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第二十二話 混沌の辺縁 -1-

 かつてこの地方一帯を平定し、アルテナムという強大な帝国を築いた〝到達者〟オヴェリウス。彼の宮殿に据えられているという黄金の天象儀を手に入れるべく、ハキムたちはレザリア中心市街を目指すことにした。


 おそらくはレザリアで最も重要な財宝である天象儀を持ち帰れば、想像もできないような巨万の富が得られるだろう。


 当然、道中には大きな危険も予想される。今回の探索は、とりわけ気を引き締めて臨まねばならない。


 ハキムたちは前回の反省を活かし、防壁のどこからでも旧市街を脱出できるよう、鉤付きのロープを用意した。そのほか、持っていく品は検討に検討を重ねて選ぶ。


 時間をかけて入念に準備をしてから、ハキムたちは木馬亭を出発した。


 ニュー・アルムのはずれから遺跡入り口の洞窟に向かっていると、探索の帰りらしいクーパーたちとすれ違う。


「よう。これから探索か?」


 彼の仲間は全員疲労した様子で、クーパー自身も軽い傷を負っていた。


「ああ。今回はちょっと気合い入れていこうと思ってな」


「そうかい。だが、気をつけな。遺跡の雰囲気がこれまでとは違ってきた。アンデッドどももなんだか活きがいい」


「これまでとは違うって、どういう風に?」


 リズが尋ねた。


「行ってみりゃあ分かるさ」


 ハキムたちは顔を見合わせた。レザリアの様子が変化したというのは気がかりだ。しかし、いまさら予定を変更するつもりはない。


 洞窟の入口付近でも、レザリアの変化が人々の口にのぼっていた。それらを横目に通り過ぎ、松明の照らす地下道を行く。


〈アルテナム歴二十二年。皇帝オヴェリウスは魔術を究め、ついに不死へと至った〉


 ハキムはリズが訳した年代記の記述を思い起こしていた。不死とは文字通り、死ぬことのない無敵の身体を手に入れたということだろうか。それともせいぜい不老、という程度の意味なのだろうか。あるいはもっと概念的な不死で、たとえば亡霊のようになって存在を保っているということなのか。


 縦穴に至り、そこから長いハシゴを降りると、レザリアの辺縁が見えてくる。青白い光が地底を照らす、おとぎ話のような幻想風景。しかし確かにクーパーが言った通り、その様子は明らかに以前と異なっていた。


 大量にあるエーテル灯。それらを繋ぐようにして、細い光の帯が伸びている。無数の帯が縦横無尽に走る全体の様子は、まるで結び目の多い網のようだ。さらによく見れば、灯はときおり拍動するように光を強弱させ、それに呼応するような形で帯にも小さな波が走っていた。


「リズ、これはどういう変化だろう?」

「……さっぱり分からない」


 ハキムたちはそのままキャンプまで降りていった。管理人や何人かの探索者に対し、この状況についての話を聞いてみるが、誰も説明できる者はいなかった。ただ、アンデッドが活発になってきているのは確かなようだ。


「まあ、明るくなっていいじゃないか」


 相変わらず汚らしい身なりの管理人は、ボトルに入った酒をあおりながら言った。それはもちろんそうなのだが、ハキムはなにか、都市全体が一つの生命体として活動を始めたようにも思え、首筋がざわめくような不穏さを感じずにはいられなかった。


 予定では、南のキャンプを経由して、以前図書館から脱出した際に使った抜け道を通り、中心市街へと行くつもりことになっている。もし可能ならば、そのまま宮殿の地下まで行ってもいい。


「よし、じゃあ早速――――」


 しかしハキムたちがキャンプを出ようというときに、異変は起こった。


「アンデッドだ!」


 柵のすぐ外から、探索者の叫び声が聞こえてきた。どうやらキャンプを出たすぐのところで、アンデッドに遭遇したらしい。


 それだけなら、別段驚くほどのものではない。キャンプ近くであまり見ないとはいえ、アンデッドには脚があり、常に移動しているのだから。


 しかし明るさを増した遺跡の中から現れたのは、尋常な数の群ではなかった。


 少なくとも十数、二十、三十。見る間に増えていく。一か所からではなく、キャンプの周りにある建物の陰から続々と湧いてきていた。


「おいおいおい。洒落にならない数だな」


 ハキムもトーヤも、思わず武器を抜く。


「でも一応結界があるんだし、落ち着くまでここにいれば……」


「いや、どうやらそうはいかないみたいだ」


 トーヤは鋭い目でキャンプの境界を観察している。


 押し寄せるアンデッドたちは、はじめキャンプの外側にたむろっていた。しかし後続が溜まったところで圧力が高まったのか、濃い茂みを無理やり通過するようにして、結界の内側に侵入してきた。


 多数のアンデッドがキャンプになだれ込んでくる!


