第三話『部下と上司』
大見の世話を終えたあと、栗尾が六班の部屋に戻ってきた。
すると早々に神崎が軽い口調で絡んでくる。
「おいおい栗尾。新人教育テキトーすぎやしないか? まだ一時間も経ってないぞ」
神崎は椅子に思いっきりもたれかかりながら言った。
栗尾はうんざりしながら大きくため息をつくと、コーヒーサーバーでコーヒーを淹れる。
「うるさいなー。私は今度の『技術部補』の
昇進試験の勉強しなきゃいけないの。あんなガキンチョかまってられないわよ。それに今全部教えたって覚えきれないでしょ。基礎だけ教えてあとは実践で覚えて行ったほうが効率いいわ」
髪をかきあげ自分のデスクに向かう栗尾。
不機嫌そうな栗尾に対し、人の不幸をあざ笑うように神崎が気持ち悪いニヤニヤ顏を栗尾に向ける。
「なにいってんだよ。ちょうどいいじゃん栗尾。昇進前に部下持つ練習しとけよ。初めてだろ部下は」
「部下って。あの子十六歳よ? 逆にやりづらいわよ。まだ子供だから怒れないというか……なんというか」
栗尾がコーヒーを一口飲みながら言った。
「ああ、さっき天野さんから聞いて驚いたよ。高校やめてここに来たんだってな。でもな栗尾。あいつも社会人になるって覚悟してここにきてんだろ? 一発ぶん殴っといたほうがいい。後々舐められるぞ」
「いや殴るってちょっと……。だけどまぁ一理あるわね。殴りはしないけど、最初はちょっと強めに何か言っといたほうがいいかも。まだ学生気分が抜けてないかもしれないし」
栗尾はそういいながらコップを机に置いた。
すると、部屋の中央の大きな班長机に座っていた天野が耳を立てて神崎と栗尾の会話を聞いていたらしく、呆れ口調で言った。
「はー。お前らちょっといいか」
天野は頭をぽりぽりと掻いた。
「え、なんです??」
神崎と栗尾はぽかーんとした。
「言い忘れてたんだが、あのおチビのほうがお前達より階級は上だぞ。あいつ、技術部補で採用だもん」
天野がそう言った瞬間部屋が凍りついた。
神崎や栗尾だけじゃない。部屋にいる班員誰もが、時計を張りを止めたように固まり、約5秒ほどの沈黙が流れた。
「は、はああああああああああああ?」
班員の皆が声を上げる。
班員の誰もが驚きを隠しきれないようで、部屋中に、いや、廊下にも響き渡るのではないかというほどの雄叫びが部屋にこだました。
神崎は即座に天野のデスクに駆け寄り、机に身を乗り上げて訴える。
「ちょっと天野さん! さっきそんなこと言ってなかったじゃないですか! だいたいなんであいつがそんな上からのスタートなんすか! 高卒で技術査! 大卒入社なら技術査部長! これが普通でしょ? あいつ実質高校中退未成年クソガキなんだから本来ならトイレ掃除からだろ!」
神崎の口から出たつばがひっきりなしに天野にかかる。
天野は辟易しながらもゆっくりと答えた。
「ったく、うるさいなー。総合的に開発部の幹部達が判断したんだよ。あいつは狙撃手。副班長。以上」
天野が簡潔にことを述べる。
すると、奥でキーボードをカタカタと打っている班員の一員である佐伯が、静かに囁く。
「御曹司……の可能性ありますね」
佐伯の言葉に、その隣の班員の一人、睦合真弓が反応した。
「えっ?! 御曹司?! 玉の輿狙える!?」
心が躍るような声色で睦合は言った。
それに対し神崎は睦合に尋ねる。
「いやむっちゃん。あいつ十六だって。十六の彼氏だぞ? いいのか?むっちゃん二十じゃん。詳しく知らないけど、青少年防止条例引っかかるんじゃないのー?!」
「むっちゃんはやめてください。セクハラです」
「セクハラ?! アダ名呼んだだけで?!」
神崎は睦合に目線すら合わせてもらえず軽くあしらわれる。
そんな神崎をよそ目に睦合は大見に対し淡い幻想を抱き始めた。
「ああ……! その年で技術部補ってことは大見様はおそらく役員クラスのご子息……!」
