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第十一話 無傷の追跡者 -2-

 翌朝。木馬亭一階の隅で朝食を摂りながら、ハキムたちは探索の方針について確認していた。


 肉のスープがテーブルの上で湯気を立てている。パンとチーズが添えられた、ほんの少し気合いの入ったメニューだ。


「前に管理人のオッサンが言ってたが、防壁の近くに一つキャンプがある。西のキャンプからそこに移動して、拠点にしよう」


 西のキャンプから防壁のキャンプまでは、探索を含まなければ一刻あまり。街道沿いにまっすぐ東進すればいいだけの、単純なルートだ。防壁の内側を目指すことはあらかじめ合意していたので、リズにもトーヤにも異存はなさそうだ。


 それを話してから、ハキムは昨日の件をリズに尋ねることにした。あまり先延ばしにすると聞きにくくなる。


「私と同じ出身なら、それは〝学院〟の魔術師ね」


 学院。ハキムも噂は聞いたことがある。数多くの伝説的なアーティファクトが眠る、巨大な宝物庫があるという施設。そしてそれらの財宝を守るために配置された、奇怪な罠と異形の怪物たちがいる場所。


 見事盗みに入ってみせると壮語を吐いた者は数多くいるが、誰一人として帰ってはこなかった、恐るべき盗人たちの墓場。


 これはさすがに巨大な尾ひれのついた噂に過ぎないが、堅固で謎めいた場所であることに変わりはない。ハキムにしても、学者と魔術師が寄り集まって、なにか怪しげな研究をしているところ、というぐらいのことしか分からない。


「学院って?」


 まったく知識がないらしいトーヤが尋ねた。


「ここからずっと北。私の故郷には大きな学校がある。哲学、天文学、医学、法学。様々な学問が研究されているけれど、中でも〝アーク〟と呼ばれる神々、その御業について学ぶ人々の結社を、特に学院と呼ぶの」


「そこの人間は、オヴェリウスやレザリアにも関心があって、熱心に研究してるわけか。なんたって魔術の祖だもんな」


「いいえ」


 意外にも、リズはそれを否定した。


「逆よ。彼らはその知識を持ちながら、探究や外部への流出を頑なに禁じている。私は禁忌を冒した反逆者ってわけ」


「じゃあつまり、リズを追ってる女魔術師っていうのは……」


 トーヤは酒場を見渡した。ハキムもそれに釣られる。女も魔術師らしき人物もいない。


「学院からの刺客かもね」


 面倒なことになった。ハキムは首のうしろをこすりながら少し考えた。こちらはお前の存在に気づいたぞ、と間接的に威嚇するのも一つの手ではある。ただ、それでいっとき相手を警戒させたとして、諦めさせるところまでもっていかなければ、問題を先送りしたことにしかならない。


「まあ、俺たちはやることをやるか……」


 刺客がリズの調査を阻むつもりならば、探索の中で接触があるかもしれない。ならば油断せずにそのときを待ち、出方を窺えばいい。条件次第では交渉のテーブルにつくという選択肢もある。なんにせよ、相手のために手間を割いてやるというのは癪だ。


「レザリアの中なら女は目立つ。出会ったら問い詰めて、気に入らなければ殴ればいい」



 ハキムたちは再び地下にもぐり、レザリアの探索を再開することにした。洞窟の縦穴にかかるハシゴを降りていくと、闇の中、無数に浮かぶエーテル灯が目に入る。


 都市の構造に気をつけて見れば、たしかに中央あたり、穴が開いたように暗い部分があった。そのあたりにもエーテル灯はあるのだろうが、防壁に阻まれてここまで光が届かないのだ。


 防壁の内側にある旧市街。そこには今まで遭遇したアンデッド以外の脅威があるのだろうか。あるいはオヴェリウスの魔術的な罠が。しかし危険を冒さずして、大きな成果は得られない。気を引き締めて臨めば、損失は最小限に抑えられるだろう。


 西のキャンプに降り立ったハキムたちは、まず管理人に女魔術師のことを尋ねた。


「ああ、見たような気もするな。けど、ここまでは娼婦も出入りするから、確証は持てん」


 管理人が知らないならば、たむろする探索者連中に聞き込みをしても、大した情報はないだろう。ハキムたちはそれ以上留まることなく、キャンプを出発することにした。


 目指すは防壁のキャンプ。そこまでは、大きな街道をまっすぐ進むだけでいい。危険はそれほどでもなく、体力と時間の消耗も少なくて済みそうだ。


「リズ。君はなぜ、禁忌を冒してまで、オヴェリウスのことを調べようと思ったんだ?」


 灯の多い街道を東に歩きながら、トーヤが尋ねた。


「魔術師になったからには、なにか特別なことが知りたかった。他の魔術師にもできない、特別なことがしたかった。きっかけは多分、そんな感じ。プライドが高いから、自分が他人と同列にされるのが、耐え難かったのかも」


