エピローグ
{エピローグ}
ある日、仕事が好きになった。
前は嫌な仕事だと思っていたのに、
今じゃとてつもなく、やりがいを感じる。
そして、仕事が終わった後の事を考えると、
どうしても鼻歌を抑える事などできない。
言葉を発する事も無く、あの小奇麗な部屋へと帰る。
正直、ここに居るのが生きる楽しみだ。
誰からも「独身」と言われる事も無く、
仕事のおかげで出会いもない。
今日も家に帰って温かい料理。
ああ、実家よりも快適だ。
さて…風呂にでも…。
と、風呂の扉を開けたタイミングで家のベルが鳴る。
手に持ったバスタオルを扉に引っ掛け、俺は家の扉を開いた。
男「おかえり」
雛「ただいまー!」
{エピローグ}
家が好きになった。
たった一人の父が、私をとっても愛してくれるから。
仕事の時は、あんなにも真面目なのに。
母は、もう居ない。
朝を越えても、夜を越えても、もう帰って来ないだろう。
そんな時父は、お酒を少しだけ、チビチビと呑みながら、私の頭を撫でてくれる。
家出少女が帰る場所。
オフィス街の一角、オフィスビルの一角。
一階には焼肉屋さん、三階には誰かが住んでる。
そして二階。
今日は高校卒業祝いの打ち上げがあった。
いつも帰宅部な私は、本来あの場所の明かりを点ける役目がある。
お皿を洗って、お夕飯の準備をして。
今日は明かりが点いていた。
二階、大きな部屋。
今まで皆が持っていて、私だけが持っていなかった場所がある。
私だけの場所がある。
一段一段が大きな階段を駆け上がり、小さなインターフォンを押す。
中からドタドタ走る音、ふいにゴミ箱を蹴飛ばす音。
それでも、真っ先に来てくれる。
真っ先に、誰よりも、他の事よりも…。
私の元へ、来てくれる。
ガチャン
男「おかえり」
雛「ただいまー!」
{エピローグ}
雛は、十八歳になった。
昨日が学校の卒業式。
そして今日は、その打ち上げがあったらしい。
男「どうだった?今日は?」
雛「楽しかったよー!」
男「おー!そっかそっか!」
男「…高校の友達ってのは、ずっと友達だからな?」
男「大事にしとけー?」
雛「もー!それ、何回も聞いた!」
男「本当だって!大事なんだ!」
俺は、朝から溜まった皿を洗うため、キッチンに立つ。
雛「うーん…」
男「普通の奴らならな?飲み会をやるようになって…定期的に集まって…」ジャー…
男「…まー、良い奴らばっかりなんだから」フキフキ
雛「うん」
男「…まー、同じ高校の出身の奴が結婚したり…ってのも良く聞くしね」ゴシゴシ
雛「へー」
雛「ふふん…!そこは興味ないから大丈夫!」
男「へーへーそうかい」ジャー…
雛「あー!馬鹿にして!」
男「んー?別にー?」フキフキ
雛「もー!」
男「…さて…と」
皿洗い完了。
これで、今日の予定は全終了だ。
…いや、一つだけ残っている。
雛「…コホン!」
男「うん」
雛「お兄ちゃん!」
男「おう」
雛「はい!ソファ座って!」
男「おう」
雛「…よし!」
男「おう」
雛「まず…昨日言ったと思うけど、お兄ちゃんに、大切なお話があります!」
男「ん」
雛「沢山あるけど、寝ないで聞く事!」
男「ん」
雛「まず一つ!」
雛「…雛は、無事に高校を卒業出来ました!」
男「おめでとーーーー!!!」
雛「へへ…昨日も聞いたけどねー?」
男「言ったけどねー」
雛「…さてさてさて!」
雛「…こうやって、長いようで短かった三年間を満喫出来たのは…!」
雛「全て!お兄ちゃんのおかげです!」
雛「本当に!ありがとうございました!」
男「いえいえ」
男「どうせ金もあったし、その辺は気にしなくていーよ」
雛「…ううん」
雛「…えっと…」
雛「…あ、もう8年前だっけ?」
男「んー?」
男「…あー、もうそんなに経つのか」
雛「早いねー!」
男「ああ、早かった」
雛「…でね?」
雛「…そ、その…」
男「ん」
雛「か、感謝の印として…!」
雛「て、手紙を書いてきました!!」
男「おー!」
雛「ででで…!でね!」
雛「す、すっごく恥ずかしい…と言うか…」
