第八話『バトル』
すでに六班は睦合、森口、座繰がやられたことになる。
「くっそ! 三機差かよ! 副班長様がもたついてやがるから……。おい栗尾! やつはどこにいる」
神崎はビルの高台から狙っている栗尾に、森口たちを屠った敵のZEROの位置を教えるように言った。
栗尾はスコープを覗き込む。
障害物だけでまともには見えないが、突き抜けた家々の窓から、途切れ途切れに高速で移動する物体が確認できた。
「こ、今度は……そっちに向かってるわ! このままだと挟み撃ちになる!」
栗尾からの情報を聞いて、座椅子にもたれかかる天野が、意外にも感心したような顔で答えた。
「はーん……だんだんわかってきたぜ。なんで十四班の雑兵どもが全く微動だにしないのか。こいつらはオヤブンに獲物の位置を知らせる、動くレーダーってわけか。だからあえて戦わずにレーダーの役目を長く保ってもらうほうがいい……。あっちから仕掛けてこないわけだ」
「……ただのレーダー役にしか使われないのか。ひでえ隊長さんだな」
神崎がイラついた声で答えた。
「それほど隊長の力が絶大なんだろう。くるぞ! 佐伯は下がってろ! 俺と神崎で殺る! 大見は追いかけろ!」
神崎たちが身構える。
天野たちそれぞれのモニターからは、「タッタッタッタ」と、ただ地面を蹴る音だけが聞こえている。
その瞬間、スライディングのような体制で、民家の隙間から一体のZEROがいきなり滑り込んできた。
純白の白いボディは土けむりにまみれ、まるで野球少年のように茶色い土で汚されていた。
「きたな!」
天野はマシンガンを連射する。
敵のZEROは、全部を踊るようにかわす。
天野のマシンガンの残弾が切れたのを見計らうと、即座に天野たちの方にさらに迫ってくる。
天野と神崎は猛突撃に物怖じすることはなく、すぐさまハンドガンを腰から取り出すと、逆に敵のZEROに突っ込んでいった。
激突するような形で三体のZEROはすぐさま肉弾戦を始めた。
天野は左の脇腹を狙うようにブローを繰り出す。
わずかにかすったが直撃とまでは至らない。
「ちっ。外したか。だが俺と神崎の二人、同時にこの手数をすべて捌き切れるかな」
天野は間髪入れずに回し蹴りを入れる。
敵のZEROは両手でその蹴りを受けると、衝撃で3メートルほど吹っ飛んだ。
それを今度は神崎が追撃し、敵のZEROに立ち上がる間を与えないかのように間髪入れずに腹に蹴りを入れる。
敵はまたもや2メートルほど吹っ飛んだ。もともと白かったボディは、もはや茶色の人形と化していた。
「二十四位とはいえ、さすがに二人相手はきつかったようだな」
天野はハンドガンを構えると転がる敵のZEROに向かって引き金を引いた。
それに続いて神崎も引き金を引く。
「パンパン」といった音とともに、薬莢が地面に落ちた。
放たれた弾丸は次々に敵のZEROの頭に命中し、穴だらけにした。
通信アンテナを担う頭、もしくは動力部の胸を破壊してしまえば、動くことはない。
ZEROというロボットはまるで急所まで人間に似せている。
あっけない。
とでも言いたそうな顔で天野はどこか燻るような違和感、不透明感を感じていた。
「ったくてこずらせやがって……」
神崎が言った。
天野が神崎のZEROを見た瞬間、その延長線上に一機ZEROがスナイパーライフルでこちらを凝視している姿が見えた。
「神崎! 右に一機!」
天野が言い終わる前に一つの銃声とともに神崎のカメラが重く揺れ、すぐさまモニターには戦闘不能を示すNO SIGNALの文字が浮かんでいた。
「……は?」
神崎の口から息が漏れるような声が聞こえた。
その敵のZEROはまるで狩る側とでも主張したいような仕草でスナイパーライフルを下す。
天野はその敵のZEROを見て驚愕する。
