祭りの世界
「金魚をすくうアレって何だったっけ」
「ポイのこと」
「そうそれそれ。それが特殊な店を探せばいいんじゃね」
「どうやって探すのよ」
勇気と流亜が、やぶれない金魚すくい屋について考えていると、1人の浴衣を着た男の子の袖が、信平とすれ違った。顔には狐のお面をしている。そして右手には緑色のポイを持っていた。男の子は3人の方をジッと向いたかと思えば、無言のまま走り去り、人が行き交う屋台の喧騒の中へと消えていった。信平が「変わった子だったね」と言うと、流亜が「あの子がチーターだったりして」と冗談を言うように笑った。勇気は「もしそうだったら、どんな顔してんだろうな」と意地悪そうな顔をする。そして3人はしばらく沈黙した後に「――ポイ!」と同時に叫んだ。すると「わっしょい」という掛け声の後に「探偵ゴッコは好きかい」という声がした。おそらくこれが本物のチーターだろう。彼はいつもどこかで3人の行動を見て楽しんでいるように感じる。
「おいチーター。何が目的だ、早く俺らの世界に帰せよ」
「あんたは何者なの」
「僕たちのこと知ってるの」
3人がチーターにそう言うと、彼は「ははは」と太鼓や笛の音に負けないくらいの大きな声で笑い「ヒント。あの子の持ってた水風船は割れちゃったんだ」と返した。彼らが何度呼びかけても、それ以来返事は帰ってこない。仕方なく3人が作戦を練る。おそらくだが、男の子の持っていた緑色のポイは普通のものではない。そしてそれをもって金魚すくい屋に向かっているのだろう。しかし、屋台はあちらこちらにある。そこで目に付いたのが地面にある”変わった跡”だ。それは点々とアリの這う道のように一方向へと続いていた。3人は思いついたように目を合わせて、水風船の水が下駄に付着して地面に足跡を付けたのだろう。そう考えた。
「じゃあこれ辿っていけばクリアってことか」
「でも、やぶれないポイを探してるわけじゃないよね。僕たち」
「”やぶれない”金魚すくい屋って何かしら」
流亜が口元に手を当てながら考えるように辺りを見回すと、りんご飴の屋台を見つけた。彼女は「あの子の顔が見れるかもしれないし、買っていきましょう」と言って店に向かった。2人も後を追う。飴は無料で手に入れることが出来た。そして、水の跡――もとい足跡を辿り、3人は1つの屋台へとたどり着いた。そこはどこか寂れていて、他の屋台から離れている。そして漂う生臭さ。その臭いに全員が鼻を摘む。そこに1人、さっきの狐のお面を被った男の子がしゃがんでいた。その姿はどこか寂しそうだった。流亜がりんご飴を持って「どうしたの」と声をかけると、男の子は彼女の方をジッと見つめ「……死んでるんだ。全匹」と呟いた。屋台に店主は居らず「金魚すくい」とかかれた看板は所々傷んで黒ずんでいる。そして水槽には無惨にも息絶えた金魚たちがぐったりと異臭を放ちながら浮かんでいた。遠くでは華やかな花火や太鼓、笛の音が響く。それがどこか歪に思えた。そして、男の子は無言で水槽の中に向かってポイを入れて金魚たちを器の中に入れていく。動かない金魚。ポイは全く破れる事はなかった。
「……そういうことかよ。胸糞わりぃ」
勇気が舌打ちをして「チーターのやろう」と呟いた。男の子は水槽の金魚を全匹入れ終わると、流亜のりんご飴を指差して「それちょうだい」と言う。彼女は少し悲しげに彼に飴を渡すと、男の子は死んだ金魚が入った器を流亜に手渡した。それは例の石の姿になる「……いただきます」飴を食べようとお面をはずした男の子の顔は――
「きゃあ、のっぺらぼう!」
次の瞬間、沢山の提灯は人魂となり、ゆらゆらとあちこち揺れながら、上空を彷徨う。屋台は様々な形の墓石となり辺りはジメジメした空気が漂う。太鼓や笛の音はヒュードロドロという、いかにもお化けが出そうな不気味な音に変わった。そして狐のお面は大きな懐中電灯に変形した。のっぺらぼうは「ヒヒヒヒ」と笑うと、墓石の集まる闇の中へと足元の石をジャリジャリ踏みつけながら走っていく。
「今度は〔おばけの世界〕だぞぉ~」
耳鳴りのような声が聞こえる。おそらくチーターだ。怖がる流亜の手を掴んで勇気は「ちょっと趣味悪すぎねぇか」と怒りを顕にした。するとチーターは「よくいうよ。君たちはボクの目の前で金魚を捌いて遊んでたじゃないか」と返した。その言葉に信平は「そういえば……」と腕を組んで思い出したように言う。小学低学年の頃、勇気の家の駐車場で3人と――あともう1人で1匹の金魚を釘で刺して遊んでいた。今思えば酷い話だが、好奇心でやってしまったのだ。後悔した流亜は当時泣いて「金魚さんごめんなさい」と謝っていた。あの後味の悪い感覚を3人は思い出した。そして5個目の例の石に目をやる。そこには「れ」と書かれていた。
「チーターより。でいなれ……何が言いたいんだろう」
「チーター……」
「どうかした、勇気」
「いや。何か思い出せそうな気がしてさ」
勇気が頭をポリポリとかく。思い出せそうで思い出せない。そのもどかしさに彼は「あぁうぜぇ」と暗闇に叫んだ――