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第十五話 千年の虜囚 -2-

 ルカナの言葉に、リズが息を呑んだ。思いがけず、レザリアに秘された真相の一端へと話が及ぼうとしている。


「私たちは、その真実とやらを調べに来たの。この都市で何が起こったの?」


「私には詳しく知りえない部分もありますが、できるかぎりお話しします。しかしまず、一つ確認させてください。私はもうずいぶん長いこと、外に出ることができませんでした。陛下は、陛下の作ったレザリアは、偉大なる〝アルテナム〟はどうなりましたか?」


「アルテナム?」


 リズは聞き返した。


「帝国の名です。永遠を意味するアルテナム」


「初めて聞いた。少なくとも、もう地図には載っていない。遠い昔の伝説になってしまった」


「……そうですか。でも、そんな気はしていました」


「オヴェリウスの行方は知れない。普通に考えれば死んでいると思うけれど」


 リズはハキムとトーヤを見た。確かに、聖堂の壁に浮かんだ赤い文字のことを思い返せば、ハキムにもオヴェリウスが完全に滅んだと言い切る自信はない。


「今、このレザリアは地の底にある。日光の届かないほど深くに墜ちているの。そしてアンデッドが蔓延はびこる死者の都になっている」


「ええ、そんな気はしていました」


「心当たりがあるのね?」


 ルカナは遠く昔に思いを馳せるような素振りで、しばし沈黙した。やがて再び口を開く。


「私が知ったことについてお話ししましょう」


 彼女はもう一度喉を鳴らし、下半身の蛇体をずるずると動かしてとぐろ(、、、)を巻き直した。


「恐るべき秘密の一つは、死者と異形の兵団です。陛下は死んだ者を再び動かす術をお持ちでした。それと生きている者を、強靭な異形の兵士にする術も。兵団によって、帝国はさらに版図を広げました。北方の山々を征服し、南方の荒野に進出し、東方の平原を圧迫しました」


 それはまさしくアンデッドのことだった。異形の兵士はグランデに違いない。ヤツらが隊列を成して行進してくるのを見た敵軍の兵士は、さぞかし戦慄したことだろう。


「二つ目の秘密は、陛下の野望に関することです。端的に言えば、あの御方は神の座に近づこうとしていました。いえ、神そのものになろうとしていたのです」


「それで、国民に自らを崇拝の対象とさせたんだな。……まあ、実際に神になるのが可能かどうかはともかく」


 ハキムは再び聖堂のことを思い起こした。


「ええ。信仰の強さはすなわち影響力の強さです。陛下は大規模な魔術儀式によって、大衆の信仰心を自らの力としました。山を動かし、海を割るような、神に等しい力を手に入れようとしたのです」


「……その結果は?」


 リズは低い天井を見上げた。まるで都市の上を厚く覆う、地盤と山々を眺めるかのように。


「分かりません。真実を知り、陛下が神にならんとしていることを知った私は、それがあまりに畏れ多く、冒涜的な罪業であると諫言かんげんしたのです。陛下はもはや古今に類を見ない偉大な御方。過当な行為によって、その名を凄惨と不遜で穢してはなりません、と」


「それで、怒りに触れたわけだな」


「その通りです。私の諫言こそが過当な行為であり、罪業でした。側近として取り立てられた私自身にも、甚だしい思い上がりがあったのです。罰としてこのような姿に変えられ、不死を与えられ、図書館に幽閉されました」


 結果として、彼女の受刑は千年に及んだわけだ。


「私が外に出られたのは、夜の間だけです。朝日が昇れば、再びこの部屋に戻ることになっていました。命まで奪われなかったのは、陛下なりの慈悲であったのではないかと思うのですが」


 ルカナの声からは、自らを異形に変え、永遠にも思われる期間幽閉されたことへの恨みや憎しみは感じられなかった。彼女は確かに、オヴェリウスが間違った行為をしていた、という思いを持っている。しかし同時に、オヴェリウスを崇拝する気持ちも持ち続けているのだ。


「レザリアがあった時代から、どれくらいの時間が経ったのでしょう? はじめは日付を数えることもしましたが、近ごろは長く微睡みの中にあったものですから」


「千年以上、ってところらしいぜ」

「ああ……」


 ルカナの溜息には、滅び去った時代に取り残された、不死者特有の寂寥せきりょうがあるような気がした。


 彼女はうなだれたが、少しすると再び顔を上げた。


「ありがとう、旅の方。ありがとう。お話しできて本当によかった。私は久しぶりに図書館を見て回ってから、今後のことを考えます。長らく眠っていたせいで、頭の中にはまだ霧がかかっていますので」


 そう言うと、彼女は出会って初めての笑顔を見せた。その姿はこれまでより少し若やいで見え、当時は美しかったであろう彼女の面影が偲ばれた。ルカナはずるずると長い下半身を引きずりながら、ハキムたちの脇をすり抜けて部屋の外へ出て行った。


「なんとも、信じられないな……」


 トーヤが放心したように呟いた。リズは座ったまま、難しい顔で何かを考えているように見える。


「とりあえずおめでとう。エリザベス先生。死線をくぐった甲斐があったな」


「壮大な話すぎて、理解が追い付かないけれど、それでもやっぱりレザリアが埋もれた理由は謎のまま。神の怒りに触れたのかな」

「そうなんじゃねえの」


「でもなんとなく、このままじゃ終われない。もっと大きな秘密がある気がするもの」


「すごいお宝も見つけてないしね、ハキム。それを期待してるんだろう?」

「まあな」


 ハキムたちは、改めて部屋の中を見回した。防壁の材質と同じ黒い石で四方を囲まれた牢獄。天井を含めたそれぞれの面には、赤い塗料で魔術的な文様が描かれていた。よく見てみれば、ルカナが書いたと思しき血文字もある。文様以外は風化しきっていて、リズにも内容を読むことができなかった。


 これ以上調べたところで、特に価値あるものは発見できないだろう。ハキムたちは積年の毛髪を踏み、封印されていた部屋を出た。


「ああ、そうそう」


 本棚の陰からルカナがいきなり顔を出したので、ハキムは腰を抜かしかけた。


「もし、安全に外へ出たいならば、秘密の抜け道が使えるはず。レザリアの重要施設を繋いでいて、防壁の外側に続いています。ここからならば、南に向かうのがいいでしょう。もし、埋まっていなければですが……」


 それは良いことを聞いた。危険なアンデッドが徘徊する旧市街を抜けていくのは骨が折れる。仮に埋まっていて進めなかったときは、またここまで戻ってくればいい。


「それと、解放のお礼を。私は何も持っていないけれど、これが役に立つかもしれません」


 彼女が差し出したのは、羊皮紙で作られた一冊の本だった。


「これは?」


 リズが手に取り、尋ねる。


「これは帝国の年代記です。私が幽閉されたあとのことも書かれているはず」


「……ありがとう。ねえルカナ。私たち、またここに来てもいい?」

「ええ、いつでもどうぞ」


 そう答えると、ルカナは再び書棚が立ち並ぶ闇に消えた。


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