「胸に青い紋章がある……」
そのZEROには隊長機であることを示す青の紋章バッジが胸に埋め込まれていたのである。
もしやと思い、天野はすぐさま先ほど倒した敵の胸を見る。
すると、そいつの胸の青い紋章は、ついていない。
「路地で入れ替わっていたのか。栗尾! なぜ気づかなかった!」
天野が栗尾に向かってやや問いただす口調で言った。
「……す、すいません! 民家の隙間から途切れ途切れだったもので。おそらくそこで入れ替わったのかと」
栗尾が萎縮しながら謝る。
しかしそれも仕方のないことだった。栗尾は視界の悪いスコープ、そして大量の遮蔽物によって著しく見分けるのが困難だった。あんな隊長機かを見分ける小さな紋章などは見分けることができなかった。
そして敵のZEROはさらにごまかすために、あらかじめ土で念入りに胸の紋章がある位置を隠し、登場する時にスライディングで土煙を巻き起こして砂まみれになることで、その胸の位置がつちで隠れて見えないことへの違和感をかき消そうとしていた。
「くっそ、小細工を……。だが、俺は簡単にはやられない……。こいよ」
天野のZEROが手で敵を挑発する。
神崎を撃った敵のZERO……つまり本物の隊長機はその挑発に思いっきり乗っかるように、真正面から天野のZEROに向かって走り出した。
「近づかせると思うなっ!」
天野は地面に落ちた神崎のマシンガンを拾うと、すぐさまトリガーを引く。
黄色い弾光が敵隊長機を猛追する。だが、先ほどとはまるで動きが違う。
周りには遮蔽物は一切ないはずなのに、そして敵は避けに徹しているわけでもなくこちらに向かってきているというのにーー当たらない。
敵のZEROは走りながらスナイパーを構えると、一発撃ち放った。
その弾は、天野の右手首あたりに命中し、マシンガンが手からこぼれ落ちた。
敵の隊長機は、スナイパーライフルを撃った大きな反動で思いっきりのけぞったものの、すぐに体勢を立て直し、丸腰になった天野に突っ込んでいく。
「ノースコープで片手打ちとは恐れ入るっ!人間だったら肩の骨がイっちまってるぜ!」
天野はそういうと、損壊した右手を引きちぎると、敵の方に投げつける。ロボットだからこそなせる技。ZEROには痛覚なんていうものはない。
投げられた腕は不規則に回転しながら敵の真下に落ちた。
だが、敵はそれには目もくれず突っ込んでくる
「いいのか? お土産つきだぜ。それ」
天野がそう言った瞬間、腕が爆発した。
壊れた手に手榴弾を握らせていたのである。
敵もギリギリのところでそれに気づいたらしく、即座に回避したが、少なからず爆風を浴びて敵隊長機はゴロゴロと地面を転がりながら吹き飛んだ。
「ぬかったな。おわりだ」
天野は吹っ飛ばされて膝をついた敵隊長機に向かってハンドガンの引き金を引いた。
銃声と同時に、薬莢が飛び出した。
それは確かに敵のZEROの動力部分がある、胸に命中した。
いくらZEROでもこの至近距離では装甲は持たない。
少なくとも内部回路をズタズタに貫いているはずだ。
「あぶない。一発残しておいてよかった」
それと同時に天野のモニターを後ろで見ていた神崎たちが歓声をあげる。
「よっしゃぁああ」
そう言った瞬間、また乾いた銃声が聞こえた。
しかしそれは先ほどのように遠くから狙い撃ちされたものではなく、倒れ伏した敵隊長機から放たれたものであった。
「バカな、銃弾はど真ん中に当たったはず……あそこはエネルギー供給部分なはずなのに、あそこをやられて動けるわけが……」
天野は驚きで口を閉じることができない。
敵の放った弾は天野のZEROの首筋に命中し、カメラとの接続回路をやられたのかカメラにはノイズが混じり始めていた。
