チーター
3人が絵日記帳を開くと、何も書かれていなかったページに、逆立ちをした棒人間の絵が浮かび上がった。そこには「ボクは誰でしょう」と記されている。おそらくこれが最後のお題だろう。流亜と信平が「なんだろう」と悩んでいるなか、勇気は1人、確信したように「チーターより」と書かれた石を見つめて言った。
「チーター。お前、太一だろ」
彼の言葉に、2人は思い出したように昔の記憶を辿る。――太一。彼は小学校の頃から足が悪く、びっこを引いて歩いていたのをからかわれ不登校になっていた男の子だった。勇気の家の隣に住んでいたのだが、彼がたまたま悪戯で太一の家にピンポンダッシュをしたのがきっかけで知り合うことになる。そのときに勇気につけられたあだなが「チーター」だ。太一を逆さから読んだのだ「たいち⇒ちいた⇒ちいたー」のように。そして勇気はそんな彼を「足が遅いチーター」とからかいながらも、4人で虫取りや川遊び、ゲームや祭り、そして肝試しなどをして遊んでいた。3人がチーターを思い出せなかったのは、彼が足の手術のために遠くへ引っ越してしまったからだ。もう何10年も前になる。一緒に遊んでいた期間は1年ほどであった。別れのときに太一から勇気へと手渡されたものが、川遊びで見つけたすべすべの丸くて綺麗な石であった。それは例の石とよく似ている。
「勇気、これタイムカプセルに入れたのってあんただったの」
「俺はそんな記憶ないけどな」
「それより、異世界に飛ばせる力を持ってるってことは、太一君死んでるんじゃ……」
「縁起でもない事言わないでよ信平」
3人が困惑しているなか、絵日記帳のページがめくられる。すると「勝手にボクを殺さないでよ」と殴り書きをするかのように文字が記されていった。そして再びページがめくられる「ボクは元気だよ。今は大学に通ってるんだ。友達も沢山出来たよ」そう書かれた日記には楽しそうに笑う、おそらく太一と思われる青年が描かれていた。それを見て3人は安心したように胸をなでおろす。そして絵日記帳は例の石の姿になる。そこには「わ」と記されていた。
「チーターより。でいなれすわ……逆さ言葉ね」
「太一より。忘れないでってか」
「こっちはずっと忘れてたのに太一君は覚えてくれてたんだね」
3人が石を見つめながらしみじみと昔を思い返す。アゲハチョウを追いかけたり、綺麗な川で魚と戯れたり、ゲームのコントローラーを奪い合ったり、金魚を捌いて後悔したり、おばけの仕掛けに驚いてこけてすりむいたりなどだ。異世界にとばされたことで、記憶がより鮮明になる。太一との異世界ゴッコが楽しかったと全員が伝えると、白い空間は真っ暗闇となり、そこに満月が微笑む。そして月明かりに照らされた御神木が彼らの前に現れた。足元には蓋の開いたタイムカプセルがある。もとの世界へと帰れたのだ。3人は気になっていた4枚の手紙を手にとり、月の光をたよりにそれを読み始めた。
「おれはプロ野球選手になれてますか……だってさ」
「私はファッションモデル」
「僕はゲームクリエーター」
3人がそれぞれの名前の手紙を読んで苦笑する。中学生の頃の夢とは、どうしてこうも大きいのだろう。もちろん全員がその夢を諦めている。勇気は高校を出て、近くの工場で働いている。流亜は短大で介護の勉強をしている。信平は大学に通いながらコンビニでバイトをしている。夢は夢のまま終わってしまったのだ。3人は夢の世界から現実に戻されたかのような顔をしながら、最後の1枚「太一」と書かれた手紙を開いた――