第六話『お遊び』
「くそ! こんな時に模擬戦なんてふざけんじゃねえぞ」
神崎は足で自分の机の下のゴミ箱を蹴飛ばす。
神崎を見るに、かなりイラついている様子であることが伺えた。
だが、ピリピリしているのは神崎だけではないようだ。
栗尾、睦合、そして比較的冷静な佐伯や天野、森口までが険しい顔を浮かべてモニターを凝視している。
だが、大見にはたかが『戦闘訓練』であるこの模擬戦に対して、皆がなぜそれほど気を張り詰めるのか理解できなかった。
大見は怪訝に思いながらスッと自分のモニターを見ると、そこには一人称視点でスタンバイしたZEROの画面と、煉瓦造りの市街地の映像が映っていた。
「それにしても……。当たり前だけど、人は一人もいないんだなぁ。なんか不気味だ」
大見はその街並みを見ながら言った。さながらゴーストタウンといったところか。
今回の模擬戦ではシミュレーションのバーチャルステージだが、まったく本物と見分けがつかない。ここまでの精密なシミュレーションを行うためには一体どれだけの膨大な処理が必要なのか、大見には検討もつかなかった。あたり四方には白い壁が張り巡らされていることから、ステージはおそらく1kmほどの正方形型のドームのようだった。
大見が考えに耽っていると、無精髭を生やした森口が口を開く。
「模擬戦は普段のテロリスト共のような『三十年前のポンコツ機体』と違って、同じ『ZERO』を相手にするわけだから、ステルスでレーダーで捕捉しづらいし、それだけでめんどくさいよなぁ」
森口がモニターを見ながら溜息をつく。
「森口。心配するなよ。その条件は向こうも同じだ。14班班長は、『波路町沙都子』とか言う今年入ったばかりの新米班長だ。班員もそれほど目立ったヤツはいない。せいぜい神崎レベル。そう考えると今の所うちの方が経験が豊富な分、有利そうだ」
天野はパソコンの画面に映った班員データベースのプロフィールを見ながら言った。
それに対して神崎が不機嫌そうな声を上げる。
「神崎レベルって、天野さんひでぇ! 俺はこう見えてもスコアはB+だぜ?」
「前回の八班相手に開幕十二秒でやられたバカはどこのどいつだ」
天野は呆れ口調で言い放った。
「あれはたまたま敵の狙撃がうまくいっただけじゃんよ……」
神崎が頭をうなだれる。
天野はフッと笑うと、腕時計を一瞥した。高価そうな腕時計の秒針が、7と8の間をすり抜けていく。
「……無駄話もここまでだ。そろそろ開始時間の十三時になる。俺と神崎と佐伯は中央から行く。栗尾は座繰と睦合を連れて民家越しに俺らと平行に進め。大見は森口を連れてこの隣の路地を進め」
天野は軽く指示を出すと、コントローラーを握った。
「……俺らはオトリってことですかね。中央からあえて姿を見せておいて突き進むことで、敵の包囲を誘う……。そして別働隊の栗尾、大見隊が奇襲をかける。みたいな」
神崎のその言葉に対し、少し呆れたような顔をしながら天野が答えた。
「あのな神崎……。俺は別にそんな深く考えちゃいないし、うまくいくとも思ってない。あいにくこのステージの狭さが作戦を立てにくくしてる。前回の八班の時と違って、今回はえらく密集してるからな」
「ノープランすか……」
神崎が気持ちを落とす。
「この狭さだ。プランなんぞいらん。潰し合いになる」
天野はそう言うと、耳掛けマイクを耳にかける。
その後また軽く腕時計をチラッと見る。
ちょうど針は12を通り過ぎ、それと同時にアナウンスが鳴った。
"六班対十四班、戦闘開始してください"
可愛らしい女性アナウンスが部屋にこだまする。部屋に緊張感が張り詰めた。
「……六班行くぞっ!」
天野が発破をかける。
それと同時に、天野たちは、三方に別れた。
天野、神崎、佐伯は中央の大通りを進む。
大通りは歩行者天国ほどの大路地で、人が全くいないぶん閑散としていた。
一方、栗尾、座繰、睦合は、民家の裏手を回りながら天野たちと平行に進む。
煉瓦造りの民家は窓ガラスがなく、驚くことに窓と窓が突き抜けて天野たちの存在を目視で確認できるため援護射撃が可能かつ、こちらだけ一方的に遮蔽物がある。
その刹那、遠くのビルの陰に、白いのっぺらぼうが三機見え隠れしているのが、先頭の栗尾のZEROのカメラから見えた。
「こちら栗尾、ビンゴです」