家出少女の帰る場所
{家出少女の帰る場所}
男「~♪」
今日の俺はご機嫌だ。
何故なら、明日は日曜日だから!
俺も!雛も!休みの日!
休みの日と言う事は?
ずっと一緒にダラダラ出来る!!!
こんなに嬉しい事があるか?
いや!ないね!
もう、鍵を振り回しちゃうくらいにごきg…
男「うわ…」
目の前に飛び込んできたのは、
自分宛の郵便物。
簡単に言えば、ポストだ。
なんと言う事でしょう。
チラシMAXメガ盛り状態。
男「あー…くそっ、最近開けてなかったからなぁ…」
男「うわっあぶねーーー!!公共料金の奴あった!!」
男「…っぶねぇ!」
男「電気止まるわ!!」
と、階段横のポストの前で独り言。
だが、このタイミングで見つかったのはラッキーだったのかも知れない。
考えてみろ。雛と一緒に遊んでるタイミングで電気が止められたら?
ダッサ!!
ってなるだろ?
だから、セーフ。ギリセーフ。
パラパラ…
男「ああっとと…」
男「あー!もう!」
男「んな、パチンコのチラシなんざ入れんなよ…」
男「つか、何枚入ってんだクソ!」拾い拾い
男「…」
男「あれ?」
落ちたチラシを回収していると、階段の裏側に何かが見えた。
それは赤い色をしており、そこそこの大きさがあった。
男「…」
男「…なんだろ」
ホコリまみれの階段裏へと周りこむ。
頼む、怖い物とかやめてくれ…。
男「…?」
男「あれ?」
男「…ランドセル…か?」
男「誰か捨て…ホコリ被ってねーな…」
男「…」
赤いランドセルに付いた埃を吹き飛ばしながら、回して見てみる。
すると…。
男「…!!」
ランドセルには、住所や名前が分かるように、透明なポケットが付いている事がある。
これも、その例には漏れていなかったようだ。
そう、しっかりと書いてあった。
「ひな」
と…。
男「…!」
男「ひ、雛…の?」
男「な、なんで…?」
男「だって、一回家に帰ってるから…こんな場所に…」
男「!!」
思いついた。
一つ、とんでもない可能性を。
例えば…雛が、学校から帰ったとき…。
俺の家に直行していたら…?
そして、朝。
俺の家を出て…。
学校に直行していたとしたら…?
つまり…。
男(雛は、家に帰っていない…?)
男(一度も…?)
男(…ここ最近、家を出る時間が遅いのも…!)
男(本当に…!もしかしたら…!)
男(って事は…!)
可能性から、結末を考えてしまう。
例えば、小学生の娘が、一ヶ月近く家に帰っていないとしたら。
親は、どうするだろうか?
…捜索願い。
そして…学校には通ってると言う事が分かれば…!
あとは…!
潜伏先を…!見つけるだけ…!
つまり…!つまり!つまり!つまり!
男「…ばれた…!?」
男(…待て…!落ち着け…!)
男(言っただろう…!捕まっても良いって…!後悔しねぇって…!)
男(俺が捕まった所で…!あいつらの虐待がバレ…)
男(…そうだよ…!)
男(俺が、捕まったら…!)
男(…雛はどうなる…?)
男(…あ、あいつの…家に…!)
男(劣悪な環境に…!)
男(帰すのか!!??)
男(…!)
男(怖い…!)
男(自分が逮捕される事じゃねぇ!)
男(雛が…!雛が…!)
男(また…!)
男(虐待されるのが怖い…!)
男(夜の街に逃げ出して…!)
男(悲惨な結末になるのが怖い…!)
男(一人で出歩いて…!)
男(誘拐されるのが怖い…!)
男(怖い…!怖い…!怖い…!)
男(雛の未来が…!)
男(暗い事が怖い!!)
瞬間的に、脳が思いを巡らせる。
このままでは、どんな結末が待っていようと…。
全て、黒い未来になる事が予測された。
どうすれば、それを回避出来るのか?
さらに考えは深みにはまる。
…と、その時。
ガチャン!
