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第十話 無傷の追跡者 -1-

 ハキムたちは驚異と脅威に満ちた第一回の探索行を終え、三日間で得た財宝を地上に持ち帰った。外に出てみれば、時刻は正午を少し過ぎたころだった。


 初めての収穫に少しばかり興奮していたハキムたちは、宿に荷物を置いたあと、さっそく財宝の鑑定と売却に向かう。


 ニュー・アルムには領主が認めた両替商の店舗がいくつかあり、表向きはそこでのみ財宝を売却できることになっている。黄金を町の外に持ち出すのは困難なので、ハキムたちはあえて裏のルートを模索することはせず、素直に正規の店舗を利用することにした。


 アルムに限らず、大抵の両替商は銀行のような役割も果たしており、持ち歩く必要のない金銭を預けることもできる。大金をぶら下げたままレザリアをうろつき、探索者に扮した、あるいは探索者から転身した強盗に遭う危険を減らせるというわけだ。


 両替商はまた高利での貸付もしていて、元手のないままアルムに来た者や、博打で財産をスッてしまった無計画な者がときおり利用する。


 守衛が立つ両替商の店舗を訪れると、いかにも欲深そうな商人は、ハキムたちが手に入れた古代の貨幣や黄金のキューブを、市井しせいの相場よりも一割ほど安く買い叩いた。


 それでもハキムたちの手元には、金貨にして十二枚ほどが残った。探索の準備、および探索中の費用がおよそ金貨六枚分。差し引けば金貨六枚の儲けである。ちなみに、黄金のキューブは一つだけ換金しないで手元に残しておくことにした。リズがそうするよう主張したからだ。


 金貨六枚という額は、熟練の職人が十日働いたときの稼ぎとほぼ同等だ。大金持ちにはまだほど遠いが、犯罪者同然の探索者が上げる成果としては、それほど悪くないものであると言えた。


 最低限の所持金を残して金貨を両替商に預けたハキムたちは、次回の探索まで一日半、木馬亭で休息することにした。宿屋に滞在するのは三日ぶりだが、随分長く地底にもぐっていたような気になる。


 暇を持て余した探索者たちは、大抵賭け事に興じるか、外に出て女を買うかするのが常だ。どちらもする気の起きなかったハキムは、午後一杯をベッドで寝転がって過ごした。



 その晩。ハキムとトーヤが寝る支度を整えたころ、皿に盛ったパンと瓶入りのワインを持ったリズが二人の部屋を訪れた。


「ちょっと話さない?」


 彼女はそう提案した。長くなりそうだったので、正直あまり乗り気のしなかったハキムだが、言ったところでリズは出ていかないだろう。仕方ないかと寝そべっていたベッドから下り、三人で皿を囲む。ランプを中央に置き、暗い部屋の中で頭を突き合わせた。


「俺、酒はいいや」

「ご自由に」


 パンにはバターが染み込ませてあり、砂糖もまぶしてあった。小さいころにこういう菓子を食べていたのだ、とリズは言った。どうやら宿の厨房を借り、試しに作ってみたらしい。ある程度まとまった収入があったから、こういうたわいない贅沢をするのも悪くはないだろう。


「まず、アンデッドについて」


 リズが話し始める。彼女はいつの間にか、洒落た装丁の手帳と筆記具を取り出していた。身体を洗い、髪を整えたリズの姿を見ると、いかにも高等教育を受けた貴族の娘、といった感じがする。今のところ、リズがら出自に関する話を聞いたわけではないが。


「前提になる知識として、アンデッドはエーテルの力で動く。人為的に作られるものもあれば、そうでないものもある。これはいい?」


「人間の死体を使ったゴーレムみたいなもんだろ」


 もっとも、ハキムはゴーレムなど見たことはない。アンデッドも、レザリアに来るまで見たことはなかった。ただ、命のない不気味な人形という意味では、どちらも似たようなものだ。


「ハキム君、意外に賢い」

「バカにしてんのか」


「レザリアのアンデッドは、人為的に作られたのかな」


 トーヤが尋ねた。


「住民型や探索者型は、どっちなのか確証が持てない。というのも、レザリア地下からは濃いエーテルが湧いてる。エーテル灯が大量に維持できてるのもそのおかげ。そういうエーテル濃度の高い環境下では、アンデッドが自然に発生しやすい」


「んじゃあ、あのデカいのは」


 ハキムがグランデについて尋ねた。エーテルが濃い場所だからといって、あんなものがポンポン生まれては大惨事だ。


「グランデは、さすがになにかしら魔術の影響下にあると思う」


「なにかしらってなんだよ」


「私の知らない大昔のなにか」


 リズはそもそもレザリアの秘密を調べに来ているのだから、知らないのもある意味当たり前ではある。特別な弱点でも分かれば別だが、どうやって発生するかは、今のところ探索に直接の影響をもたらさないだろう。


