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第三話 廃都の冒険 -1-

 尖った瓦礫や金属を踏み抜いても問題のないブーツ。野営のための毛布。地下の冷気に備えての防寒着。暗闇を照らすためのランタン。ロープ。消毒用の強い酒。さしあたり三日分の水と食料。それからもちろん、身を守るための武器。長時間の探索を考え、防具は革などのごく軽いものにする。


 ハキムたちは一日半かけて、探索に必要な各種の道具をそろえた。もともと持っていた武器はともかく、ほかの諸々を購入するのに金貨二枚分の費用がかかった。


 おまけに、遺跡への入場許可料として、一人金貨一枚を支払わなければならなかった。痛い出費だが、これも先行投資と諦めるしかない。


「まあいいさ。払ったより多くの黄金を持ち帰ればいいんだ」


 しかし黄金を売る際にも、ここでは相場より安く買い叩かれる。それでも探索者が絶えないのは、実入りも大きいからだろう。


 ハキム、リズ、トーヤの三人は、出会った日の翌々日から探索を始めることにした。朝に木馬亭で合流し、簡単な食事を取る。今後のことを考え、ハキムとリズもここに宿を移していた。


「トーヤ。お前はなんでこの町に来ようと思ったんだ?」


 やけにドロッとした粥を口に流し込みながら、ハキムは尋ねた。


「……僕の故郷はここからずっと東にある。家は有力な領主の臣下だったんだけど、父の代で没落してしまってね」


 トーヤは木の匙を手でもてあそびながら答える。


「僕が成人するころには、もうかなり貧窮した状態だったんだ。だからアヤメが病気になっても、ろくな薬が買えなかった」


「へえ、気の毒に」


「今、両親は食うや食わずの生活さ。僕の代で家を再興できればいいなと思ってるんだけど」


 トーヤはあいまいな表情を浮かべながら言った。何を考えているのだろうか。


「まだ道のりは遠い。僕はアルムで黄金が見つけて、挽回を狙ってるんだ」


「黄金と言えば、分け前のことだけど」


 やや重くなった空気を誤魔化すようにリズが切り出した。報酬の配分は非常に重要な議題だ。これを巡って、しばしば殺し合いが起こるぐらいには。


「全員に異存がなければ、三等分だな」


 ハキムは提案した。


「私はそれでもいいよ」


「いや、僕とリズは探索の素人だ。道具の調達もハキムがやってくれたし。ハキムが四割、僕とリズが三割ずつでどうだろう」


 取り分が増えるのはいいことだが、下手にそれを受け入れると、大きな責任を被せられるかもしれない。ハキムは少し考えて、違う案を出した。


「俺が三割、リズが三割。トーヤとアヤメで二割ずつ。どうだ?」

「それは悪いよ」


 リズが何か言いたげにハキムを見たが、ハキムは鷹揚な仕草でトーヤに頷いてみせた。


「いいんだ。危ない役回りだから、その分頑張ってくれ」

「……ああ、ありがとう」


 アンデッドとの戦闘がどれほど激しいものになるかは分からないが、その矢面に立つのは間違いなくトーヤだ。あまりカネに執着するタイプではなさそうだが、リスクに見合うだけの報酬はあってもいいだろう。


 こういう公正さが、予期しないトラブルを防ぐ。それに黄金の塊を見つければ、三割も四割も大した違いにはならない。


「さて。道具もそろえた。取り分も決まった。そろそろ黄金の地下都市にもぐろうぜ」


 ハキムは空になった皿をテーブルに放り出し、道具の詰まった荷物をまとめ始めた。



 ニュー・アルムの端にある遺跡の入口は一見して何の変哲もない洞窟だが、周辺は出入りする探索者たちで混雑していた。


 見上げれば数日前にハキムが越えてきた深緑の山々があり、その背後には初夏の青空が広がっている。のどかな景色ではあるが、この下には都市が丸々一つ埋まっているのだ。


 ハキムたちは事前に購入した許可証を領主の兵に見せ、洞窟の内部へと足を踏み入れた。


 発見以降に拡張されてはいるものの、洞窟は三人が並べば一杯になってしまう程度の幅しかない。左右の壁面には松明が取り付けられ、赤々とした光を放っている。奥からは焦げ臭いような、何かが腐ったような臭いが漂ってきていた。


