台風の日
{台風の日}
カツン、カツン、カツン…
チャリン!
ガチャッ…ガチャガチャッ!
カチャン…
ギィ…
男「くっそぉ…びっしょびしょだよ…」
男「タオルタオル…」
男「あー…あと天気予報」
ピッ
TV「鉄腕DA…」
ピッ
TV「台風情報です。」
TV「台風6号は、明日、土曜日の未明にかけて…」
男「…あー、すんげぇでけぇなぁ…」
今日、台風が上陸した。
会社は、電車が止まる前に早退となり、いつもよりも二時間も早い帰宅だ。
外は暴風雨。
あと二~三本、電車が遅ければ確実に駅で足止めを喰らっただろう。
良かった良かった…。
ただ…。
それよりも、雛ちゃんが心配だ。
こんな日に来る事は無いだろう…が、そのまま家に居させるのも心もとない。
しっかり、ご飯を食べれているだろうか…?
しっかり、暖かい布団で寝れているだろうか…?
…不安だ。
…。
そう言えば、雛ちゃんの学校はどうなっているのだろう。
台風で臨時休校になるのだろうか。
その場合…。
雛ちゃんは、「ご飯を食べていない」はずだ。
彼女と一ヶ月過ごして分かったのだが、どうやら「週末にご飯を食べていない」らしい。
つまり、土曜日と日曜日…。
そもそも「学校の給食以外で、ご飯を出されない」…と言う事だ。
…その事実は、話していて気づいた。
もしも臨時休校ならば、確実にご飯を作ってもらえていない。
そして、俺の家に来れなかった場合は…?
…完全に、何も食べない日。
…もう一つ、恐ろしい話をするのであれば、
明日は土曜日…学校はゆとり教育の影響で休み…。
…大丈夫かな…。本当に、大丈夫かな…?
男「…」
男「ま…風呂でも入るか。多分、今日は来ないだろ…」
男「明日、来た時は…」
男「ピザでも頼もう」
ピッ
俺はTVを消して、風呂へと向かった。
…。
…。
…。
男「~♪」
ザバァ!
男「おー!!あっちぃぃぃぃぃいいいい!!」
男「あ゛ぁ゛…あああ…」
トプン…
男「…ふぅ」
男「あ~…あったまる…」
男「…疲れがぁ…」
男「…あぁ」
男「~♪」
風呂での一人言。
多分、俺以外の人間もやるだろう。
普通に入ってるだけじゃつまらない。
何か、遊ぶ物を持ちこむ人もいるみたいだが、お湯に落とした時が怖いので、俺は持ちこまない。
男「~♪」
…カツン…カツン
男「…!」
聞こえた。階段の上がる音がかすかに。
…夜7時半。
…まだ、雛ちゃんが来るには早い時間。
雛ちゃんは、いつもなら8時過ぎに来る…と言っていた。
…多分、三階への来客だろうな…。
俺は、鼻歌を再開する。
俺への来客じゃないなら、気にする必要などない。
ただ、普通にいつも通り風呂に入るだけ…。
パタンッ!
男「…!」
違う!三階じゃねぇ!
俺ん家だ!
しかも…!しかも!
脱衣所の扉を開けやがった!!
それは…!つまり!!
ガラッ…
男「…!」
雛「…こんばんわ」
男「わー!雛ちゃんか!」
男「あー!ごめん!俺!今すっぽんぽんだからさ!だから!ちょっとソファで…」
男「…!」
雛「…ま、待ってますね!」
男「…雛ちゃん」
雛「…はい」
男「…なんだよ、それ」
雛「あ…あはは…」
雛「み、見えちゃいました…か?」
男「なんだよ…!その顔!!」
雛「…えへへ」
雛「…ごめんなさい」
雛ちゃんは、無理やり笑顔を作っていた。
目の上に、それは大きなアザを作った顔で…。
…。
俺は急いで風呂を上がり、水浸しで震える彼女に風呂を進めた。
一旦落ち着いたほうが良いだろう…。
…。
…。
…。
雛「…」
男「よう、あったまったか?」
雛「…ごめんなさい、ありがとうございます」
男「いいよ…それより…さ」
男「ほら、ソファ座って…」
雛「…はい」
ポスッ…
男「…」
男「率直に…聞いて良いか?」
雛「は、はい…?」
男「…その顔、どうした?」
雛「…」
目を逸らすな…。
言いたくないのは分かる…。
俺だって、聞きたい話じゃねーよ…。
でも…!
男「…また、「喧嘩」か…?親父さんと…」
雛「…はい」
男「…」
喧嘩っつったってよ…!
自分の娘の顔に…!痣つける親父がいるか!!!
…。
待て…抑えろ…ここで俺が激昂したって意味が無い…!