「次、オヴェリウスについて」


 リズは砂糖パンを取ってちぎり、その一片を口に運びながら、手帳に目を落とす。


「到達者であり、魔術の祖であり、国民に自分を崇拝させてる変態だな」


「ハキム君、ふざけないで」

「ふざけてねえよ」


「オヴェリウスはまだ、生きているんだろうか。つまりその、住民と同じようなアンデッドとして」


 リズによれば、オヴェリウスが生きていた時代は千年以上前。レザリアを徘徊するアンデッドたちに、まともな知性はありそうになかった。しかし地下牢の壁に浮かんだ文章からは、明らかな意思が感じられた。


「歴史上、不死を達成した魔術師はいない。理性と知識と、人の形を保ったままで、という意味でね。でも、完全に不可能が証明されたというわけでもない。オヴェリウスは、現在まで連なる魔術体系を作り出したほどの人物。どんな形であれ、まだ存在していると想定するのがいいかもしれない」


「いるとすれば」


 トーヤは指で床に円を描き、その中心を指す。


「レザリアの中心、宮殿かな」


「そうね……」


 リズはまた手帳を見つめ、しばし考え込んだ。


 そのあともハキムたちは色々と推察してみたが、あまり意味のある議論はできなかった。所詮、自分たちはまだ都市の辺縁を探索しただけに過ぎない。リズが望む真実を掴むには、明らかに材料が足りなかった。


「じゃあ、俺から提案」


 話が煮詰まったので、ハキムは今後の方針へと話題を移すことにした。


「今度は防壁を越えて、旧市街に入ってみるってのはどうだ」


「僕はいいけれど、危険も大きいよね」


「今回は三日で金貨六枚だった。これじゃあ、何年続けたところで小金持ちにしかなれない」


「リズはどう思う?」


 手帳を睨み、難しい顔をしていたリズは、トーヤに尋ねられて顔を上げる。


「私はこの遺跡の、レザリアの埋もれた秘密を求めてやってきたの。小金を得て満足するわけにはいかない」


「決まりだな」


 ハキムは最後のパンを口に詰め込み、再びベッドに戻った。防壁の内側はアンデッドも多いだろうが、元住民が蓄えた財貨も多いはずだ。


 両替商の店舗でも見つければ、箱いっぱいの金貨が手に入るかもしれない。なんなら、魔術的なアーティファクトでもいい。そういう品は、ルート次第で信じられないほど高く売れる。


 話を終えると、リズは空になった皿と瓶を持って自室に戻っていった。トーヤも再び布団にもぐる。彼はときどき寝言でアヤメと会話するほかは、おおむねよい同室相手だった。


 しかしハキムが毛布をかぶり、枕に頭をうずめようとしたとき、再び部屋の扉がノックされた。ハキムはリズが戻ってきたのだと思い、ぶっきらぼうに返事をした。


「どうした?」

「クーパーだ。休んでるところ悪いな」


 そういえば、彼も木馬亭に滞在していたのだったか。他の仲間はおらず、クーパー一人だけだった。ハキムは入室を促す。


「聖堂はどうだった?」


「それなりに不愉快な体験もしたが、実入りはそこそこだった」

「そりゃ何よりだ。教えた甲斐がある」


 クーパーはこちらの気も知らないで笑った。しかし次の瞬間、彼はやや真剣な顔になる。


「もう時間も時間だから、手短に済ますぜ」


 ハキムはベッドから起き上がってあぐらをかき、話を聞いた。


「リズのことを嗅ぎまわってる女がいる。多分、魔術師だ」

「へぇ、知り合いかな」


「知り合いかもしれないが、少なくとも友好的じゃなさそうだな。アルムの中じゃリズは目立つ。対面しようとすればすぐにできるはずだ」


 アルムに女の探索者はほとんどいない。魔術師となればなおさらだ。二、三人の探索者に聞けば、リズまでは簡単に辿り着ける。にもかかわらず直に接触してこないのは、こっそり動向を探ろうとしているからだ。こちらに何かしらの不利益を与えようとしているのでは、と疑うのが普通だろう。


「黒髪で、おっぱいの大きい女だ。気をつけな」

「おっぱいはどうでもいい。けどまあ、気にしておくよ」


 それだけ言うと、クーパーは部屋から出て行った。多分、先日の件で恩を感じて、義理堅くも情報提供してくれたのだろう。


「どう思う? トーヤ」


「アレだけだと何とも言えないね。こっちも調べてみるかい?」


「……必要があればな。とりあえず、明日リズに聞いてみよう」


 今度こそ毛布をかぶりなおし、ハキムはランプの灯を消した。魔術師という人種はよく分からない。よく分からないものは警戒した方がいい。もしその女が探索の障害になるならば、なんとかして排除するよりほかないだろう。


 明日から危険な領域に入るというのに、面倒なことになりそうだ。前途に不穏さを感じながら、ハキムは三日ぶりにベッドでの眠りについた。


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