天野のZEROの薄れゆくノイズ混じりのカメラからは、弾痕によって深くえぐられている敵隊長機の青い紋章が見えた。
「……まさか。隊長バッジに。ついてない…」
敵隊長機はゆらりと起き上がると、ハンドガンの銃口を天野のZEROに向け、とどめの引き金を引いた。
「……NO SIGNAL。これで7対3か」
後ろで天野の戦いを見守っていた森口がため息まじりに言った。
天野は大見の肩を叩く。
「かっこ悪いな。見ての通りこのザマだ。降伏するか…。続けるか。大見、お前が決めてくれ」
天野は班員の失意も代弁するかのように言った。
頼られている……? ここで打開できるのは自分だけーー。
大見に、なんとも言えないプライドと高揚がよぎって来た。
「……あいつを倒せば、あとは雑魚なんですね?」
大見はゆっくり言った。
自分でもいきなり『雑魚』という強い言葉を使ったのが面白おかしかった。
「ああ」
天野は短く答えた。
「わかりました……期待しないでくださいよ。まだ慣れてないんですか……らっ!」
大見がコントローラーのレバーを倒す。
猛スピードで神崎と天野が交戦した場所に向かう。
30秒もしないうちに追いついた。
敵の隊長機はまだその場から離れていない。
壁にピタリとくっついて辺りを見回していた。
大見のZEROが、敵隊長機一直線に向かっていった。
大見は走りながらの体制で両手でスナイパーを構え、スコープをのぞく。
「おいおい。あいつも走りながらスナイパー構えるのかよ。流行ってんすかねアレ」
神崎が天野に尋ねる。
「さぁな。だが他の銃と違って、あれから発射されるのは多少離れててもZEROの装甲は貫通する。それがわかってるからじゃねえかな」
そんな会話には目もくれず大見は必死に敵隊長機を狙う。
足音に気が付いたのか、敵隊長機はこちらをぎょろりと見ると、回避行動に移る。
その動きに合わせるように大見はスコープで敵を覗きながら目で追う。
「……当たれっ!」
大見が引き金を引く。キィンという金属音がし、後方にあった電信柱の金属部分から火花がちる。
「どこ狙ってんだ大見!」
銃弾が敵から大きくそれ電信柱に当たったことに対し神崎が声を荒立てる。
「……いや、大見は跳弾で狙ったんだろう。かわされてしまったがな」
天野が言った。
「ちょ、跳弾だぁ?!」
神崎が目を丸くして言った。
大見はそんな神崎と天野のやり取りを聞きながら敵のしなやかな動きになんとも言えぬ高揚感に襲われた。
「データでみたんです。ZEROの弾ってなんかに当たってもなるべく殺傷能力を殺さないようになってるんでしょう! ああいう金属部分なら、跳ね返っても威力が出せると思ったんですが、うまくいかないものですね」
大見は興奮気味に言った。
「お、おう」
神崎が半分呆れ顔で言った。
「だから言ったろ。こいつはレベルが違うって。オタクは怖いんだぞ」
天野が笑う。
そうしてる間に、すでに敵隊長機は即座に大見との間合いを詰めていた。
敵隊長機は、すぐさまワンツーを繰り出した。
大見はそれをなんとか交わしたが、次に繰り出された渾身の蹴り上げが、大見のZEROに直撃した。
大見のZEROは腕に持っていたスナイパーライフルを盾にする形でなんとか受けるが、スナイパーライフルは空中へ空高く弾き飛ばされてしまった。
「格闘はさすがにかなわないかっ!」
大見はそう言うと腰からハンドガンを取り出し構えた。
大見が至近距離で抜いたハンドガンの銃口の射線にはいらぬよう、敵隊長機のZEROはとっさに真横に離脱する。
かわす敵に対して大見はふふっと笑うと、ハンドガンをなぜか空中に方向へ向けた。
「僕が狙ってるのはこっち」
大見は大空に向けて引き金を引く。
それと同時かわずかに遅れてもう一つ乾いた音がした。