「自覚があったのかよ」


「プライドのこと? 卑屈に生きるより、プライドを持って生きた方がいいじゃない」


 リズは胸を張って言う。トーヤはそれを見て笑いながら、問いを重ねる。


「それとオヴェリウスと、どんな関係が?」


「彼は魔術師にとって一番初めの存在だから、これ以上ない特別な対象でしょ。禁忌に触れるという行為自体に魅力を感じていなかった、というと嘘になるけど」


「プライドが高かったから、引っ込みがつかなくなったんじゃねえの」

「あんたにも刺客が繰り出されればいいのに」


 性格はともかく、リズの思考はごく合理的だ。学院が研究機関であることを考えれば、魔術師たちも多かれ少なかれ同じようにものを考えているのだろう。そんな連中は、なぜオヴェリウスにまつわる出来事を禁忌にするのだろうか。それも、探究する人間に刺客を放つほど頑なな態度で。


 このレザリアで起こっていることや、先日経験した出来事からすると、オヴェリウスが危険な存在かもしれない、という意見には同意できる。危険だから探索を止めろという主張にも、同意はできないが理解はできる。


 しかしそれがもともと禁忌になっていたという事実は、一体何を意味するのだろうか。学院の魔術師たちは、オヴェリウスの存在を秘匿すべきだ、と前々から考えていたということではないか。


 彼らにとって、オヴェリウスはどのような存在なのだろうか。自分たちが追究している、魔術という謎めいた知識体系の創始者というだけではない、それ以上の何か?


 まあ、そのあたりは学院の偉い魔術師しか知りようのない真実なのだろう。ただの盗賊である自分が考えても、仕方のないことだ。ハキムは迷子になりそうな思考を引き戻し、街道の先、遠く姿を現しはじめた防壁のキャンプを見据えた。



 防壁のキャンプは、文字通り防壁に張り付くようにして存在している拠点だった。今まで見た西や北のキャンプよりも小さく、並んでいるテントはせいぜい十二、三といったところである。


 キャンプに入り、奥に進むとそびえる防壁に行き当たる。ハキムはその近くに寄り、しげしげと観察してみた。壁に使われているのは、一つ一つが人間ほども大きな黒い石材だ。滑らかな表面を持つそれらが隙間なく積み重ねられ、堅牢で重厚な壁を形作っている。


 石の加工は精緻を極め、手をかけて登ることはおろか、ナイフの刃先でさえ入らないように見える。防壁の高さは、建物三階分をゆうに超えていた。よく守られたこの防壁を突破するには、おそらく十万からの兵が必要になるだろう。


 防壁のキャンプは、探索に熟練した、腕の立つ者向けの場所とされている。


 外側の辺縁を探索するにしても、防壁付近にはアンデッドが溜まりやすく、別の場所より危険度が高い。


 内側の旧市街は言わずもがなだ。そこに向かった探索者のうち、十人に三人は帰らない。


 そして今まで中心市街の付近に到達できた者は、両手で数えられるほど少ない。


 しかし無事に戻ってきた勇者たちは、辺縁をおそるおそる歩いている臆病者より、往々にして多くの黄金を持ち帰る。


 こういった情報を、ハキムたちは義眼の管理人から銀貨一枚で仕入れた。


「三人じゃ無理だとは思うが、門は勝手に開くなよ。デカいのが出てくるかもしれないからな」


 管理人は、ハキムが渡した銀貨を指先でもてあそびながら言った。門というのは、防壁の何か所かにある巨大な城門のことらしい。一般的な城門はなにがしかの機構で動くようになっていて、人力で開けられるものではない。


「旧市街への出入りにはハシゴを使え」


 管理人が指差した方向には、頑丈そうな木製のハシゴがあった。これと同じものが壁の反対側にも掛けてあるようだ。ハキムたちはキャンプでの小休止を挟み、早速それを利用することにした。


 一番乗りを主張するリズを先頭に、ハキム、トーヤと続く。ハシゴは若干軋みながらも、三人の体重を楽々支えてみせた。下からアンデッドに体当たりされて、梯子が倒れると困るな、などと考えながら、ハキムは二階分、三階分とハシゴを上っていく。


「うわ」


 防壁から頭を出したリズが、何かに感嘆するような声を出した。


「早くしろ」


 ハシゴを上り切ったリズを退かして、ハキムも防壁の上に立つ。その場所からは、おびただしい数の灯に照らされた旧市街、そして中心市街までが見通せた。


 旧市街に防壁より高い建物はあまりない。しかし中心市街付近には、巨大な楼閣や尖塔を持つものも見えた。高い建物の上部にはエーテル灯が届かず、その先端は闇に包まれている。


 旧市街にある建物に使われているのもまた、ほとんどが辺縁で見たものと同じ白い石材だった。青白い光に照らされた石畳の上には、おそらく無数のアンデッドが闊歩しているのだろう。


 繁栄を享受した時代とほぼ変わらない形でありながら、ここは千年間陽光が届くことのない、まさしく死者の都だったのだ。


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