お魚の世界
取り残された3人は辺りを見回してみた。アユやメダカなどの淡水魚やイワシの群れなどの海水魚、艶やかな赤のサンゴなどが入り混じる幻想的な光景に一同は息を呑んだ。まるで竜宮城へ通ずる海のようだ。しばらくその景色を眺めていると、一匹の小さなクジラが3人のもとへと泳いできた。するとクジラは目から透明な泡のようなものをポロポロと出し「お父さんとお母さんが迷子になった」と言う。3人は何故クジラの声が聞こえるのかを不思議に思ったが、ここはチーターという者によって導かれた世界。どんなことが起こってもおかしくはない。
「可哀想だから探してあげようよ」
信平がそう言うと、勇気はめんどくさそうに頭をかく。流亜は子クジラの頭を撫でて「可愛い」と何度も言っていた。この世界では魚と言葉が話せるらしい。子クジラも気持ちよさそうに彼女に「ありがと」と返していた。問題はどうやってこの広い海の中から親クジラを探すかだ。全員が考えていると、ふわふわと虹色のくらげが「またまた登場~」と陽気な声を発しながら流れてきた。チーターだ。
「ヒント。この世界にはお魚がいるよ」
「え、それだけ」
流亜が不満そうに言うと「じゃあもうひとつ」とくらげは足を孔雀のように広げると「下の岩を見てごらん」と言った。3人が言われたとおり見やると影が出来ている。おそらく大きな影を探せということなのだろう。しかし、この世界がどこまで広いのかはわからない。それを聞いてもくらげは小さく笑って教えてくれなかった。
「じゃあ、あとは皆でがんばってね」
くらげはそう言うと、またプカプカと風船のように浮かんでどこかへ行ってしまった。3人は再び考え始める。しばらく考えていると、信平が思い出したように「僕たち魚と話せるんだよね」と言う。それに一同は「ああそういうことか」と頷いた。沢山いる魚たちに親クジラの居場所を聞けばよいのだ。それに、もしかしたら手分けして探してくれるかもしれない。
3人は見かけた全ての魚に声をかけ、親クジラの居場所を聞いてまわった。昆虫の世界でもそうだったが、この世界でも襲ってくるものはいなかった。おそるおそる、ギザギザの歯を持ったサメにも尋ねたら、快く仲間を呼んで捜索に協力してくれた。そんなこんなで、待つこと1時間ほどして親クジラの居場所を魚たちが伝えに来てくれた。どうやら案内してくれるらしい。3人が歩いていこうとすると、3匹のイルカが「私たちに乗りなさい」と言って、背中に乗せてくれた。
「なんか修学旅行のバナナボートみたいね」
「沖縄を思い出すよ」
「お前偽者の紅芋タルト買って後悔してたよな」
「そういう君は星の砂を流亜にプレゼントして『恋人みたい』ってからかわれてたじゃないか」
「もう信平、それ過去の話でしょ」
3人がたわいも無い話をしていると、大きな影が2つ見えた。おそらく子クジラの親だろう。勇気が「良かったな」と言うと、子クジラは「パパママ」と甘えた声を出して影のほうへと向かって泳いでいった。
「お礼もなしかよ」
「まぁいいじゃない。楽しかったし」
勇気と流亜が笑いながら話していると、またまた虹色のくらげがふよふよと向かってきた。そして「お魚の世界は楽しかったようでなにより」と言って笑った。すると、くらげは段々小さな丸い石となり、勇気の手のひらに乗った。これもタイムカプセルと同様の石の形であった。
「どうせ文字が書いてあるんだろ……『い』」
「チーターより。でい……何かしら」
「デイ。記念日とかかな」
3人が石についてわいわい話していると、今度はピコピコという電子音が鳴り出し、海草や岩はブラウン管テレビに変わり、海水はみんながよく知っているゲームの画面を映し出す巨大なスクリーンとなっていった。魚たちはみなフィギュアと化し空中に浮かんでいる。全員が「今度は〔ゲームの世界〕か」と呟いた。今回は地面に影がある。どこかごちゃごちゃした世界だと勇気と流亜は思ったが、信平はどこか楽しそうだ。
すると突然スクリーンに字幕が現れた。そこにはこう書かれていた。
【お気に入りのソフトを探してね。チーター】
その字幕が消えると、画面はテトリスのプレイ画面となる。3人が辺りを見回すと山積みとなったスーパーファミコンのソフトが見えた。
「えーこの中から探すの」
「これ、テレビでプレイできるみたいだよ。ほら」
「お前何楽しんでんだよ。いい歳になって」
信平はチカチカする世界の中で、当時流行ったものからマイナーなゲームまで手にとっては懐かしそうに微笑んでいた。その様子に二人は溜息をつきながらも、ソフトを手にとって昔遊んだであろうものを探し始めた――