「ああ、嘘でしょ」


 結界があるから安心、とタカをくくっていた探索者たちは一転してパニックに陥った。中には先ほどまで睡眠をとっていて、騒ぎを聞きつけてテントから這い出してきたばかりという者もいる。


 キャンプにいる探索者はざっと百人。冷静に対処すれば敵を押し返せなくもない戦力ではあるが、いかんせん統制もへったくれもない連中だ。大多数が完全に肝を潰し、算を乱して逃げ惑う。


 アンデッドはさらに増える。自分たちだけで掃討するのは到底不可能だ。なんとかして逃げなくては。


 ……しかし、どうやって? ハキムはなんとか全体の状況を把握しようとしながら、首のうしろをごしごしとこすった。


 考えうる方法の一つは、地上に繋がるハシゴ。しかしこれは、一度に多人数が使用することを想定していない。根本付近では我先にと殺到した探索者たちによって掴み合いの闘争が発生している。一度は上りかけて引きずり降ろされたり、急ぐあまり段を踏み外して落下したりする者もいる。


 もう一つはアンデッドたちを突破して、レザリア内部に退避する方法。包囲の厚さは知れないし、今後地上に戻れる保証はない。


 しかしパニックになった群衆と一緒にいるよりは、殺してもいいアンデッドを相手にする方がいいと、ハキムたちはこの手段を選択することにした。


「リズ、トーヤ、ここだと囲まれる。一旦、キャンプの端に向かうぞ」


 悲鳴や怒号が渦巻く混乱の中で松明やランプが落ち、いくつかのテントが炎を上げて燃え始めた。それらを踏みしだき、アンデッドたちがキャンプ奥へと進撃する。


 ハキムたちは探索者たちの流れに逆らうようにして、キャンプの南端へと走った。視界の隅で逃げ遅れた義足の管理人がアンデッドに掴まれ、四肢を引きちぎられようとしている。


 だんだんと数を増すアンデッドたちは、徐々に包囲の輪を狭めていった。よくよく考えれば、レザリアには数十万の住民がいたのだ。アンデッドになったのが一割としても、総数は数万。簡単に掃討しきれる数ではない。今まではどこかで大人しくしていた、という個体もいるのだろう。


「僕が側面を支える。三人はなんとか血路を開いてくれ」


 壁際に寄れば、そちらからは攻撃される心配がない。トーヤがもう反対側の側面を守れば、他は正面に集中できる。ハキムは瓦礫を拾い、中距離のアンデッドを投擲で牽制していく。その隙にリズが魔術の準備し、火力で敵を排除することにした。


 一方、ハシゴ付近ではついにアンデッドが到達し、探索者たちのパニックが極限まで増幅されつつあった。


 トーヤが長刀を一振りするごとに、間合いの内側にいるアンデッドたちの首や四肢が切り離され、宙に舞う。しかしいかんせん数が多すぎて、長くはもたないだろう。ハキムも手あたり次第に投石を繰り返し、トーヤを援護する。一回は目前まで肉薄されたが、首を短剣で刺し貫いて難を逃れた。


「リズ! 早くしろ!」


 グランデやルトゥムではないからといって侮れない。頭数がこれほどの脅威とは。


「もうちょっと!」


 やがてリズの髪が白熱したように輝き、足元から風で揺らされたようにざわめく。身体の周囲でエーテルが渦巻き、超高温のプラズマが形成されはじめた。


「まとめて灰になれ」


 複数のプラズマ塊が、空気さえ一瞬で焦がしながら飛翔する。それがアンデッドたちの群を通過したあとには、朽ちかけた肉体を燃料とした火焔の柱が噴き上がった。その脇にいたアンデッドたちも、余波を受けてぶすぶすと焦げ、肉や臓物を沸騰させる。一瞬で十数体分の消し炭が出来上がり、包囲の一角が破れた。


「よし、行くぞ!」


 トーヤを殿しんがりにして、ハキムたちは南に駆ける。幸いにして、包囲の厚さは一息に走り抜けられる程度のものだった。炭化し、一部が灰燼に帰したアンデッドの残骸に足を取られないよう、ハキムたちはなんとかキャンプから離れる。


 ときには至近まで迫るアンデッドを押しのけながらの撤退。敵はどうやらキャンプに執心しているようで、ある程度距離を取れば追ってこなかった。悲痛な断末魔の叫びが耳をさいなむが、どうすることもできない。


 後続のアンデッドに注意しながら、ハキムたちはキャンプから離れた。しばらく進んだところに安全そうな廃屋を見つけ、そこで束の間休息を取ることにする。


 扉に内鍵をかけ、部屋の隅に座り込んだ。


「とんだハプニングだ」


 ハキムは革袋の水でのどを潤して、大きなため息をついた。


「まるで、何かの命令に従ってキャンプを襲撃してるようだった。レザリアの異変と関係あるんだろうか?」


 トーヤは油断なく建物の入口を見ながら言った。


「アンデッドを操ることは、理論的には不可能じゃない。でも、今のレザリアでそんなことをする必要がある?」


「これ以上中に入られるのが嫌なんじゃねえの。とにかく、これからどうするかを考えよう。あんまり大きな声は出すなよ」


 ハキムはそう提案し、ランタンの灯を囲んで話し合いを始めた。


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