睦合は手を合わせ天井を仰いでいる。
だが、即座にその幻想をうち砕くように天野の否定が入る。
「いやお前ら違うって」
天野がバッサリ切り捨てた。
「ええー期待したのにー。じゃあ天野班長……。御曹司じゃないとしたら、あの子はなんでここにきたんです?」
睦合がそう天野に尋ねた瞬間、扉がいきなり開き、大見が飛び込んできた。
「栗尾さん終わりましたぁ!」
大見は息を切らしながら、栗尾に『シミュレーション演習スコアシート』と書かれた紙を手渡した。
「えっ……大見君、終わるの早っ!」
栗尾が驚きつつ、スコアシートを受け取る。
神崎もシミュレーションを終わる早さに疑念を抱いたようで、疑いの眼差しを向けている。
「おいてめえどんな卑怯な手を……こんな短時間で終わるわけ……」
神崎がガンを飛ばしながら言った。するとそれを遮るように栗尾が言った。
「ちょ、ちょっとまって! な、なにこれ……!」
栗尾は驚愕で少し手が震えている。
「……オールキル……操作はオートじゃなく、マニュアルでもなく……シンクロモード。スコアSランク。タイム4分14秒……? 天野チーフより1.5倍早い……!」
栗尾が言った。その言葉に神崎は即座に反応する。
「な、なに!? コンピュータのオート操作を一切使わないシンクロモードで動かしたっていうのか?!」
神崎も驚いてきき返す。
そんな慌てふためく神崎をはじめとした班員たちをみて、天野が笑いながら言った。
「こいつが技術部補に就任した意味がわかったか?」
「このガキ……一体何者なんです」
神崎が天野に尋ねる。
「ただのオタクだよ。シューティングゲームオタク。ちょうどZEROの操作と似ているゲームがあってな。『GROWN WAR』ってやつだ」
「『GROWN』? ていうことは、まさか!」
神崎がはっと気づいたように目を見開いた。
「そう。『GROWN WAR』はアメリカのクローンデジタライズ社の遠隔兵器『GROWN』のバーチャルシミュレーションだ。ZEROとGROWN。似通うところはかなりある。こいつはこのゲームの世界ランク四位のプレイヤーだよ」
「四位……。廃人かよ……」
神崎が半分呆れ顔で大見を見た。
大見もそんな神崎に対しなんと反応すればいいかわからず軽くお辞儀をした。
「ま、クローンデジタライズや他の会社も同じこと考えてたようでな。こいつ以外のトップ10は他の会社に引き抜かれたよ。こいつは日本在住だったからうちが一番早くコンタクト取れたがね」
天野がしてやられたというような顔でため息をついた。
おそらくその様子を見るに高ランカーのプレイヤーの確保競争が起きていたのだろうか。
「じゃあこいつだけが……うちが確保できた唯一の……」
神崎がつぶやく。
「そういうこと。高校まで押し入ってようやくここに来てくれたんだ」
天野はそういうと、大見の方を向いた。
「で……大見くん。どうだいうちの仕事内容を聞いてここに残る気になったかい?」
天野が真剣な表情で大見に問う。
「それは……」
大見は悩ましい表情を浮かべながらおし黙る。
「別に無理にとは言わない。私も君をほとんど『騙し』てここに連れてきたようなもんだ。だから辞めたいならやめてもらっても構わない。だがな、私達は私達なりの正義でもって仕事を遂行している。君のその腕は世界の人々を何人も救える力を持っている。できればどうか、力を貸して欲しい」
天野は頭を下げた。
大見は苦しい表情を浮かべながら考える。もしここに勤めることになれば、人殺しをこの歳になって経験することになるだろう。
だが、天野は自分の腕を見込んでここにスカウトした。……たとえ人を殺すことになっても、それで何人もの人が救われるならーー。
大見は覚悟を決めたように表情を一変させた。