「なんとも不気味だ」


 ハキムは小さな声で呟いた。


「へえ、ベテランでも怖いわけ」


「怖がりじゃない盗賊がいるとしたら、そいつはもうすぐ捕まるか、死ぬ。集団で隊商襲ってるようなのは別だけどな」


「ふーん」


「確かに、遺跡を徘徊してるのは超常の存在だからね。警戒するに越したことはないと思うよ」


 なだらかな下りになっていた洞窟は、やがて深い縦穴に至った。ここからは木のハシゴで降りることになる。軋む段を踏み抜かないよう、一歩一歩慎重に足を動かす。


 ハキムが岩肌に向かい合いながらたっぷり三階分は降りると、背後の岩壁が途切れ、地下の冷気が肌に触れる。振り返ると、陰気な入口の様子からは予想もできなかった景色が目に入った。


 それは青白い光だった。太陽の白でも、炎の赤でもない。妖しさと儚さを感じさせる淡い青。それらが地底一面を覆うように、数えきれないほど存在している。


 あるものはすぐ近く、あるものははるか遠く。ゆらめき、明滅しながら、都市を幽玄に照らしていた。五千か、一万か。いや、もっとあるかもしれない。


 まるで夜空を突き抜けて星の層を越え、はるか上からそれを眺めているかのようだった。闇の中にあってこれほどの光が灯っている都市など、東西南北どこを探してもありはしない。それどころか、単純な規模だけを考慮しても、古今に類を見ない規模の大都市だ。


 その幻想的な光景には、これまで情緒や感動などといった気持ちにほとんど縁のなかったハキムでさえ、しばしの間言葉を失った。


「エーテル灯だ」


 ハキムの下にいたリズが放心したように言った。


「何だって?」


「地下からエーテルを汲み上げて照明にしてるんだ。それにしても、信じられない規模」


 彼女から静かな興奮が伝わってくる。


「こんな場所を、無秩序に盗掘してるなんて。いや、やっぱりこの都市は……」


 感動は結構だが、ぼんやりしすぎていい加減後ろが詰まってきていたので、ハキムはリズの頭を軽く爪先で小突いた。彼女はハキムを睨んでから、再びハシゴを下っていく。


 しかしおそらく、この景色に感心するのも最初の数度だけになるだろう、とハキムは予感した。慣れてしまったあとはひたすらに下を向いて、黄金を探す。人間なんて所詮はそんなものだ。


 そのあとさらに七、八階分は降りただろう。洞窟の下りを含めれば、地上ははるかに遠い。足を地面につけたハキムたちが目にしたのは、粗末なテントが並ぶ探索者たちのキャンプだった。太陽の届かない地下空間は、ひんやりと肌寒い。


「よう、あんたたち。新顔だな?」


 降り立つやいなや、浮浪者のような男が声をかけてきた。長い髪も髭も、皮脂でごわごわに固まっている。その右脚は義足だった。


「これか? アンデッドにやられたのさ」


 男は下品に笑い、義足で地面を叩いた。


「あんたもそうならないように、気を付けな。だが、ここなら特別な結界があって、アンデッドどもは入ってこられない。休むなら一人銀貨一枚だ。トラブルの面倒は見ないがね」


 要するに、ここは探索の前哨基地なのだ。いちいち上に戻るのは手間だから、物資がもつ限りは、ここで休息する方が効率良く探索できるのだろう。


 しかしハキムたちは降りてきたばかりで、体力も気力も食料も充実している。ひとまず様子を見るために、キャンプを出て進むことにした。


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