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『人のいない戦争』  作者: 電子
第1章『入社』
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第九話『呪われし漆黒の翼』

 模擬戦の終わった後、詳細な戦闘経過を記録し本部にようやく書類を提出した頃には、すでに時計の針は六時を回っていた。


 神崎と大見以外の班員はすでに帰宅している中、神崎は柄にも似合わずデスクで技術部補昇進試験の勉強をせっせとこなす。


 その一方で大見は部屋でZEROの設計構造について調べていた。


「はーすごいな。本当ZEROは人間に似せまくってますね。筋肉や骨もすべて模倣してる……」


大見がモニターを見て感心しながら言った。


「そりゃそうだろ。ZEROはできるだけ人間らしい動きができるようにって開発された機体だからな」


神崎はシャープペンシルを動かしながら答える


「それにしては顔は人間に似てないですよね。こんなのっぺらぼうじゃあ、市民の人が見たらおしっこ漏らすレベルですよ」


大見がそういった時、いきなりドアが「ドンドン」と叩く音が聞こえた。


 神崎、大見ともにビクッと肩を震わせた。


「うわ! なんだよ!」


神崎はそういうと、ドアの前にセキュリティカードをかざしドアを開く。


 するとそこには、一人の女性が仁王立で立っていた。


「私倒したやつは誰?」


女性は言った。

端正な顔立ちは神崎をひどく緊張させた。


「あ、あの、どちらさん?」


神崎は引き攣った笑顔で言った。


よほど緊張しているのだろう。


「十四班班長、波路町! 階級は技術部! 22歳!」


女性が名を名乗る。


それを聞いた瞬間、神崎の頭にはあの俊敏なZEROの動きが脳裏に蘇る。


「え、あの隊長機!?」


神崎は驚く。


それを聞いて女性はすぐさま聞き返した。


「あんた? 私をぶっ倒してくれちゃったのは」


この女性は背丈としては神崎より低いが神崎より存在感を放っている。


金髪タンクトップの神崎が気圧される所以は、この女性自身の凛々しさにあるのだろう。


 そんな波路町に対し、大見は控えめな態度で神崎の背中からひょこりと顔を出した。


「それ僕です……はは」


大見が遠慮しながらに言った。


というのも、倒したという事実をこちらから誇張しすぎると嫌味になる可能性は高い。


特に年下から言われる嫌味ほどうざったいものはない。


「……なに? このお子様」


波路町は鼻で笑うようにあしらった。


「今日ここにやってきた大見技術部補です。宜しくお願いします」


大見は当たり障りがないように会釈をする。


波路町はそんな大見の顔を覗き込むようにみると、まくしたてるように口を動かし始めた。


「あんたが倒したってなんの冗談よ。私はてっきり噂の天野ってやつかと思ったけど、天野は隊長だし大したことなかったわね。だとするとあと可能性があるのは腕前からして森口とかいうおっさん班員かな?」


波路町はすでに他の班員が帰宅した空の部屋を遠目から覗き込む。


「いや、波路町隊長。だからこいつっすよ。こいつもゲームやってたの。あんた、ペルペルって名前っすよね?」


神崎は呆れた口調で言った。


『ペルペル』というワードを聞いた瞬間、波路町の額には汗が流れ始めた。


「は?! な、なぜそのことを……! 誰も知らないと思ってたのに……」


波路町は顔を赤らめながら恥ずかしそうに言った。


「いや、こいつが知ってたんすよ。こいつ、GROWN WARってゲームで四位のやつ」


神崎は大見の肩を叩く。


波路町はそれを聞いて驚いた。


「ええええ?! てことはあなたがまさかあの伝説のプレイヤーの一人、『†呪われし漆黒の翼†』!!!???」


波路町はキャラが変わったように大見に問いかける。


途中で聞こえたわけのわからないワードに神崎はきき返す。


「え、呪われ……?」


神崎は波路町に尋ねた。


それを聞いた大見もまた恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「ちょ、その名前は言わないでくださいよ!!」


大見は波路町に言った。


「え。それお前のプレイヤーネームなの?その呪われし……えっと」


「†呪われし漆黒の翼†」


波路町が再度フルネームで答える。


大見は火照るレベルで顔を真っ赤に染めると、小さな声でつぶやいた。


「……悪いですか」


大見の言葉に対し神崎は茶化す。


「……なにが呪われてんの? どういう経緯で呪われちゃったの?」


神崎が尋ねると、大見のの恥ずかしさは最高潮に達し、もどかしいなんとも言えない気持ちがこみ上げてきた。


「やめてくださいよおおおおおおおああああああ」


大見自身、ネットで使っていたハンドルネームがリアルで流出した時の事態はまったく考慮していなかった。


 悶える大見を見ながら、なおも驚いた様子で波路町は言った。


「いや、それにしてもまさかノロツバとこんなとこで会えるなんてね……」


まさかの略語に対し神崎は突っ込む。


「ノロツバ!? お前、界隈でそんな呼び方されてんのかよ」


「有名よ。日本人ランカーは私の上にはノロツバともう一人しかいないからね」


波路町は冷静に返す。


「そ、そうスか。ていうかなんで波路町班長は、麻生電機に? こいつはスカウトされたらしいですけど」


「あたしは大学出てそのまま総合職で麻生電機よ。入社したら一ヶ月もしない五月に即経理部からここに異動になったのよ。驚いたわ。まさかこんな部署がここにあったなんて。天職だと思った」