男「!」
雛「お父さ~ん?」
雛「…?」
雛「あれ?さっき声が…」
男「ひ、雛…!」
雛「あ!お父さ…!!」
男(しまった…!)
やってしまった…。
雛は、自分の秘密を隠していた。
そして、その隠し場所から…!
一番秘密を隠していたい人間の声がする…!
それが、どう言う事か…!
雛「お父さん!!」
ガンガンガンガン!!
慌しく、階段を駆け下りてくる雛。
一階の踊り場で、手すりを軸に、勢い良くこちらを向く。
その瞬間までに、この状況を隠せるほど、俺の頭は回らなかった。
そして…。
雛「…!」
雛「…お父さん…!」
男「…雛…!」
雛「…あ」
雛「…ぁ」
雛「…」
男「…雛…」
男「これは…!」
男「これは…!どう言う事だ…?」
男「…お前…!」
男「…家に…!家に帰ってないのか…!?」
雛「…」
男「…なぁ…!」
男「違うなら…!違うって言ってくれ…!」
男「じゃないと…!」
雛「…お、怒る…」
男「違う!」
男「…そうじゃねぇよ…!」
男「お前…!お前…!」
男「…この関係がバレたら…!」
男「否応なしに…!戻るんだぞ…!?」
男「お前が…!逃げてきた場所へ…!」
男「…なんで…!なんで…!こんな事…!」
雛「…」
雛「…ごめんなさい」
男「…雛」
雛「…本当に…ごめんなさい…」
男「…」
雛「…で、でも…!」
雛「~~~…!」
雛「ごめんなさい…!」
男「…」
男「なんだ…?」
男「また…!何か…?」
男「こ、困った事があったのか…?」
男「い、言ってくれれば…!力に…!」
雛「そうじゃないの!!」
男「…!」
雛「…そうじゃなくて…!」
雛「そうじゃなくてぇ!!」
雛「ぅぅ…!うっ…!」
男「…雛…」
雛「違うの…!違う…!」
男「…」
雛「そんな…!そんな…!」
雛「…」
男「…雛」
雛「…!」
雛「…ねぇ…お兄さん…」
男「…」
雛「ひ…雛を…」
雛「雛を…信じて…!」
雛「い、今…!」
雛「…着いて来て…!」
雛「お願い…!」
男「…どこに…?」
雛「お願い…!」
男「…」
男「…」
雛は、大きな涙を零しながら、強く訴えてきた。
なにを見せたいのか?何をしたいのか?
この時は、さっぱり分からなかった。
…。
…。
…。
家から歩いて十分。
小さな公園に辿り着く。
そして、その外周を歩いていると、
雛は急に足を止めた。
雛「…」
男「…雛」
男「ど、どうしたんだ…?」
男「本当に…?」
雛「…」
雛「…お兄さん…本当に…本当に…!」
雛「…今まで、ありがとう」
男「…ど、どうしたんだ?」
雛「…見て」
男「…?」
雛「…そこの、アパート…」
男「…さ、桜ハイツ…?」
雛「ん…」
男「…こ、このアパートが…?な、なんだ?」
雛「…」
雛「そこ…右側…102号室…が…」
雛「…雛の…家」
男「…!」
古びたアパートの一室。
雛は、そこが自分の家だと言う。
だが、俺は信じられなかった。
きっと、これは自分の仕事のせいだろう…。
俺の仕事は、一種の訪問販売だ。
その仕事柄、「メーター法」と言うスキルを使うことがある。
それは、その部屋に「人が居るのか居ないのか」が分かる方法であり…。
やり方はとても簡単だ。
まず、ガスメーターを見る。
もしもガスの元栓が開く方向を向いていなかったり…
メーターに「ガス止」と書かれていた場合、
その部屋に人は、住んでいない可能性が高い。
…そう、90パーセント、その場所に人は住んでいない。
当然だ、ガスが止められているのだから。
住んでいる訳が…ないんだ…。
102号室。
雛が、うつむきながら指を指した場所。
俺は、真っ先にガスメーターへと目が行った。
そして…。
しっかりと、元栓は向いていた。
「閉じる」の方向に。
男「…!」
俺は、慌てて扉の前へと走り寄る。
今度は、確実性を高める為に。
ガスメーターでは分からない、10パーセントに賭けて、
電気メーターを見る為に。
電気メーターは正直だ。
誰も住んでいないのなら、円盤は回る事を止める。
だが、出張やらで長期の外出をする際でも、
冷蔵庫などの為に、円盤は僅かに回転する事がある。
…そんな可能性に賭けた。
そうだ、きっと長い出張に出た…とかだよ。
じゃなきゃ…じゃなきゃ…!