雛「すっごく…て、照れくさい?のかな?」
雛「…で、でもね?」
雛「き、聞いて下さい!」
男「ん」
雛「…コホン!」
雛「大好きなお兄ちゃんへ!」
雛「私には、血の繋がっていないお兄ちゃんがいます!」
雛「その人は、まるで私を、本当の娘のように育ててくれました!」
雛「8年前のあの日」
雛「もしも雛の向かった先が、全然違う場所だったら…って」
雛「今思うと、とっても怖くなりました」
雛「でも、そのおかげでお兄ちゃんに会えたので…」
雛「雛は、後悔をしていません」
雛「お兄ちゃんは怒るかも知れないけど」
雛「家出をしたことで、私はお兄ちゃんに巡り合えました」
雛「そして、お兄ちゃんが誘拐してくれなきゃ出会えない体験も」
雛「沢山できました」
雛「多分、他の人だったら、私を見捨てるような事が何回もあったけど」
雛「それでも、自分よりも雛の事を考えてくれるお兄ちゃんが…」
雛「誰よりも誇らしいです!」
雛「誰よりも誇らしいし、誰よりも大好きです!」
雛「…雛は、ついに高校を卒業して…」
雛「…ようやく」
雛「一人で歩く事の出来る歳になりました」
雛「…もしも、お兄ちゃんが私を手放すのなら」
雛「手放されても大丈夫な歳になりました」
雛「ここまで生きてこれたのは、全てお兄ちゃんのおかげで…」
雛「…今まで、感謝を忘れた日はありません」
雛「…毎日、雛の為に働いてくれて、ありがとう」
雛「…毎日、雛の作ったお弁当を、美味しいって言ってくれてありがとう」
雛「…毎日、雛に勉強を教えてくれて、ありがとう」
雛「…毎日、雛の幸せを考えてくれて、ありがとう」
雛「…お兄ちゃん」
雛「…ありがとうございました」
雛「…雛は、ついにお兄ちゃんが居なくちゃだめな生活から巣立ちます」
雛「…雛は、大好きなお兄ちゃんの元から、巣立ちます」
雛「…それを、ずっと応援してくれて…」
雛「ありがとうございました」
雛「雛は、私のお父さんとして居てくれたお兄ちゃんが…」
雛「大好きです!」
雛「雛より!」
男「…」
男「うん」
雛「…」
雛「…な、なんか…」
雛「…ちょっと寂しい…?感じがするね…?」
男「…うん」
男「ちょっと涙ぐんだわ」
雛「…泣いていいのに」
男「お前の前で格好悪いだろ」
雛「…せっかく結婚式で言うような作文にしたのに…」
男「あー…だからか」
雛「うん」
男「…そっか」
男「…寂しくなるな」
雛「…そうだね」
雛「こう言う関係も…けっこう楽しかった関係も…」
雛「お終いだね」
男「ん…」
雛「…じゃ、お兄ちゃん」
男「ん」
雛「次の作文、読むね!」
男「おう!」
雛「大好きなお兄さんへ!」
雛「雛は、雛をここまで育ててくれたお兄さんを」
雛「お兄ちゃんやお父さんと呼ぶ事を卒業します!」
雛「こんなにも雛の事を思ってくれる人は、きっとどの世界を探しても居ません!」
雛「ずっとずっと前から!」
雛「8年も前から、お兄さんの事が、本当に大好きでした!」
雛「で!」
雛「遂に!私は高校を卒業しました!」
雛「お兄さんと決めていた約束の日が!遂に来ました!」
雛「高校に入学した時に決めた約束の日が!来ました!」
雛「雛!無事に高校を卒業して!」
雛「お兄さんの妹や、娘を卒業します!」
雛「以上!雛より!」
雛「…お兄さん!」
男「…」
雛「ついに!ついに!」
男「…」
雛「ほら!早く♪早く♪」
男「…///」
雛「ほーらー!照れないで!照れないで!」
雛「ほら!言ったら雛の事、好きに出来るんだよ!?」
雛「ずっと手を出さなかったのに、年齢的に大丈夫になるんだよ!?」
男「…あー…」
男「…待ち遠しかった…と言うか…」
男「…実際…この時が来ると焦るな…」
雛「はっやく♪はっやく♪」
男「…ちょっと待ってて」
雛「あ、あー!」
男「…そ!魔窟に隠してあった」
雛「えー!もー!教えてよー!」
男「教えたらお前、学校に付けてくだろ…」
雛「勿論!」
男「ダメダメ!」
男「しっかり、入学ん時の約束ぐらい守れ!」
雛「守った!守ったよ!」
男「…ん」