波路町は満面の笑みで目を輝かせながら言った。


「ふーんどうでもいい」といったような雰囲気で神崎は波路町を見る。


「それにしても波路町班長はゲームやる人には到底見えないんスがねぇ」


神崎は派手な頭をぽりぽりとかいた。


「神崎クンだって全然見えないわよ。ZEROなんで使わず直接攻撃したほうが強そうなタイプ」


「か、神崎クンて……。俺の方が年上なんすけど……。ま、まぁ、俺もいろいろあってね。紆余曲折を経てここにたどり着いたんすよ」


「へー。キミは模擬戦で私に倒された?」


嫌味なところをついてくる。


やられた方は多少なりとも悔しさがあるわけだが、この女はそこまで考えてないでズケズケものをいうタイプのようだ。


「はぁ……倒されましたよ。入れ替わり作戦にはまってスナイパーで」


ため息をつきながら神崎は言った。


「あー。あれかぁ。あれはうまくいったなぁ。すごい面白かった」


「散々かき回してくれたもんだぜまったく」


悔しさ半分感服半分で神崎は答える。


 波路町は少しおし黙ると、すぐに話を続ける。


「……でも私は大見くんにやられて、班は最終的に負けた。やっぱ君は化け物ね。私と違ってすべての操作を計算じゃなくて感覚でどうすればいいかわかってる。ZEROでも変わんないな」


波路町は言った。


この様子を見るに、波路町にも其れ相応の悔しさがあるようだ。


大見はそんな雰囲気を感じ取りつつ、できるだけ嫌味ないように答える。


「いえいえ。でも驚きましたよ。まさか僕と同じゲームをやっていた人が麻生電機にいたなんて」


「……私のワントップだと思ったんだけどなぁ。まさかあんたがいたとは……。今度六班とやる時は気をつけないとね。じゃ、私はちょっと用事があるから。話に付き合ってくれてありがとう。大見くん。神崎くん」


波路町はそういうと、右手に抱えたファイルを手に、廊下をやや駆け足で駆けて言った。


 そんな波路町を見送るような形で神崎は廊下を見つめる。


「……ちょっと生意気っぽいけどかわいい子だなぁ」


神崎はつぶやく。


その時の神崎の表情は、金髪タンクトップの風貌に見合わず優しい瞳だった。


そんな神崎を見て笑いそうになるのをこらえて大見は言った。


「……そうですね。まさかペルペルが、あんな美人な女性プレイヤーだとは思いませんでしたよ」


まあともあれ、大見にとってもまさか有名プレイヤーが容姿の整った女性であることには少し驚いていた。


 なんせ、自分自身も廃人レベルでゲームに張り付いていたし、こういったランキングが伴うゲームは、自分みたいなダメな中高生かニートみたいな時間が有り余っている人間にしか無理な代物だった。


それに対して波路町はそのヴィジョンとは懸け離れた人間であった。


いや、もしかしたら中身はゲームオタクなのかもしれないが。


「大見。俺からしたらお前らは化け物だぜ。お前で四位っていうんだから、お前の上にいる三人はどんだけバケモンなんだよ」


神崎は大見に尋ねる。


大見はGROWN WARのランキング表をゆっくり思い出しつつ、ゲームの現状について語り始めた。


「一位は別格ですが二位から十位くらいのプレイヤーはほとんど差はありません。僕も三位になったことありますし、逆に八位まで落ちたこともありますから、ここら辺は横ならびです」


「ふーん。じゃあ別格っていう一位は、どんな奴なんだ?」


「ベンジャミンっていうアメリカのプレイヤーです。ポイントスコアでは二位に倍くらいのポイント差をつけてランクインしていますから、誰も追いつけませんね。とにかく異様です。はっきり言って僕は手も足も出ませんでした」


「じゃ……そんな奴がもし、本物のGROWNを動かすクローンデジタライズ社に引き抜かれているんだとしたら、当分北米は安泰そうだな」


「……ですね」


大見は少し笑う。


「……なんだか邪魔も入って集中力とぎれちまった。俺らも帰るか」


神崎はそういうと部屋の中に戻り、おもむろに自分の机の上に広げてあった勉強道具を片付け始めた。


「社会人ってこんなに早く帰れるんですね。天野さん達なんて五時には帰りましたよね」


大見もパソコンの電源を落とすと、帰り支度を始めた。


「それはな……大企業の特権だ」


神崎が答えた。


「いや、大企業でも夜遅いとかあると思いますけど……」


 こうして、大見の初出勤は幕を閉じた。



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