公園の街頭が照らす。
電気メーターを、しっかりと照らす。
俺は下から覗きこむ。
そして…。
ゆっくりと、視線を下げて…。
うつむく事しか、出来なかった。
さらに気づく。
扉の隙間に挟まれた、特殊な鍵の存在に。
突き刺さるようにロックしているその鍵は、
「大家錠」と、仕事では呼んでいる。
そして…その鍵が掛かっている場所を見つけたとき俺は…。
「未入居」か「空家・転居」のマークを地図に書くのだった。
男「…」
雛「…」
雛「ごめんなさい…!」
雛「隠してて…!ごめんなさい…!」
雛「…雛…ね?」
雛「…帰る…家」
雛「…無いん…だ」
雛「…だ、騙して…」
雛「ごめんなさい…」
雛「家に帰った…って…」
雛「嘘、言って…ごめんなさい…」
男「…」
男「いつから…!」
男「いったい…!いつから…!!」
雛「…」
雛「一ヶ月…前」
男「…!!!!」
ぶつけようのない怒りに震えたのは、初めての経験だった。
小学生の…。
こんな、良い子を…。
殴って殴って殴って…。
そして…。
捨てた…奴の事を…考えて。
雛「…」
雛「…ね、お兄さん」
雛「…雛…ね?」
雛「…結局…!」
雛「結局…」
雛「…お母さんと…!同じ…だったね…!」
男「…?」
雛「お、男の人…だ、騙して…!」
雛「一緒に暮らして…!」
雛「み…貢がせる…だったっけ…か…な?」
雛「…同じ…だね」
男「…」
雛「…結局」
雛「…自分が…一番、嫌いになった…人…なのに…!」
雛「その子供は…!」
雛「その子供は…」
雛「…性格が…似るって…本当…!だね!」
男「…雛…!」
雛「ごめんね…!ごめんね…!」
雛「本当に…!ごめんなさい…!」
雛「私…!私…!」
雛「…!」
男「雛…!」
雛「…」
雛「お、お兄さんは…!」
雛「私の事、学校の先生や…友達や…」
雛「お父さんやお母さん…よりも…」
雛「私の事!」
雛「しっかり見ててくれて!!」
雛「…私の…!居場所…!でした…!」
雛「だけど…!だけど…!」
雛「そんな!そんな…!」
雛「そんな優しいお兄さんを…!」
雛「騙して…」
雛「…こうやって…都合の良い理由…!で…!」
雛「…こうやって…お兄さんを…!困らせて…!」
雛「…ごめんなさい」
雛「…今まで、本当に…」
雛「楽しかった…です!」
男「…」
雛「…」
雛「あーあ!ばれちゃったー!」
雛「さーて!もっと良いパパさんを探さないとー!」
雛「そうだ!また…また…」
雛「えっと…」
雛「…」
雛「…は、繁華街に行ってー!」
雛「色んな人に…声…掛けて…」
雛「…」
雛「…ね!」
男「…」
雛「お、おにーさん!」
雛「ほ、ほら!」
雛「家出少女に!居場所は…!」
雛「居場所は…!」
雛「…」
雛「…ない…よ?」
男「…」
男「…雛」
男「…雛!」
雛「…」
男「…どうして…!どうして…!」
男「…居なくなろうとする…?」
雛「…」
男「…そんな…!そんな…!」
男「理由…!ねぇだろ…?」
雛「…」
男「なんだよ…!なんだよ!?」
男「理由があるなら…!」
雛「…!」
雛「…うっ…!ぅ…!」
雛「わ、分かってよ…!」
雛「…雛…!お兄さんの事…!」
雛「騙してたんだよ!?」
雛「最初は…!お父さんと喧嘩したって…!」
雛「次は…!勝手にクローゼット掃除したし!!」
雛「…それに…!」
雛「家に帰ってないのに!!」
雛「家に帰ったふりして…!」
雛「お兄さんを困らせたんだよ!?」
雛「絶対に迷惑な事しないって…!言ったのに!!」
雛「なのに…!なのに…!」
雛「なのに…」
男「…」
男「…雛」
男「…ふざけんな」
男「ふざけんな!!」
男「お前…!お前よぉ!」
男「ふざけんな!!」
男「あぁそうだよ!!確かに困った事はあるさ!!」
雛「なら…!」
男「なら、じゃねぇよ!」
男「良いか!声をあげんじゃねーぞ!」
ダッダッダッダ…!