雛「さあ!さあ!」
男「…へいへい」
男「…コホン」
男「雛へ」
男「俺は、雛と約束を交わしました」
男「「高校を卒業したら、雛と結婚をする」という約束をしました」
男「・・で、約束を守れるように、仕事場の女に目もくれず、雛の為に働きました」
男「そして、雛が高校を卒業するまで俺は」
男「一人の保護者として、雛の傍にいる事を誓いました」
男「…今日と言う日が来るのが、少し寂しい気がします」
男「ですが、雛が卒業して、一人の女になると言うのが、とても待ち遠しかったです」
男「今日を持って、俺は雛の保護者を辞めます」
男「約束通り、俺は…」
男「雛の事を、永遠に幸せにする事を、ここに誓います」
男「盛大に結婚式を行うことが出来ないのは残念ですが」
男「…雛」
男「…今度こそ、俺のものになってください」
男「…俺と」
男「俺と、結婚して下さい!!!」
男「以上!感謝の手紙とラブレターでした!!」
雛「~~~~~/////」
男「…///」
男「返事!」
雛「は、はい!!///」
男「ちげーよ!ラブレターの返事だよ!!」
雛「そ、そんなの言わなくても!」
男「ふざけんな!これやらねーぞ!?」
雛「あ!それはずるい!」
男「さあ!答えろ!!」
雛「…ふふん!」
この日、公にする事の出来ない二人の、
とても不思議な関係は、三通の手紙を通して終焉を告げた。
だが、その不思議な関係は、今度はまた、違う関係になる。
男「…答えは?」
雛「勿論!お受けします!」
男「…そこはさ、もっとしおらしく?答えろよ」
雛「違うもん!ずっと前から楽しみにしてたんだから!」
男「…ま、雛らしいや」
雛「ねえ!ねえ早く!早く!」
男「ん…」
男「…ほら、これだ」
雛「…!」
雛「わあぁ…!」
男「…これ、ボーナス一括払い分の…」
雛「いやいやいや!夢ないよ!?それ!?」
男「るせー!いいから左手出せ!」
雛「ん…」
男「…急に素直になるのは反則だろ」
雛「い、いいから!早く!早く!」
男「…そんなにせがむ奴、聞いた事ねーわ…」
雛「ね!ね!」
男「…はいよ」
雛「…!」
雛「~~~~~~~!!!」
男「…雛」
ガバッ!
男「うわ!」
雛「大好き!大好き!大好き!」
男「わーったから!わーってるから!」
雛「もう返さないからね!?絶対返さないからね!?」
男「分かった!分かった!」
雛「もう外さないよ!?お風呂とかでも絶対つけたままにするよ!?」
雛「ね、寝るときもだよ!?」
男「錆びるぞ!?」
雛「錆びないよ!多分!」
男「多分って…」
雛「…わあぁ…!」
雛「わぁ~~~…!」
男「…そんなに嬉しいもんなのか?」
雛「ふっふっふ…男の人には理解出来ないでしょ!」
男「…いや、分かるぞ?」
雛「分かってない!絶対分かってない!」
男「なんでぇ?」
雛「…」
雛「…こんなの、一生に一度だけなんだよ?」
雛「…すぅ…!っごく!」
雛「嬉しいんだから!」
男「見りゃ分かるさ」
雛「うん…!うん…!」
男「…じゃ」
雛「はい!」
男「…雛」
雛「はい!」
男「…こんな狭い場所じゃなくて!」
雛「うん!」
男「家探すぞ!家!!」
雛「うん!」
男「どこが良い!」
雛「庭付き一軒家!」
男「それは無理だ!」
雛「えー!」
男「いやいやいや!?普通に考えて!?」
雛「…そっか」
男「…いや、ローン組めば良いんだけどさ…」
雛「…お!」
男「…どうする?」
雛「…」
雛「な、悩む…!」
男「…w」
男「…じゃ」
雛「うん?」
男「…明日決めよーか」
雛「うん!」
男「…あー…まぁ…」
雛「…?」
男「とりあえず…だな」
雛「?」
男「…今度は娘とかじゃなくて」
男「…な?」
雛「…!」
雛「はい!」
これが、俺達の関係が不思議な関係になって、
もっと不思議な関係になって、
そして、
夫婦としての関係になった時の物語だ。
家出少女の帰る場所。
家出少女の居場所。
それは…。
男の居る場所に、いつまでもあるでしょう。
家出少女の帰る場所
完
次回より、続編「雛にっき!」をお送りします。