生きるということ
ゴトリと闇が動き出した
ちらほら佇む見送りの人が、現れては彼方へ去ってゆく
反対側のホームに停まった電車も、ドアを開けたまま彼方へ退いていった
あれは、これから冬を迎える頃だっただろうか
ホームのうどん屋がまだボゥッとした灯りを点していたっけ
あの時求めたうどんは、さて、何を載せてもらっただろうか
湯気で曇った窓のむこうで、赤いランプが明滅するのを眺めていたっけ
ドンブリの蓋を開けると、湯気で踊っていただろう鰹節が、おが屑のようになっていた
音を殺してうどんを啜り、唐辛子が舞うツユを飲み干し
コートの襟を立てて眠りについたものだ
明けそめの駅は寂しさに満ちていた
出迎える人はなく、降りる人もなく
弁当売りもまだ店開きしていない時刻
ホームの外れの洗面所でよく顔を洗ったものだ
白いタイルとアルマイトの洗面器、あれは定番だったのだろうか
キーンと冷えた水が、問答無用で私を昼間の生き物に甦らせてくれた
そして、ゆっくり動き出した列車に乗り込み、色づき始めた山を眺めながら
私は今も列車に揺られている
揺られている
終着駅がどこなのか、私は知らない
あとどれくらい揺られるのか、それも知らない
今はただ、景色を愛で、乗り合わせた客と世間話に興じるとしよう
今も私は揺られている
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今回の曲は、『シンドラーのリスト』 です。
あの物悲しいバイオリン ソロから、レールを刻む音を連想しました。
できたら、音楽を思い浮かべながら読んでください。
列車が速度を上げるのに重なってきませんか?
この列車は『人生号』 行き先は不明です。
どこが終着駅か誰も知りません。
どこで降ろされるかもまた同じ。
あなたはいったい、どんな旅をしていますか?