……そして、それと同時に敵隊長機の頭が粉砕レベルに吹き飛んだ。
パタンと敵隊長機は地面に倒れ伏した。残骸が空しく土にまみれる。
大見の後ろで戦いを見守っていた班員たちの顔から笑みがこぼれる。
「よっしゃぁああああ! やりやがったぁあ」
神崎をはじめとする班員たちの間から歓声が上がった。
そんな歓声を浴びながら大見は張り詰めていた集中を解くかのように大きくため息をついた。
「あ、危なかった……」
大見が静かに言った。騒いでる班員達の中、天野だけがそっと大見に尋ねる。
「……狙ったのは空中のスナイパーライフルの引き金か。あれって引き金に当たるとあんな風になるんだな。くいくいって、引き金に当たった時の衝撃でブレるのも計算済みか」
「敵は格闘戦最強クラスです……あれぐらいしか勝ち目がありませんでした。大雑把ではありますが、お互いのモーメントを計算すれば、おおよそどこらへんに弾が飛んでくるかわかりますから。ZEROのハンドガンの威力は最初のシミュレーションで確認済みですし」
大見は小さく微笑む。
その微笑みに返すように、天野もふふっと笑った。
「なるほど。気持ち悪いくらいの化け物だ」
天野は呆れ半分感心半分の入り混じった口調で言った後、話を続けた。
「悪いがこいつを倒した時点じゃまだ終わらない。あと残りの雑魚どもを掃討しなきゃいけないからな。面倒だと思うが頼めるか?」
天野は面倒くさそうな顔で大見の背中を叩いた。
その直後、室内にアナウンスが流れた。
"十四班対六班の模擬戦は、波路町十四班班長の申し入れにより、六班の勝利となりました"
それを聞いた天野がクスクスと笑い始めた。
「おや。全滅させられると覚悟して降伏してきたか。なかなか引き際も心得てるようだな」
天野が言った。
「……そういえば、負けたらどうなるんですか? やけにみんなピリピリしていましたが」
大見が尋ねた。
いくら仕事とはいえ、この模擬戦は周りの緊張感は只者ではなかった。死者などが出るはずもないのになぜこんなにも張り詰めていたのか大見は不思議でならなかった。
天野はちょっと険しい顔をすると、おもむろに語り始めた。
「……模擬戦はな、俗に言えば査定にいっちばん響くんだよ」
「査定?」
「簡単に言うとな、やられまくるとお給料が減らされちゃうんだ。それも嫌がらせレベルで減らされる。パワハラに近い」
「……今回5機もやられちゃいましたけど大丈夫なんですか?!」
大見が驚く。
「今回は勝ったからセーフ。勝てば少なくとも減らされはしない」
「ひどすぎますね。ていうか早く言ってくださいよそれ」
大見が呆れ口調で頭を抱えた。
「まえ、二班の時とかやばかったんだよ。全滅して給料カット75パーセントって。ふざけてるだろ。うちのカミさんが卒倒するところだった」
森口が頭を抱える。
「まぁこれからは大見のおかげで給料が減らされることはなさそうだけどな。ありがとよ」
神崎は先ほどとは少し違って大見に少し柔らかく話しかけた。実力が認められたからかはわからないが、とにかく大見は少し嬉しかった。
「まぁ、大見、本来はな。ZERO同士の模擬戦っていうのは思いっきり頭数と地形眼が関係してくるもんなんだ。だから普通は全員を展開させて数で攻める。……だが、お前やあの隊長機みたいな化け物が混じってると、こうもバランスが崩壊しちまうんだな」
天野は苦笑いしながら言った。
「い、いえそんな……」
大見は自覚なく戦っていたつもりだった。それはもう、今まで慣れ親しんできたゲームをやる感覚で。
でも、どうやら大見のゲームで鍛えられたスキルは、予想以上に絶大な力を持ってしまっていた。
大見の頭にこの自分のスキルが殺人スキルとして生かされることに、大見自身ここに来て初めて少し恐怖した。