「……さっきの映像には驚きました。だけど同時に、自分の目で確かめたいとも思った。世界がどれだけ悲惨なのか。そしてもし自分にできることがあるなら、やっていきたいと思って……います」
大見が静かに言った。天野は頭を上げると、真剣な表情を崩さず大見に握手を求める。
「……ありがとう。大見くん。いや大見技術部保。これからはよろしく頼む」
「こちらこそ」
大見は力強く握手をすると、班員の周りからも拍手が起こった。
大見は一抹の不安も抱きながら、ささやかな迎え入れに対し深々と無言で頭を下げた。
「まったく。この前まで中学生だったやつが会社の上司かよ。世も末だぜ。だんだんおかしくなってきちまってるなこの会社も」
「おい神崎。実力主義だ。そんな年功序列なんて古臭いぞ」
天野が神崎に対して返すと、部屋は笑いに包まれた。
「それにしても、まさか私がこの子の部下になるなんて……てっきり部下だと思ってた」
どうやら栗尾も今回の事は面食らったように頭を抱えている。
大見はそんな神崎と栗尾に対してどう接したらいいかわからず、ただただ押し黙った。
「ま、お前ら大見に指図されたくなきゃ階級あげろよ。栗尾と神崎はあと一個あげれば追いつくんだから。……いやでも神崎は無理か」
天野はそう言って席から立ち上がった。
「いやいや天野さん。このガキ……いや大見技術部補に負けるわけにはいかないんで、俺も死ぬ気でやりますよ」
神崎が闘志を燃やすように天野に訴えかけた。
「あっそ。まぁ応援してるから頑張れや。俺は班長会議あるから。では早速、大見技術部補頑張ってくれ給えよ?」
天野は神崎を軽くあしらうと、いきなり大見に一枚の紙を渡した。
「は?! 何をです?!」
「それだよそれ。午前は表向きの業務としてZEROのサブパーツの企画書一個書いて上に提出しないといけないから、君が話し合って取りまとめてよ」
天野は、大見が座る予定の机の上に置かれた変な書類を指差しながら言った。
「え、いやちょっと!」
大見が焦った様子で部屋を出ようとする天野を追いかける。
「じゃあな」
天野は気にも留めずさっさと部屋を後にした。
「えーーーー!」
大見は困惑したような声で部屋をあとにする天野を見送った。
大見は手渡された紙を見てみると、そこには『ZEROの操作性と補助性向上のシステムあるいはオプションパーツの企画立案』と大文字で書かれていた。
下の詳細をみると全く用語がわからない。
大見は額いっぱいに冷や汗を掻きながら顔を上げ、班員達に尋ねた。
「あのー……。僕何も知らないんですけど、何すればいいんでしょう?」
「そのくらい調べてくださーい。副チーフ」
神崎が鼻をほじりながら大見を煽る。
大見はなんとも言えない疎外感に包まれた。
しばらく沈黙が続いたが、後ろの方からのそのそと無精髭を生やした中年の男が歩いてきた。
「おいおい。いじるのもその辺にしておけ神崎。だいたい普通ならこんな新任早々『仕事』なんて任せないだろ。ようはこれは天野さんが設けた『大見君と俺らの交流会』みたいなもんだ。栗尾。お前同じ狙撃チームだろ? 今回はお前が仕切れ」
「森口さーん。なんで私ばっか……さっきの研修だって私が担当させられたのに」
「これは年長者からの命令ね」
森口と呼ばれる男はそういうと周りの椅子を中央に並べ始めた。
「はいはい命令ね。あーもう! 絶対次の昇進試験で上がってやるんだから!」
栗尾はむすっとしながら大見から紙を受け取ると、脇からホワイトボードを引きずって中央に持ってきた。
栗尾はマーカーで題名をホワイトボードに書く。
「では、始めましょうか。大見技術部補は佐伯の隣に座ってください」
栗尾が少し改まったような雰囲気で言った。指示に従って、佐伯の隣の椅子に腰掛けた。
こうして、大見にとって初めての社会人生活が始まることになった。