ガシッ!
雛「ひっ…!」
男「誰か分からねぇような奴に…!」
男「変な事するような馬鹿ばっかりに…!」
男「お前を持ってかれるってのは納得できねぇ!!」
男「だから!!」
むんず!
雛「ひやぁ!」
男「…!」
男「そんな奴らに誘拐されるぐれーなら…!」
男「俺が誘拐してやるよ!!」
雛「えええ!?」
男「なんだ!?文句ねぇだろ!?」
男「結局一緒だよ!!」
男「奴隷みてーにこき使ってやる!」
男「どうしようもねぇぐらい!迷惑かけてやる!!」
雛「やっ…!」
男「んで!!」
男「…一生、一緒に居させてやる…!」
雛「…!」
男「…帰る家がねーんならよぉ…!」
男「はじめっから!そう言いやがれ!!」
男「俺が生涯かけて養ってやる!!」
男「お前に迷惑かけられても!」
男「俺が誘拐してるなら関係ねーだろ!!」
男「だから…!」
男「だから…!」
男「…せっかく…」
男「せっかく一緒に居たいって…言ってくれたのに…」
男「こまけぇ事でガタガタ言うな!」
雛「お…兄さん…!」
男「ちげぇか…?」
雛「…うん」
雛「違う…よ?きっと…」
男「…そっか」
雛「…でも…ね?」
男「うん…」
雛「…雛を…大事にしてくれて…」
雛「…ありがとう…!」
男「…大事にするさ…」
男「…でも…もし」
男「もし、俺が捕まったら…」
男「…それでも、待っててくれよ」
男「…出てきた時、お前を貰いたい」
雛「…」
男「…それまで」
男「…な?」
雛「…うん…!」
男「…帰ろう」
男「お前の居場所は…」
男「…あるからさ」
雛「うん…!」
男「…」
男「…俺は、お前の事」
男「全部ひっくるめて好きだから…」
雛「!」
男「…自分で依存しちゃいけない…とか考えといて…」
男「…やっぱり、お前が居なきゃダメだ」
雛「…」
男「…」
男「…帰ろうか」
雛「…ねぇ」
男「…ん?」
雛「…お兄さん」
男「ん」
雛「…雛の事」
雛「ずーっと…ずーっと…」
雛「見ててね?」
男「ん…」
雛「お兄さん」
男「ん?」
雛「…大好き」
男「…ん」
…。
…。
…。
それからは大変だった。
雛の叔母さんが学校に来たり…
雛の件で俺の元に来たり…
自分は生保だから、雛を引き取れない…と宣言したり…。
…結局。
雛は、叔母さんの家に戸籍がある。
それでも、帰る家は違う。
家出少女の帰る場所…。
それだけは、今までとは違う。
違うのは、居場所がある事。
家出とは…。
自身が行き場を失ったと錯覚し、
一人で歩きだす事を言う。
帰る場所があるはずなのに、
それでも心象によって帰れない、
ジレンマの生み出す行為なのだ。
だが、帰る場所は、しっかりとある。
今は、しっかりとある。
不思議な関係は、もっと不思議な関係へ。
お兄さんが、お父さんに変化する関係へ。
そして…。