


 管理人はそう言って、ハキムたちを掘立小屋に招いた。この男は普段、キャンプで寝起きをしているらしい。酸っぱい臭いのする室内にはいるとき、リズが強く顔をしかめた。座るのも嫌らしく、管理人とハキム、トーヤが床に腰を下ろしても、彼女は立ったままだった。


「酒でも飲むか? タダでいいぞ」


 ボトルに入った茶色い酒を勧められたが、ハキムたちは断った。男は瓶に直接口をつけ、それを飲む。


「これを見ろ」


 管理人は積まれたガラクタの中から一枚の羊皮紙を取り出し、床に広げた。そこには中央に大きな円が一つと、端の方にいくつかの点がある。


「まず、俺たちがいるのはここだ。西のキャンプ」


 男は羊皮紙の端にある一点を指した。


「入口に近いから人も多い。財宝もあらかた持ってかれてる。アンデッドは少ないから、危険って意味じゃあそれほどでもない」


 男はまた一口酒を飲んだ。


「北、東、南にもキャンプがある。こっちはまだ探索が進んでない。デカいアタリを目指すならここいらがいいな。もちろん危険は大きいが」


「真ん中が都市の中心かい?」


 トーヤが中心の円を指差す。


「そうだ。この丸が都市の防壁で、西側のすぐ外にも一つキャンプがある。防壁の外側が〝辺縁〟。内側が〝旧市街〟。一番真ん中にあるのが〝中心市街〟だ」


「ちょっと待って、この防壁大きくない?」


 リズが身をかがめて言うと、管理人は愉快そうに頷いた。


「実際デカいのさ。防壁を一周ぐるりと回れば二刻以上はかかる。アンデッドどもを警戒しながら歩けばその倍だ」


 外周を歩けば二刻の防壁。加えて外側に広がる市街。ハキムが始めに予想した通り、これは空前の規模で建造された都市であるらしい。


「最悪、迷って餓死もあり得るな」


 ハキムは懸念を口にした。そして死ねばアンデッドの仲間入り。


「食料は安く売ってやるよ。さ、案内は終わりだ」


 これだけの手間で銀貨一枚を取られるのは納得いかないが、情報自体の価値は大きかった。用を済ませたハキムたちは臭い小屋を離れ、その日はキャンプでテントを張ることにした。


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