ラベンダーの淡い香り
冒険(`・ω・´)
「此処に居ても痛いだけだよ」
ドアの陰で座り込んでいる蒼に私は続けた。
私は手を差し出す。蒼は私の手を取ることも振り払うこともしなかった。
「僕が悪いんだ。僕がみんなと同じことできないから……僕も何かできればいいんだけど何もできなくて」
病気だからできないことがたくさんある。そんなのおばあちゃん見てれば私でもわかる。どうして蒼のお母さんにはそれがわからないのだろう。
「蒼は私のお話聞いてくれる。お母さんのことも大事にしてる。蒼はみんなにできないことができてるんだよ!」
私は蒼の手を取った。
「一緒にお出かけしよう」
私は蒼の手を引いて歩き出した。日が西に傾いてきていた。この時間になったら帰らなきゃいけないことぐらい知ってる。
でも今日は。お母さんが帰って来ない日だし私は帰りたくない。
「どこ行くの?」
「わかんない」
「えっ……」
蒼の血は止まっているが、やはり正面から見るとグロテスクだ。私は自分のパーカーを蒼に着せてフードを被せた。
歩いて行くと秋風に銀杏の木が揺れている。
「紅音、待って」
蒼が後ろから言う。過度な運動は控えるように、と言われていたのに私がそれを強いてしまっていた。
「ごめん蒼」
私は謝る。
「ううん。僕こそごめん」
蒼も謝る。蒼は悪くないのに。
「ここで休もう」
一本の木に寄りかかる。そして私は聞いた。
「蒼、家に帰りたい?」
「僕は帰りたくないかな。帰ってもお母さんいないし。紅音は?」
「私も帰りたくない。お父さんいるもん」
「そうだよね」
蒼はそう言ってはにかんだ。
なんとなく、二人で蟋蟀の鳴き声を聞いていた。
暫くして、蒼の声が聞こえないことに気がついた。嫌な予感が頭を過ぎり蒼の方を見る。
夜の静けさに消え入りそうなほどに小さな寝息を立てて寝ていた。
「ねえ君達!ねえ!」
肩を思いっきり揺すられ目が覚めた。
「あ、お嬢ちゃんの方は起きたね」
見るからに警官。マジですか。
「お坊ちゃんが起きなくてねえ」
蒼が……起きない……?
「蒼?!」
寝ている。この爆睡能力を分けて欲しい。
「お母さんは?お父さんは?」
「お仕事行ってる」
私は答える。
「じゃあ一緒においで。おうちに帰ろ……」
私は蒼を叩き起こし歩き出した。嫌だ。帰りたくない。私は……私は……。
「帰りたくない!」
その大声で目が覚めたようで私が手を引くと蒼も歩き出した。
「紅音……大丈夫……?」
私は答えずに歩く。
「待ちなさい君たち!」
さっきの警官が小走りで追いかけてくる。蒼を走らせるわけにもいかず捕まってしまった。
「みんな心配するよ。お電話すればきてくれるから帰ろう」
家に帰ったら痛いだけ。そんなの嫌だ。蒼だってそうだ。蒼だって痛いだけ。
「痛いもん!帰ったら痛いだけだもん!お父さんがあるんだもん!あんな家帰りたくない!ほんとなら私だって帰りたい!こんな寒いところいたくない!でも痛いんだもん……」
制御しきれなくなった感情が爆発して、泣き出してしまった。
「泣かないで……紅音……」
蒼が服で涙を拭いてくれるが泣き止まない。
「わかったから……ね?おいで。帰ろう」
何にもわかっちゃいないじゃないか。
「痛いのは嫌だ!」
蒼の手を引いて走り出す。
家に帰りたくない。
蒼にあんまり無理させんなよ……?