男「な…何が、原因だ…?…そ、相談してくれよ…」
男「…力になるから…。なれるなら…さ」
雛「…」
雛「…今日」
雛「今日、台風で…」
男「…ん」
雛「…お父さん…早く帰ってきて…」
雛「…」
雛「け、喧嘩しちゃって!」
男「…そうじゃねぇよ…」
男「…何が、何があった…?」
男「なんで、お前に…!手を上げた…!?」
雛「…」
男「…頼む」
男「話してくれ…!力になるから…!」
雛「…」
雛「…ごめんなさい」
男「…!」
雛「こんなに…!迷惑かけちゃって…!」
男「雛…!」
雛「それで…!!ありがとう…!」
雛「いつもいつもいつも…!…お兄さんは、私の…味方でいてくれて…!」
男「…」
雛「…ずっとね…?」
雛「ずっと…ひとりぼっちだって…思ってて…」
雛「…本当に…!本当に…」
雛「…私なんて、どうだっていいんだって…」
雛「…でもね」
雛「お兄さんは、私の事…しっかり見ててくれて…!」
雛「今まで、他の子が持ってて、私が持ってなかったものを…お兄さんはくれる…!」
雛「…ねぇ、お兄さん…!」
男「…おう」
雛「…少しだけ…少しだけでいいから…」
雛「雛の、優しいお父さんに…なって欲しいな…!」
男「…!」
雛「こうやって…!夜の…たった数時間で良いから…!」
雛「…雛のね…?優しい…!お父さんに…!」
男「…」
雛「…お願い」
雛「…もう、誰がお父さんなのか、分からない」
雛「もう…!!あの家に帰ってくるのが…!!何人目のお父さんなのか分からない…!」
雛「お母さんが…帰ってくると…!」
雛「…いっつも…違う、男の人で…!」
雛「それが…!いっつも…!お父さんって…!呼びたくないのに…!」
雛「…皆が、大好きな…お父さんは…!」
雛「…私にとって…どんな人なのか、分からなくて…!」
雛「だから…!ずっと!」
雛「楽しそうにご飯食べたり…!楽しそうにお風呂入ったりとか!!」
雛「そういうのが…!そういうのが…!」
雛「…欲しかった…」
男「雛…」
雛「…わがままで…ごめんね…?」
雛「でも…!ずっと欲しかった物…!!ここには…!ある…!」
雛「…から」
雛「…お願い…!お願い…!」
雛「お兄さん…!本当に…!」
雛「私…!お金…!少ししかないけど…!」
雛「お金…!全部あげるから…!」
雛「…」
雛「…ここに…居させてください…!」
ガバッ
雛「お願いします…!お願いします…!」
男「雛ちゃん…!」
雛「絶対…!迷惑かけませんから…!」
雛「迷惑な事…!しませんから!」
男「…」
雛「もう…!ひとりぼっちは…!」
雛「いや…です」
男「…」
目の前の少女は、大きな声で泣くような事もせず、
ただ、粛々と涙を零しながら打ち明けた。
土下座をして、なりふりかまわずに…。
…。
俺は、彼女の家庭で何があったか、詳しくは分からない。
分からないが…。
彼女自身が、これほどまでに追いこまれているのは分かる。
彼女が、友達たちの語る「理想の家庭」と言うものに全く恵まれていないと言うことも分かる。
最初、俺が思った事。
彼女に居て欲しい。
それを、彼女自身が望んでいる。
ここには、彼女が望むものがある。
完璧…ではないが、彼女の望んでいるものが…。
男「…」
男「雛ちゃん…頭、上げて」
雛「…」
男「…俺は、雛ちゃんがこの場所に居て、迷惑だと思った事はないよ…」
男「むしろ、誰も居ない家に帰ってくる…って言う…なんて言うんだろうね?」
男「…多分、雛ちゃんが、もっと大人になった時に分かると思うけど…仕事でとっても疲れて帰ってきて…誰もいないって言うのは…」
男「…寂しいんだ」
男「…でもね、この一ヶ月、雛ちゃんがここに居てくれて…!」
男「「おかえり」って言ってくれて…!」
男「俺は、とっても幸せなんだ…」
男「…俺は、雛ちゃんが居てくれて、本当に嬉しい」
男「…だからさ…?迷惑なんて考えなくて良いんだよ…?」
男「迷惑じゃない、むしろ、楽しい」
男「…ね?」
雛「…」
男「…つまり…雛ちゃん」
男「どうぞ、ここに居て下さい」
男「俺は、雛ちゃんが傷つく所を見たくないし、ここに居て、雛ちゃんが幸せだと思う間は、ずっと居てくれて構わないから!!」
…。
はっきりと伝える。
はっきり、俺の意思を伝える。
そして、家出少女の帰れる場所を…。伝える…。
すると…彼女はゆっくりと顔を上げた…。
雛「…おに゛い゛ざん…!」
男「…ん」
彼女を、なるべく優しく抱きしめる。
ずっと、声を抑えて、うつむいて。
彼女は泣き続けていた。
そう、迷惑なんて事はない。
…いつか、俺が捕まるような事になったって、俺は後悔しない。
彼女が、いつまでも劣悪な環境に居させる事…。それこそ俺にとっての後悔だ。
だから、俺はこの不思議な関係を、もっと不思議にして…ずっと続けていたい。
これが、彼女が家出した理由。
そして、夜は家に帰らなくなった理由。
…。
これから先、どうなるかなんて誰にも分からない。
どうにかなった時…。
それまで、良いお父さんを装えたら…いいな。