おばけの世界
勇気の声に共鳴するかのように人魂がうごめく。怯える流亜に信平が「大丈夫だよ」と肩にポンと触れると彼女は大きな悲鳴を上げた。すると今度は複数の小さな人魂が、ひとかたまりとなって、両手に1枚の皿を持った小僧の姿に変化した。辺りが暗くてよく見えなかったので、先ほどの大きな懐中電灯でその姿を照らす。すると「ひぇぇ見つかったぁ」と小僧はその大きな眼を覆い隠すように瞼をぎゅっと閉じた。
「俺こいつ知ってるぞ。豆腐小僧だろ」
「でもお皿に乗ってるの豆腐じゃなくてコンニャクだよ」
「豆腐落としたのかしら」
「確か豆腐を落としたら死んじゃうんじゃなかったかな」
「豆腐小僧だしな。ただ豆腐運ぶためだけに存在する妖怪ってのも珍しいよな」
「豆腐の代わりにコンニャクって……」
「流亜、笑ったら豆腐小僧がかわいそうだよ」
3人の会話を聞いていた豆腐小僧はその白い頬を下から上にポーッと赤く染め上げて「豆腐豆腐うるさい!」とわめいた。その声がまた上空の人魂を集め、今度はろくろ首を呼び出した。しかし、懐中電灯を向けられると、ろくろ首もそれを嫌がった。襲ってくる気配は全くない。むしろ逃げるように長い首をライトから遠ざけている。彼女の首は一直線に伸びる光を辿って暗闇になるまでまっすぐに伸び続けた。
「出口を探すと豆腐をプレゼント」
突然聞こえたチーターの声に3人は少しビクッとなりながらも「いるか!」と声をそろえて返した。それに喜んでいるのは豆腐小僧だけであった。しかし、ここはチーターによって導かれた世界。早く石を集めてもとの世界に帰らなければ。そう思いながら彼らは考え始めた。勇気が何気に懐中電灯を自分の顔に向けて怪談話を始めるかのように振舞うと、ろくろ首の首が勇気に近づき、そして勢いよく上空へと伸びていく。それを見た3人は、彼女を道標にしようと考えた。作戦はこうだ。沢山ある墓石の間を光で照らし、ろくろ首の首を通らせ、そしてそれを上手く光で誘導し墓石に結んでゆく。これならどこを通ったのかがわかるという寸法だ。あとは首の通っていない道を進めばいい。ちなみにこの作戦を考えたのは信平だ。3人は早速その方法で出口を探し始めた。
「みんなはオラが怖くないの」
「なんかようかい、ポチャ一丁」
「勇気ったら変なあだなつけちゃってるし」
「そういえば君は昔からあだなつけるのうまかったよね」
「んーそうだっけ」
作戦通りに道を進んでいくと、暗闇に隙間が開いているのを流亜が発見した「もしかしたら出口かも」と3人と豆腐小僧が駆け寄る。首が絡まったろくろ首は手を振ると小さな人魂の姿に戻って空中へと消えていった。そしてカーテンをめくるように隙間を開くと「お見事」という声がした。チーターだ。豆腐小僧はコンニャクを信平に手渡すと、頭上に皿を持っていく。すると、上空から白くて四角い塊が彼の皿に乗った。それは一丁のみずみずしい豆腐だった。そして、コンニャクは例の石となる。そこには「す」と書かれていた。豆腐小僧は喜びながらカーテンの向こうへと走り去り、おばけの世界へと戻っていった。辺りを見回すと病院のように何もない白い空間となっている。黒いカーテンは渦を巻きながら白い壁に吸い込まれるように消えていった。
「チーターより。でいなれす……謎だね」
「なぁ、俺わかったかもしんない」
「何よ突然」
「チーターってあいつのことじゃ……」
勇気が言いかけると、今度は大量の絵日記帳が上空から落ちてきた。その中から一冊を適当に手にとって読んでみる。そこにはこう書かれていた。
○月×日( )晴れ
今日もなにもなかった。
「何だこれ」
「全ページこれだけだね」
「毎日こんな日記つける意味ないじゃない」
3人が苦笑しながら絵を描く部分が空白の絵日記を見つめながら、次のチーターのお題を待っていた。しかし、声や文字は一切出てこない。どうしてしまったのだろうと途方にくれていると、1冊の絵日記帳が3人のもとへと落っこちてきた。全員が頷きながらそれに手をやると、先ほどまで飛ばされた――昆虫、お魚、ゲーム、祭り、おばけの世界……それらの世界での思い出が走馬灯のように流れ出す。すると、絵日記帳の名前の欄に「チーター」というマジックで書いたような文字が浮かび上がった――